Episode18 大罪への歩み

「手に入れるって……どうやってだ? 旅人が働けるような場所はないぞ」

アルバノスの資金源は用心棒、傭兵など、依頼を受けて稼いだと言う。シュッツヘルという立場もあるのだろうが、安定した収入を得ることは難しいと話した。

だったらジャヌはいかにして金を手に入れたのか? 私たちはジャヌ視線を合わせる。

「俺がまともに金を手に入れるような人間に見えるか?」

ごもっともだ。このような謎だらけの人間(人間かどうかも怪しいが)が身を投じて金を稼ぐ訳がない。だが、それこそが私の望むことだ。

犯罪に手を染めるのは気がひけるが、手っ取り早く金を手に入れるには止むを得ないだろう。

「おいおい、俺はお前の思っているような化け物じゃないぞ」

人の心を読む時点で十分化け物じみていると思うが、口には出さなかった。言わずとも考えていることが読めるのだから。


そして、私に待っていたのは非難の嵐だった。


「貴様正気なのか? 私はそんなことに手は貸さないぞ!」

「私もごめんだわ。お金なら他にも方法があるはずでしょ」

アルバノスとカトリーネは犯罪者でも見るような目で私とジャヌを見る。

ジャヌはともかく、私は〝まだ〟犯罪者ではない。だが、罪を犯そうとしている事実を前に反論する答えが見つからない。


「お前たちに調達できるのか?」ジャヌの言葉にふたりは困り顔で私を見る。

ふたりの言っていることは決して間違いではない。それは私も重々承知だ。しかし、綺麗事だけでは前へ進めない時もある。今がその時なのだ。

目前にある物に、手が届きそうで届かないもどかしさに、私は正気を失っているのかもしれない。

一刻も早く礼拝堂へ戻り、この目であの扉の先にある物を確認したい衝動に駆られていた。

金があれば解決策が見つかる筈だ……そう考えていた。


「それで、金のために罪に身を投じる覚悟がお前にはあるのか?」

ジャヌの言葉は善の心に深く突き刺さる。だがその時は善よりも悪のほうが勝っていた。

私の心は決まっている。あとはアルバノス、カトリーネだ。説得してもふたりは首を縦には振らないだろう。

どう説得すればいいか分からない私を悟ってか、ジャヌがぶっきらぼうにふたりに言葉を投げる。

「くだらない正義感で答えへの道を潰すのか。 お前たちは分かってない」

ふたりは心の中で葛藤しているのだろう。沈黙を守り、珍しくジャヌの言葉に耳を傾ける。

「世界はお前らが思っている以上に残酷だ」

この時ばかりはジャヌの言葉に妙に納得できた。世界は正義だけで成り立っている訳ではない。残酷さも兼ね備えているのが現実だ。悪があるからこそ、正義があるように。対となるものが存在するからこそ、世界の均衡は保たれている。


「盗みや殺しがなんだっていうんだ? お前はもっと悲惨なものを見てきただろう?」


シュッツヘルとして生きてきたアルバノスは現在に当たり前に起こる罪よりも遥かに酷い惨状を目に焼き付けてきた。裏切りや殺しが蔓延する暗黒時代に身を委ね、生き残る術を学んだ。人の罪がいかなるものか……人がどれだけ残酷になれるか、経験し、目の当たりにしたからこそ、人道を逸れるような行為は許せないのだろう。

