Episode17 深みへ

ひんやりとした鉄格子に挟まれた狭い通路を、慎重に進む。

かつての囚人たちの嘆きのように、天井から滴り落ちる水滴が不気味に音を立てる。

しばらく歩き、通路の終わりに差し掛かるが、目立った物は何もない。

牢獄を順に見て回るが、やはり手がかりになりそうな物はない。

ジャヌはここで何を見たいというのか。これほど殺風景だとは想像していなかった私は、期待に裏切られ、肩を落とした。


「お化けとか、出ないよね……」カトリーネは弱音を吐く。

恐らく、この場所で獄中死した者も居るだろう。幽霊が出ても不思議ではない。ましてやこの世界は普通では無いのだ。なにを驚くことがあるだろうか。


ひとつ、またひとつと獄中を見て回るジャヌを目で追った。

しきりに床を手でさすっては、次へと移動する。

しばらくすると、ドアをこじ開けるような音が聞こえた。音のする方へ向かうと、床に隠された鉄製の扉をジャヌが重そうに持ち上げている。その顔には、いつものようにうっすらと笑みが浮かんでいる。

地下から更なる地下へと続く扉。ジャヌを先頭に、私たちは狭い入口に身をねじ込ませた。


「カトリーネ、マッチ持ってきた?」

「ちょっと待って……蝋燭(ろうそく)もあったはず……」

視界のきかない暗闇で荷物袋の中身を手探り、マッチと蝋燭を取り出し、火を灯した。

辺りが小さな炎で明るく照らされた。


壁一面に広がるどす黒い血痕。降り立ったその場所は真四角の部屋。正面には鎖がかけられた重厚な扉。


また鎖か……。ここまで続けざまに出てこられたら、そう思いたくもなる。

なにかを封じているかのように頑丈に閉ざされた扉に目を凝らす。


〝デリット〟


「これだ。この先にあるものを見たい」血で書き殴られた文字に瞳を近づけ、呟くジャヌ。


鎖に手をかけるが、その頑丈な鎖は普通の人間にはなんとかできるものじゃない。

私は希望を込めた目で私はアルバノスを見た。アルバノスの怪力であれば、この鎖も断てるかもしれない。


「ふん! ぬうう……!」またもやこめかみに青筋を立てる。今にも血が噴き出してきそうである。

ありったけの力を込め、全身が強張る。いくら力を入れようがびくともしない。

そして、全身の力が一気に抜け落ちた。

アルバノスの怪力でさえ、この鎖を断つことはできなかった。

全員で鎖を引っ張るも、鉄がぶつかり合う音だけが無情に響く。冷たい扉の前で私たちは立ち尽くすことしかできなかった。

爆発物でもない限り、この扉の向こうに行くことは難しいだろう。謎の力を持つジャヌであってもこの扉は破れないと言葉を吐く。

この先に何かがあるのは間違いない。しかし、これ以上はどうしようもない。

完全に方策尽きた私たちは他の方法を探すべく、来た道を戻った。


「ジャヌがあんな風に力を貸すなんて、今までもあったの?」カトリーネが私に耳打ちする。

これまで見せたこともない協力的なジャヌの態度。今回は共に扉を開こうと自らの手を汚してまで協力したその目的はなんなのか。そればかりが気になり、周りのことに集中できずにいた。

地上へ戻ってきたはいいが、他の入口があるとは思えない。無駄骨だと分かっていながらも、

礼拝堂を隅々まで調べた。

結局、なんの成果も得られないまま、私たちは礼拝堂を後にした。


「……戻ってきたの」

一日も経たないうちにクレデリアの顔を再び見ることになるとは、誰が思っただろうか。

アルバノスは口にはしないものの、その顔は至高の喜びに満ち溢れている。


「1500アリン……」

ジャヌを除いた皆は互いに顔を見合わせる。さすがのアルバノスもその言葉に顔を曇らせる。沈黙する私たちと流れる気まずい時間。そんな空気をカトリーネが破る。

「今回は泊まらないわ。そんなお金ないもの」

さらっと言いのけるカトリーネを賛美すべきか、非難すべきか……。少なくともアルバノスは非難の眼差しを送っている。

その言葉にクレデリアは面白くなさそうに顔をしかめる。

この状況にどう対応すべきか、私は目を落ち着きなく泳がせる。


「愛か、金か」

クレデリアはジャヌの顔に視線を向けた。

「……愛?」

「アルバノスはお前に恋……」

「お前は黙っていろ!それ以上言ったら舌を抜くぞ!」

ジャヌを深々と見つめるクレデリアの瞳は、どことなく輝いているように見える。

アルバノスはそれを見て懐に乱暴に手を突っ込み、金の入った革袋を取り出した。

「1500アリンだな。 食事も付けてくれ」硬貨の束をクレデリアに差し出し、凛とした態度を見せる。

それを受け取ったカトリーネは宿の中へと私たちを招き入れた。


前回と同様、テーブルの上に硬貨を広げ、一枚、また一枚と喜びに満ちた顔つきで硬貨の枚数を確かめる。その姿を上の空で眺めるアルバノスを、ジャヌはからかった。

「恋は盲目と言うが、お前はそのいい例だな」

カトリーネは呆れたようにジャヌを見て、首を横に振った。

「俺は……力になりたいだけだ」

自分では恋心を隠しているつもりだろうが、傍(はた)からみれば感情剥き出しの恋する男だ。

動物が対象を目前に盛りをあらわにしているようである。


硬貨を数え終わったクレデリアが、前回より広めの部屋に案内してくれた。

前回ほどの安堵感はないものの、やはりくつろげる場所があるというのはいいものだ。

各人それぞれ荷を解き、疲弊した心身を休める。

なにも考えずに休みたいところだが、そうはいかなかった。


金をどう手に入れたらいいか。

ルーエンに滞在するのにも当然ながら金が必要だ。

働いて手に入れればいい話なのだが、こんな私を日雇いでも雇ってくれる者などいるだろうか。ましてや、この世界のこと、通貨の価値すら分かっていない人間など、誰が相手にするものか。

行動よりも先に自信の無さが優位に立ってしまう。

働かずに金を手に入れる方法は限られる。


その時、私の中に〝悪〟が生まれた。


「金を手に入れる」

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