短編小箱
衣純糖度
星にまつわる十個の話
1
金平糖が星の欠片であるというのが嘘であるということを知ったのは、三日前のことだった。
「金平糖って星の欠片なんだよー」
私がまだ小さかった時、変な嘘ばかりつく姉が教えてくれた。「星の欠片だからあんな甘いんだよー!」って。私はそんな姉の言葉を嘘だと思わずにすっかり信じ込んでしまった。それから私は空から金平糖を採る仕事ってとっても素敵だと考えた。空を飛んで、宇宙の星が集まっている場所へ行って、虫取り網みたいなやつで星を沢山沢山集めて、世界中の人に届けるなんて、なんて素敵なんだろうと。
まあ、嘘だったわけだけど。
2
うーんうーんと唸っている姉は、黄色い絵の具をつけた絵筆を天井に突き上げてうつ伏せで伏していた。姉の前には大きなキャンパスがあり、そこには、一面に黄色が塗られていた。彼女は今、星を描こうとしているらしい。姉と私は共用の部屋だから、姉が描いている絵の進捗はいつも分かる。
「星って、真っ黒の中で輝いているから星なんじゃないの」
私は姉に言ってみたけれど、姉はいつもこう返すのを知っている。
「星は黄色いから星なんだよ」
それは、星をわかりやすく描くときに使われるのが黄色っていうだけなのではと思うけれど、口には出さない。
姉は少し起きあがって、近くにあったラジカセのスイッチを入れた。そこからは、ポコーンみたいなポヨーンみたいなパコーンみたいな半濁点のついた音が伸びながらぶつかり合って響き合っているみたいな音がしてた。
「ほら、黄色いじゃんー」
姉曰く、この音は黄色なのだという。
そしてこの音は星の音なのだという。
3
真夜中に、外を歩いていたら男の人と会った。私はまだ十歳くらいだった気がするけれど、なんでそんな時間に歩いていたのかは覚えていない。きっと歩きたかったからだと思う。
「何しているの」
男の人は目を閉じて、黒い棒を空に掲げて、黒い箱を腰に下げて、耳には黒いヘッドフォンをしていた。
私の声に気付かなかったらしくて、もう一回ズボンを引っ張りながら言ったらやっと私に気付いたらしかった。
男の人はおじいちゃんで、四角い眼鏡をかけていた。
「星の音を録音しているんだよ」
「ふーん……。私も聞いてみたい!」
そう言うと、お爺ちゃんは無言でヘッドフォンを渡してくれた。私が耳に当てると、ポコーンみたいなポヨーンみたいなパコーンみたいな半濁点のついた音が伸びながらぶつかり合って響き合っているみたいな音が聞こえてきた。
「素敵な音だね!黄色い音がする!」
私がその星の音に感動していると、お爺さんは星に恋した時の話をして、一枚のCDをくれた。星の音が入っているCDだと言った。
「ありがとう、沢山聞くね!」
私はお爺さんと別れて、そのCDを聞くために家に急いで帰った。
それは今も私の宝物だ。
4
ずっと、ずっと、大切な人がいた。その人は星だったから、同じ所で輝き続けて、ずっとずっと、同じ場所に留まらなければいけない人だった。暗い暗い宇宙を漂っていた私が初めて会った、輝くその人のことを好きになることは明白で、私はその人に一目惚れをした。
「あなたの事が好きです」
そう言うと、その人は微笑んでくれた。けれど、返事はくれなくてただ輝いていた。ただただ輝いていた。私はその人の周りでただただ漂っていた。その人の周りで、生涯を終えようと思っていた。けれど、私が一五六回目の周回を終える時、その人は言った。
「私は、ここにいなければならない、だけど、いつか爆発して、消えます。その時、私がいた事実が、なくなります、だから、その爆発する音を、聞いていてほしい、お願いだから、私の傍で、消えるような、ことは、しないで」
私は、その人の願いを叶えることにした。だから、地球に行ってその人が爆発する音を録音しようと、毎晩毎晩、星が爆発する音を録音している。
毎晩、その人が爆発するのを待っている。
5
