Episode.26:強かなコミッション
「それにしても、随分と大きくなったんだな」
「ええ、そうね。ここのお陰で外国からの同調圧力をはねのけてるからね〜」
スーツ姿の彼女に建物を案内される。最新の通信設備や、情報を秘匿するための装置。ここにこの国のすべての技術が結集されていると言っても過言ではない。
株式会社「安全企画」第五支店広報課、とは隠語だ。
正式名称を『憲兵局警備部・中央公安本部』と言われている。
憲兵局情報部といえば、サイバー犯罪対策の一課、カウンターインテリジェンス担当の二課に分かれるエリート中のエリートの集まりなのだ。
「そうか、だったら国内の脅威も排除してほしいものだな」
「その為に君たちがいるんだろう?」
最近の仕事の多さを、皮肉を込めて伝えたつもりだったのだが、簡単に躱された。今まで関わって来た女はどうも口がよく回る、そう思いながらついていく。
案内された部屋は、どうやら会議室のようだ。奥の椅子に座らせると、彼女は扉に施錠し向かい合うように座ってきた。
「まぁ、それはそうなんだけど。それで、どうして呼ばれたか分かる?」
「分かるはずもないんだが、早く説明してくれ」
「そんなの、貴方に用があるからに決まってるでしょ?」
回りくどい話し方をする女だ、と思ったがそれはお互い様か。悟られたくない事実を抱えながら生きている以上、どうも話がややこしくなったりくどくなったりする。それはもうこの仕事をする人間の
出された紅茶に口をつけながら本題に入る事にした。
「それで、今度は俺に何をして欲しいんだ」
「そうね、簡単に言うと“探求者”の特定につながる手がかりを手に入れたの」
“探求者”、そんな呼ばれ方をする犯罪者がいた。それだけは知っている。だが、向こうから見た俺が正体不明のように、憲兵側から見ても長らく謎に包まれた人間だった。
何を探求しているのかは分からない。だが、殆どの犯罪のみならず大きな案件に関与している、と言われている犯罪者の首魁のような存在だ。
「そうか、それは良かったじゃないか」
「今関わっているのは、複数人の同時失踪事件ね」
目の前に置かれた資料を手に取る。やけに分厚いその書類は、失踪者の情報を事細かに記した物だった。
「被害者に共通点は一切なしか」
「ええ、そうね、共通点は事件前まで何も無いの。事件前まではね」
彼女は紅茶をちびちびと飲んでいた。言外の意味を読み取れと言わんばかりの言葉に、あえて俺は触れないことにした。
「それで、結局俺に何をして欲しいんだ?」
「さっきから結果を急かすわね、フィアンセでも待たせてるの?」
「…………知っててそれを言うのか?」
彼女の苦虫を噛み潰したような顔は、先の発言が失言だった事を示していた。俺は、残りの紅茶を飲み干してこの部屋を出ようとした。話が先に進まない以上、いても意味は無いように思えてきた。
「待って、その事件で探求者を逮捕して欲しいの」
「……そうか、そう言えば良かっただろう」
「しょうがないじゃない、腰を据えて話さなきゃいけない案件なんだから」
追加の紅茶が注がれて、話が深くなる合図が出される。俺は椅子に座りなおして資料を手に取った。
失踪者には共通点があるようだ。それは“共通のパーティーに招待されていた”という事のようだ。参加者の中で、家族のうちの一人が招待状を保存していた。家族の証言によると、その招待状を送られていた本人に渡さずにいたら、一週間後に突然いなくなっていたそうだ。
手紙に書かれていた事は、『仮想通貨取引所の新設における祝賀会』を謳っている。参加者には特別に元本保証するという、胡散臭さ満載の文面だった。
「こんな胡散臭い物に参加したって事か」
「ええ、そうね。このリストの中の八割は自分でその集合場所に向かった。そして失踪者六十六人のうち、見つかったのは一人だけ」
書類の付箋をつけられたページに書かれているのは、とある男の名前だった。
中年の男は、中部山地の村に突如血まみれで現れて、保護されたという経緯を持っている。だが、彼の動向などは完全に秘匿されていた。
