第11話 義母 新垣 和江
地下鉄を降りると、ちょうどのタイミングで義母から電話がかかってきた。里穂の体調のことも心配で慌てて電話に出た。
「真一くん、今、楓から聞いたよ」
開口一番、義母は明るい声で言う。
「里穂ちゃんはね、もうすっかり元気で。うちに来てすぐ1時間くらい寝たら熱も下がっちゃってね。お昼ご飯も、おじやにしたんだけど3杯食べて。まだ、ちょっと柔らかいウンチなんだけど、もうお腹は痛くないって」
電話の向こう側では、里穂の好きなアニメのテーマソングが聞こえる。里穂がいつ来てもいいようにと、義母がDVDレコーダーに撮り貯めている。
「それよりも、なあに。真一くん、会社で大暴れしてきたらしいじゃないの」
妻は、義母にどう伝えているのだろう.....。
「たまにはいいんじゃないの。真一くん、小さい時から大人しかったから、我慢のしすぎじゃないかって、真一くんところの和恵さんとも心配してたのよ」
俺の母は、和恵という。義母は和江で同じ「カズエ」だ。同じ名前なので、義母は母のことを「真一くんところの和恵さん」と呼ぶ。同じくうちの母は義母のことを「楓ちゃんちの和江さん」と呼ぶ。
うちの両親と義母は、両親の仕事を通じて、俺が小学生の時からの付き合いらしいが、俺は覚えていない。妻は小学生のころ、1度静岡のうちの実家に泊まりに来たことがあるらしい。
それから大学で東京で一人暮らしをするまでは、楓とは会うことはなかった。一人暮らしをしている俺をなにかと義母が気にかけてくれ、再会した時には、お互いに交際相手もいたが、歳が楓の方が一つ上で歳も近いこともあり、友達として食事に行ったり、時には恋愛相談したり、という付き合いが続き、気がつくと、まあ、おきまりのパターンだが、そういう流れで今がある。
「なんか色々とストレスだとか溜まってたんじゃないの。楓みたいに自由な子はストレスなんて溜まんないんでしょうけど、真一くんみたいな人は、たまには発散しないと。里穂ちゃんのことは心配しなくていいから、せっかく会社ほっぽって来たんだから、パチンコでもなんでも、ちょっとブラブラ遊んできなさい」
「いや、お義母さん。金曜日も預けたばかりですし、大変じゃないですか。今から迎えに行きます」
「いいの。大変なわけないでしょ、孫と一緒にいれるんだから。大変どころか、元気貰ってるんだから、里穂ちゃん独り占めさせてちょうだい」
「そうですか.....」
「あ、それとね。さっき届いたんだけど、メロン。真一くんところの和恵さんにも、光一くんにもお礼言っておいて」
どうやら実家から、クラウンメロンが届いたらしい。うちの実家は小さい小料理屋を営んでいるが、弟の光一が親戚の農家でメロンを作っている。実家の小料理屋でも光一の作ったメロンをデザートで出すが、ゼリーにしたりパイで包んだりと工夫したものを出すよりも、光一のメロンは切って出しただけの方が、常連さんに評判がいい。静岡のクラウンメロンは有名で、俺も色んなメロンを食べたが、一番静岡のクラウンメロンがうまい。瑞々しくて、甘酸っぱくて、果肉ががっしりしていて歯ごたえもある。
義母にお礼を言い、電話を切った。
見上げると、そこはあの探偵事務所があるビルがある。
既に、地下鉄に乗った時から、ここへ辿り着くことはわかっていた。
会社に戻ることもできず、パチンコなどのギャンブルもやらない俺には、時間を潰すような場所も思いつかなかった。
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