しかし、そんなアルバノスでも、私とカトリーネに問答無用で襲い掛かってきた事実がある。それこそ非人道的行為だ。


「俺は絶対に手を貸さん。 罪に手を汚すくらいなら……」

「理由も聞かずに人に襲い掛かる奴がよく言う」

さすがはジャヌだ。人の揚げ足を取るのにも全く抵抗はないらしい。その一言はアルバノスにとっては致命的な言葉だった。

言葉を詰まらせ再び黙り込む。


「仮に、マレウスの考えてることに手を貸したとして、それで捕まったりなんかしたらどうするのよ? それこそ一巻の終わりじゃない」

カトリーネの言い分も痛いほど分かる。こんな所で捕まればなにもかもが終わるだろう。

だが捕まらなければ終わりではない。旅を続けられるのだ。

一呼吸置き、カトリーネは呆れ顔で言った。


「弟を見放す姉は居ないよね。 はぁ……私は協力するわ」

なんと心の広い姉だろうか。兄弟というのも忘れつつあったが、今はその絆に心からありがたみを感じる。


「弟? 姉? なんの話だ?」

「私たち家族なの。 話してなかったっけ?」

その事実にアルバノスは半信半疑のようだ。自分に協力させるために適当な話を作り、欺こうとしているのではないか、そういったことを考えているのだろう。


「手を貸すのか、貸さないのか、はっきりしたらどうなんだ」

断固として自分の正義を譲らないアルバノスにジャヌは見下すように言った。

黙々と考えた結果、結局私たちへの協力を拒んだ。

自ら進んで罪に身を汚そうとは、誰も思うまい。

それよりも、アルバノスは私とカトリーネが兄弟だということに執拗に固着する。

行動を共にする者の素性は明らかにしたいものだが、説明は今度にしてくれと頼んだ。

アルバノスにとっては納得できるはずもない。エデシアまで案内をし、宿と食事まで身銭を切ったのだ。その上、犯罪に加担しろなど冗談の域を超えている。

どうせこれは私の夢なのだから、なにをしても構わない……その愚かな考えが行動に映し出され、結果的に力を貸す者に対して無礼な言動を行なっている。

そんな自分に今はまだ気付いていなかった。


私たちは金を得る手段を考えた。

詐欺か、盗みか、あるいは強盗か……。手段は限られるが、人を傷つけるのだけは避けたい。


「この街には金持ちが牛耳ってる地区がある。 そいつらから金品財宝を奪えばいい」

ジャヌになら朝飯前だろうが、そう簡単に行くとは思えない。人目に触れず、確実に金品を持ち出せるよう綿密な計画を練らなければ、牢獄で朝を迎えることになる。それだけはなんとしても避けたかった。


「お前も手を貸してくれるんだよな?」

「俺は見張りをしよう」

なにを言っているのだろうか。私たちの中で最も罪に近しい人間が、最も危険性の低い役を引き受けるとは。

冗談ではない……私はそう目でジャヌに訴える。


「どう考えても見張りは私でしょ。 ジャヌはマレウスと行って」

ジャヌの鋭い視線がカトリーネに刺さる。

「なによ」強気な口調でジャヌに噛みつく。ふたりの間にピリピリした空気が流れる。

「……いいだろう。 指図されるのは気に入らんがな」


私たちは金を手に入れるべく、富裕層が集まる地区へと足を運ばせた。



富裕層区――〝ディーウェス〟



私たちが足を止めたそこは、緑生い茂る敷地に豪華に佇む屋敷。敷地の広さは、一般の住居5~6軒は軽々入るだろう。大きな門を守るように巨大な戦士像がどっしりと両側に構えている。

まるで、盗みに入る私たちを予期しているかのようだ。

屋敷の中には必ず金目の物があるはずだと確信した。


「それで、作戦は?」

作戦など考えていない。綿密な計画をと思ったが、そんなものは考えても出てこない。

屋敷まで伸びる見通しのよい庭をどう抜けて、どこから屋内に忍び込み、いかにして金品を持ち出すか、必要最低限のことすら頭に浮かんでこない。

やはり忍び込むのならば夜だろう。白昼堂々盗みに入るのは自殺行為だ。

屋敷の周りを人目をきにしながら見て回る。

忍び込めそうな所は見た感じでは確認できない。屋根へと続く梯子が一箇所あるだけだ。だがそこはなにも遮るものがなく、夜間でさえ梯子を登っている者がいれば遠目からでも気が付くだろう。目立たぬように屋根へとたどり着くのは難しかった。

それでもやらなければならない。私たちの今後を分ける重要なことなのだ。


「正面から入ればいいじゃないか」平然な顔で無謀なことを言うジャヌの考えはいつも理解に苦しむ。なにをどう考えればそのようなことが言えるのか。


ジャヌの言葉を軽く受け流し、私たちは一旦宿へと引き返した。


「なにを深く考える必要がある?」

カトリーネはほとほと呆れているように口を開く。

「あんたなに考えてるのよ。 そんなことできる訳がないじゃない。 正面からですって?馬鹿じゃないの?」

カトリーネの言っていることはもっともだ。

ジャヌになら可能かもしれないが、私たちに死ねと言っているようなものだ。

方法は一つ。梯子を登り、屋根へ出て、そこから屋内に忍び込む。


「面倒だな。 金を奪うくらいでなにをそんなに怯える必要がある?」

「はぁ……。まともな意見が出せないなら少し黙っててくれる?」

「なら好きにしろ」


カトリーネに対しては深く反論せず、ある程度は黙認するジャヌが不思議に思えた。アルバノスや私に対する態度とは明らかに違う。女だからか、それともカトリーネの言葉になにか力があるのか。

どちらにせよ、それが不自然でならなかった。


日も沈んだ頃―。


アルバノスは自ら会話に入ってこようとはせず、敬遠した眼差しで私たちを見ている。

正気なのかと、その目で訴えてくる。

それを気にすることなく、椅子に深々と座るジャヌ。

張り詰めた空気が流れる中、盗みに必要な道具を片っ端から袋へ詰め込んだ。


準備を済ませ、宿を後にする私たちをアルバノスはただ黙って見ているだけだった。


深い闇の中にぼんやりと光を放つ月のもとで、大きな罪への第一歩を踏み出した。


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