星の絵だといってインターネットにあげられたその絵は、瞬く間に多くの人の目に晒された。キャンパスいっぱいに描かれていたその黄色は星なのだろうか。私は絵に全然興味もないし、描きもしないから、その絵の芸術的評価なんてできなかったけれど、その絵はとても好きだった。全面に描かれた黄色は全て同じ色ではなく、うっすらと色が違っていて、よくよく目を凝らさなければ、詳細は分からないような絵だった。一人の女の人が、目を閉じて髪を靡かせている隣で、一人の男の人が下に落下している。
「ただの黄色が塗りたくってあるようにしか見えない」
「女の人と男の人がいる」
絵の評価は二極化した。黄色にしか見えないという人と、男女が見えるという人。しばらく大論争が起こった後、その絵のことは忘れ去られてしまった。
私も記憶から無くなりそうだったとき、その絵を描いた人の妹だという人と知り合った。金平糖を作る職人だった私に弟子入りしてきた女の子だった。
「私には黄色が塗りたくってあるようにしか見えないんです」
彼女はそういって苦笑いをした。
後日、その子がお姉さんを連れてきた。
その人は杖をついた盲目の女性だった。
6
「星」という名前の金平糖を見たとき思わず笑ってしまった。確かに星だなあと思って、一袋買ってみた。小さい頃はよく食べていた気がする金平糖だったけど、久しぶりに食べた。甘くておいしい。星のことばかり考えていたから、星をかみ砕く事は少し気分がよかった。ボリボリ噛んでやると思って沢山口に入れると、粉々になってジャリジャリになった。
星の事が好きだから、理学部の天文学科に入ってみたけれど、これがまた難しいところだった。ふと、さっきまでレポートのために読んでいた本の内容を思い出した。
星と地球は離れているから、地球に届く星の光はずっと遅れて届くのだという。何十年、何百年、何千年、何億年後の光が今日の星空を作っている。
だから、今日の星の光はずっとずっと未来の、俺が死んだ後に地球が届くのだ。
そんなことを考えながら、俺は星を噛んだ。
7
ピックを振りかざすと、ギターがなった。ありきたりな音がした。
俺はロックスターになりたかった。沢山の観客の前で、ギターをかき鳴らして、俺の歌に歓声がなりやまないような。そんなロックスター。に、俺はなれなかった。
歌うのが好きだったから、俺はずっと歌っていた。けど、俺の歌声はそんな心地いいものではなくて、どちらかと言えば聞く人が耐え難いと思うような声だったから、歌うのは諦めた。ギターで思いを伝えようと思って、猛特訓したけど、ギターから言葉を発することは出来ないから、何も伝えられないと思った。
「ここであなたを待つ
星が輝いているから
私はあなたを見つけられたの
あと何年後だろうか
あなたが爆発するのを待っている」
ギターと共に歌った声は、やっぱりしゃがれてて、愛の歌を紡ぐにはやっぱり見苦しい気がした。けど、駄目だ、やっぱり、俺は歌わなければならない。
母から聞いた、星に恋した男の話。
「あなたが爆発するのを待っている」
8
その音は、今まで聞いたどの音よりも綺麗で美しくて、尊いものだった。あの人が爆発する音は、こんなにも、こんなにも。私は、何度も何度も繰り返し聞いた。けど、同時に、あの人が爆発したということが、私の心を苦しめた。あの人は、どんな事を想って、最後に爆発したのだろうか。
私は自分が消える前にその音をインターネットにバラまいた。
この音を誰かが聞いたら、心を捉えて離さないといい。
それが、きっとあの人の幸福だ。
9
私は星だった。だから、ここから離れられないし、地球を眺めるばかりだった。あの星はどんなところだろうと、想像することが私の日課だった。そんなある日、その人は私の星にやってきた。地球からやってきた地球人ではないその人は、私の事を好きだと言った。けど、私は微笑むしかできなかった。だって、私は星だったから。けれど、彼が私の周りで消えようとしていることを知って、私は思わず言ってしまった。それは愛の告白もどきのようなものだった。
私が爆発する時、その人が私の音を聞いてくれればいい。
そうすればきっと、その人と私は。
私は爆発するのを待っている。
10
私は爆発する。
私の爆発音が地球に届くまであと一二四年後。
暗転。
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