「彼が重要人物なのか?」
「ええ、そうね。まぁ、人の言葉は話せないけど」
調査記録によると、保護されて憲兵病院に搬送されたのだが────
『オレハ、オレハニンゲンダァ!!!!!』
と叫び続けてまともに話すことができない。結果的に今は警護病棟に収容されているようだ。
一体どんなパーティーが開かれていたのだろうか。想像もつかない領域、という事はなさそうだが興味はある。
「それで、この男の存在が手がかりだという訳じゃないだろうな?」
「違うわね、それ、一週間後にまた開かれるのよ」
目の前に渡されたのは一通の封筒、その中には文面の全く同じ招待状が封入されていた。つまり、この女はこのパーティーに参加しろと言っているのだろうか。
「お断りだ、まだ死ぬわけにはいかない」
「違うの、別に参加して欲しいわけじゃない。これは受け取ったうちの局員に行かせるわ。貴方にはこの集合場所からアジトを特定して欲しいの。特定し次第、こちらから治安部隊を差し向ける」
どうやら、想像していた物よりは簡単な任務のようだ。大したリスクもないだろうし、クラリスにやらせればいいだろう。
俺は、任務の説明を受けた封筒を手に取る。目の前の女は、表情を変えずに紅茶を飲んでいた。あくまでも、自分は裏方に徹する。その意志が見て取れた。
「まぁ、なんとかなるだろう」
俺は席を立ち、一声かけて部屋を出た。帰りは職員の付き添いの元出口まで誘導される。変わりばえのない光景を軽く眺めてから、俺は本部を退出した。
入り口となる小屋から家まで送迎されて、帰ってきたのは夜中だった。
ドアの鍵を開けて────ドアの鍵が緩くなっている。ピッキングを仕掛けられた証拠だ。
だが、この鍵はピッキングができないようになっている。その辺りは、そう言った道のものならば一目で分かる。
空き巣が入ろうとしたのだろう、そう思って家に入った。
仔猫がお腹を空かせて、足元にやってきた。あんなに溺愛していたのに、クラリスは餌をやっていないのだろうか。
いや、違う。キツイ香水の香りと共に混ざっているのは錆びた鉄の臭い。
「おい、クラリス!」
「あー、帰ってきちゃったのね、全く……もうちょっと待ってよ……」
ソファにはキャットスーツを所々切り裂かれた彼女の姿、その後ろには修道服姿の人間が立っていた。
「ごきげんよう、国家執行者第一号、またの名を“カイン”さん?」
その声、その姿、手に持っている
九年前、
「…………何の用だ」
「んん〜、ちょっと貴方に用事があったんだけど、この女の子に邪魔されちゃってね〜。殺す気は無いのよ、今はね」
クラリスの側には、空のアンプルが転がっている。
俺はゆっくりと、グロックを向けた。だが、撃てない事は本能的に悟っていた。撃つ前に俺は死んでいるのだろう。
「貴方は今私を撃つ事はできない、だけど私は貴方を殺す気もないわ」
持っているSAAをこちらに向ける事なく、彼女はソファの背もたれに腰掛けていた。クラリスの容態は予断を許さない。向こうが話をしたいのであれば、今は我慢して利を取るしかないだろう。
「それで、何の用だ」
「ちょっと、私の元に依頼が入ってね、手伝って欲しいのよ」
気怠げに足を組み、一つずつ排莢していく。背中に背負っているM1ガーランドが、女の性格を表している気がした。
「断ったらどうなる」
「血中の血球成分を徐々に破壊する薬、って言うのを試しにこの子に打ったのよ。だいたい二週間くらいが限界かしらね〜」
クラリスは衰弱した様子でこちらを見ていた。今まで求めてきた犯罪者なだけあって、やる事が非道だ。
────
だが、その選択はどうしても取れなかった。とりたくなかった。クラリスに情を持つほど俺は過ごしてきたわけではないのに。
「…………話は聞こう」
「そうこなくっちゃね」
仔猫が寂しそうに、にゃあと一鳴きしていた。
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