800字ショートストーリー

石谷 弘

猫又

 ええ、あんたいい腕してるねえ。とても駆け出しって感じじゃない。

 ほう。それじゃもう十年も? そいつあ、若いのに立派なもんじゃないか。

 儂か? いやいや、儂はただの老いぼれよ。本当なら、あんたみたいなのと座敷で遊べるような身の上じゃないのさ。おっと、そう身を引きなさんな。ちゃんと今日のお足くらいは持ってるさ。まあ、これにはちょっと訳があってな。

 あんた、猫又って知ってるかい? そう、尻尾の分かれた。うちの猫もそれになっちまってよう、それのご利益かこんなとこにまで来ちまったのよ。

 なんだい。あんたこういうの好きかい。可愛い顔して物好きだねえ。

 いやいいんだ。そうさな。うちの猫、たまっていうんだがな、雪のような真っ白なやつでよ。これがまた、めんこいんだ。そいつが消えたのが半年くらい前のことよ。

 飯の頃になると必ずふらっと戻って来るやつがぱったり来なくなってよ。女房とは、まあそんな日もあるだろうよとは話したが、やっぱり急にいなくなるのは寂しいじゃないか。

 それで、ぶらぶら歩き回って探してたらよ、見つけたのさ。

 物干し竿に吊るされて腹の皮がべろんと垂れたたまを。尻の方がまだ繋がったままの真っ白な腹の皮はちょうどぶっとい尻尾みたく垂れ下がって、赤い滴を滴らせてんだ。

 慌てて駆け寄ったら、あいつめ。弱々しい目で儂を見て、そのまま逝っちまったのよ。

 どうだい。ぞっとしたろ? おや、そうでもないかい。それは残念。

 ところでよ。

 あんたのその三味線、まだ新しそうだが、それはいつ、どこで買いなさったんだい?

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