happiness
長原 絵美子
予言
月明かりが差し込み青白く浮かぶ王城の一室、カーテンの向こうに揺れる影が二つ。グラスが音を立ててぶつかると、甘い果実酒の香りがあたりに広がり、優しい時間が訪れる。
やわらかい絨毯に素足を投げ出し、誰かが用意してくれた菓子や果実をつまみながらくすくすと笑うのは、ウェーザーの双子の王子カインとアレン。鏡のように向き合う同じ顔、同じ手、同じ声。しかし二人を見間違うことはない。
兄のカインはきりりとつり上がった凛々しい眉に、意志の強そうな鋭い瞳。よく焼けた肌にはいくつもの小さな傷があり、正装のために仕方なく伸ばした髪は絡まったまま無造作に束ねられている。常に手の届く所に剣を置き、だらしなく胸元のはだけたシャツがいかにも少年らしく、粗野な印象を与えた。
一方の弟アレンは穏やかな眼差し、優雅な微笑、こぼれる言葉には知性があふれ、高貴な香りを放つ。上着の袖から覗く白い指には趣味の良い指輪が光り、ゆるく編んだ髪にサテンのリボンが似合う、その美しさはウェーザー中の乙女に勝るほど。
まるで正反対の性格に加え、二人には決定的な違いがあった。
一般的にウェーザー人は、赤茶色の髪に褐色の瞳を持つ。しかし第一王子カインだけは、髪と瞳が透けるような金色なのだ。
「これが、カインの運命のひとだよ」
アレンの差し出すてのひらに、ふわりと幻影の炎が浮かぶ。
「……」
カインは言葉を失った。
それはまさに夢か幻、光に包まれほほ笑む女性のなんと美しいこと。つややかな長い黒髪が風に揺れ、頬をばら色に染め、愛しそうに見つめる瞳はまるで碧玉。
心の中に、春風が舞い込んだ気がした。
「どこの姫だ? 名前は? いつ会える?」
しかしアレンは楽しそうに笑うばかりで答えない。
「黒髪ということは、シラーの姫か? だけど、この瞳の色は……不思議な色だな。ああ、こんなにきれいな女性が、本当にいるなんて」
高鳴る胸に手を当てて、そっと瞳を閉じてみる。これが、恋か。なんと甘く、切なく、狂おしいほどに求めて止まない。
まぶたに焼き付く愛しいひとを想うたびに、心が震えた。
どんな苦難のときも、彼女に会いたい気持ちを支えにまた立ち上がる。
いつまでたっても褪せることのない記憶。恋焦がれ、ただ会える日を夢見て生きてきた。
はるか昔、もう五百年も昔の可愛い予言を信じて。
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