ワガママ姫と下僕騎士
宮窓柚歌
序章 ボーイ・ミーツ・ガールは身勝手に
ダイニルム歴352年6月12日 雨期には珍しい晴れ
それはオレにとって、最悪の一日だったと言えるだろう。
「姫様、敵部隊を指揮していたとみられる騎士を捉えました!」
ベガンダの兵に引きずるように連れこまれ、乱暴に地面に投げ出される。
幸い、鎧兜のおかげで新たな擦り傷を負ったりはしなかったが、慣れない戦闘でくたびれた手足は、無様に寝っ転がされた状態から身を起こすのも億劫だった。
そこに、こんな戦場で耳にするには似つかわしくない、可愛らしい声がする。
「ふぅん、あんな粗末な戦い方するなんて、よっぽど無能なんでしょうね」
……前言撤回。欠片も可愛くない。小生意気な女の声だ。
「最後に顔くらい拝んであげるわ。兜を取ってやりなさい!」
指示を受けて、控えていた兵がオレの兜を剥ぎ取り、相手によく顔が見えるように上体を起こした。
抵抗する力などもう残っていない。それでも最後に、こちらこそオレを殺す女の顔をよく見てやろう、と顔を上げる。
頭の上で一つに結わえられた、若草色の長い髪が、風にたなびく。
オレの年若さに驚いたのか、その瞳は大きく見開かれている。
戦の昂揚で頬はほんのり朱が差し、艶やかな唇は言葉を失ったように、薄く開いていた。
セリナ・マシカ・リリ・アカージャ。我が国ニーザンヴァルトと長年戦を続けている、隣国ベガンダを統べる王女。
先ほど姫様と呼ばれていたところを考えるに、オレとさほど歳も離れてなさそうな、この娘がそうなのだろう。
『新緑の歌姫』などとうたわれている辺り、おそらく一般的には美少女と形容されるのだと思う。
が、あいにくと物心ついてから、母上以外の女性と接する機会があまり無かったオレには、女の子の容姿の度合いというものがよくわからない。
なんせ年頃の娘を間近でまともに見たのは、彼女が初めてなのだ。女の子ってこういうものなのか、それとも彼女がずば抜けて可愛いのか、比較する知識が無いからそこは評価しようがない。
……まあ多分可愛いんじゃないかな。わからないけど。
「あ、えっと……」
暫くぼんやりしていた姫が、ようやく声を発する。
「な、何だまだこんな若造だったのね。道理で指揮官として拙いはずだわ!」
やっぱり可愛くないな、この子!自分だって小娘のくせに!
「仕方ないだろう、初陣でいきなり騎士団長に祭り上げられたんだから!お飾りの青二才で悪かったな!」
実戦経験が無くて拙いのは事実だが、図星を指されると流石に頭にくる。
「あら、そうなの?まともに戦えもしないくせに、そんな大役任されるだなんて、一体どこのお坊ちゃんかしら?」
「……うるさいな、首を刎ねるならさっさとしろ」
ここまで来てジタバタするのも無駄だし、腹をくくる。
別に好きで死にたいわけでもないが、みっともなく命乞いする気にもなれなかった。
そんなオレを見て、姫は暫く何事か考えていたようだが、急にぱあっと明るい笑顔になり、オレに唐突な提案を持ちかけてきた。
「ねえ、貴方うちの兵にならない?」
「はあっ!?」
「その歳ならしっかり鍛えれば、きっと強くなれると思うわ!ニーザンヴァルトに逃げ帰っても、また親のコネで無茶やらされるだけよ!私なら、貴方の能力を見極めて、適材適所で使いこなしてあげ……」
「馬鹿にするな!!」
彼女の言葉に今度こそキレて、思わず怒鳴り返す。
オレの剣幕に、少女の華奢な身体がびくりと跳ねた。
「命が惜しければ祖国を裏切って、貴様の下で同胞に剣を向けろと?冗談じゃない。オレも随分と見くびられたものだ」
どんなに弱かろうと、無様だろうと、最後に残った騎士としてのプライドが、怒りとなって姫君を睨みつける。
「このまま飼い殺しにされるなんて、侮辱もいい所だ。さあ、戯れ言はもういいだろ。とっとと処刑してくれ」
ふてぶてしい捕虜の態度が、よほどお気に召さなかったらしい。姫は新緑どころか深紅に顔を染め、怒りでふるふると身体を震わせている。
「そう……そんなに私に生かされる事が屈辱なの」
「ああ、頼まれたってごめんだね」
「貴方の気持ちはよぉーくわかったわ!誰か!この男に『首輪』をつけなさい!」
「ははっ!」
「なに!?」
姫の号令で、オレの身体を支えていた兵が、逃亡を阻むように地面に抑え込む。
何がなんだかわからないけれど、このままでは殺されるよりやばい予感がする。
重い手足を必死にばたつかせて抵抗を試みるが、のしかかった兵士はびくともしなかった。
そうこうしているうちに、別の兵士が何かを持ってきて、暴れるオレの首にそれをはめた。
「なん、だ、これは……」
首輪。まさしくそう呼ぶに相応しい。触れた指先にひやりとする、金属で出来たそれは、オレの首元にぐるりと巻き付いている。
「『服従の首輪』よ。猛獣を飼い慣らすのに使うの。ご主人様に反抗的ないけないコには、合図一つで電撃が流れるわ」
「なんだと!?」
動揺するオレに、彼女はにぃっと悪魔の笑みを浮かべる。
「私の優しさを無下にした貴方に、最高の屈辱を与えてあげる」
その細い指先が軽い音を鳴らすと、オレの全身に衝撃が走った。
冬場にドアノブを握った時にバチッと来る奴、あれの倍くらい痛い感じ。意識が飛ぶほどには強くないのが、却って嫌らしい。
それでも、いきなりのショックでふらつくオレの元に、ゆっくりと悪魔が近づいてくる。
「私の元で生きるのが嫌なんでしょう?だから、これから私のペットとして、たーっぷり可愛がってあげるわ」
どちらが猛獣なのやら。舌なめずりでもしそうな雰囲気で、王女様はオレの頬を両手で固定し、強引に視線を合わせた。
「うふふ、これからよろしくね。可愛い可愛い、私の『ポチ』」
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