Episode.8:悲哀なモチーブ
「映像の解析、終わったけどどうする?」
午前三時、ベッドにはリラックスしたような格好で座っているクラリスがいた。いつものように軽装で座っている彼女。その手にはいちごオレ────ではなく、缶のエナジードリンクがあった。
「コーヒーにすれば良かったんじゃないか?」
「どうしてわざわざやりたくない事の為に、飲みたくない飲み物を飲まなくちゃいけないの?」
俺はコーヒーを淹れるついでに、クラリスに買ってきたカフェラテを投げて渡した。特に無反応ながら、いつも通りストローを刺す音がすぐ聞こえてきた。
「それで良かったか?」
彼女の希望無しに買ってきてしまったので、今更ながら望みを聞くことにした。彼女はしばらく静かに飲んでいた。
「────んふっ、いいわねぇ、こういうの大好き」
耳元で、渡したカフェラテのような妖しく甘い声が囁かれる。
俺の首元に回される腕、彼女の熱い吐息が首元にかかる。背中には生々しい柔らかい感覚が伝わる。
「気に入ってくれたなら何よりだ」
「でも残念、二度と買ってもらえないなんて……」
小柄な彼女からは、想像できない膂力でベッドに押し倒される。俺は、彼女の手を受け入れないように身体を動かす。だが、彼女の手は俺の身体をゆっくりと撫でていた。
「こんなにいい男と仕事……したかった……のに……ホントに残念……」
「そうだなぁ、俺はもっと仕事して欲しいと思ったぞ」
彼女の身体が俺にのしかかる。性格とは裏腹に、女性的な身体つきが刺激的な彼女。
どこかで嗅いだカミツレの匂いが、劣情をくすぐる。
────彼女の手にはナイフが握られていた。俺の首元にあてがわれたナイフは、その役割を果たすことなく微動だにしない。
「お疲れ様、ゆっくり休んでくれ」
そのナイフを彼女の手から取り上げて、彼女と上下を逆転させた。クラリスは、気持ち良さそうな顔で布団を抱いて寝ている。
俺は、睡眠薬入りのカフェラテを普通のカフェラテと入れ替えて、パソコンを開いた。
「すまない、クラリス。今からやる作業は見せられないんだ」
ノートパソコンに黒いUSBを挿入する。途端に画面が黒くなり、入力画面になる。俺は、打ち慣れたコマンドを組み合わせプログラムを立ち上げた。
────
全ての“認証”という物を突破し、得たい情報を得られるプログラムだ。四ツ越デパートの警備メインPCの認証も、このラプラスの権能のうちの一つで突破した。
俺は、クラリスが解析してくれた映像をプログラムに組み込む。
P’ck”:202011061907.mov
S’’rch:JPN,FACE,Recognizing
MPK00001E;[Qualify]
SSC,19921224;[Qualify]
【Ready?】
エンターキーを押すと、画像の検索がスタートした。顔の特徴、およそ二百五十六箇所をピックアップして、この国全ての顔認証システムや個人データにアクセスする。足跡はわざと残していく。だからこそ、俺はこのホテルを選んだのだ。
【Data Matched】
検索完了した画面には、二人のうち大きな方の認証結果を出していた。名前は
「おっと、なるほど……これが動機の線が高いな……」
彼女のデータは憲兵局の被害者データベースに載っていた。事件番号はM20150509-001N。世間的には「桜町“辻斬り”事件」として周知されている事件である。
────七年前、今の旧都に近い住宅街にて通り魔事件が発生した。
その時の被害者は八人。全員が全員、日本刀のようなもので首を落とされて殺されていったのだ。
彼女は、母親をその事件で失っている。そして、逮捕されたのは────彼女の父親だった。
著名な作家であり、愛刀家だった彼女の父親は政府が打ち出す対テロ対策に批判的だった。
『このままでは、国民の自由は“対テロ”という名の下に抑圧、弾圧される』
彼がワイドショーで放った言葉は、その時世論を揺るがした。そう、俺も覚えている。あの時は丁度中華屋で飯を食べていた時だった。
「この事件、陰謀論が飛び交ってたが……まさか、それを信じて仇討ちって事か……」
彼がこの事件の犯人とされた理由。それは、彼が持つ愛刀コレクションの中でも至高。その価値や国宝級とされた名刀“村正”が、あろうことか現場に棄てられていたからだ。
結局、彼女の父は死刑判決を受け執行された。彼女は、加害者家族保護プログラムの元、戸籍変更されて今の名前になった。
愛刀家が、宝を捨てる筈がない。その話はなんどもされてきたのと、状況証拠だけで方は極刑を下したのだ。
「仇も討ちたくなるよな、普通は……」
俺はすやすや眠っているクラリスを起こさないように用意を始めた。
***
「おはようございます。今日から二週間、新都の大学から特別講師をお招きいたしました。では、自己紹介お願いします」
「はい、始めまして。国立法科大学から参りました、中川 順と申します。よろしくお願いします」
担任に振られるがままに、俺は“自己紹介”を始める。女子高の二年A組は思ったよりも静かだった。俺は、早速原稿用紙を二枚ずつ配り始める。
「早速ですが、皆さんがどのくらいの能力があるのか試させていただきたいと思います。具体的には、『法治国家における正義』というテーマの小論文を、原稿用紙一枚半以上で書いていただきます。授業終了後に提出していただきます。では、始めてください」
静まり返る教室の中、俺は教卓に備え付けられている椅子に座って、一人の生徒を観察していた。
教室の窓際、前から四つめ。静かに小論文に取り組んでいる彼女こそ、日野 天音その人だ。
内職するでもなし、寝ることも無く、静かに原稿用紙のマス目を埋めている。
俺は、静かにパソコンを開きながら観察していた。妹は中学に所属していることには所属しているが、一切外に出てこずに不登校状態になっているようだ。
「気長に待つか」
俺は、彼女の成績表を見ていた。評定は可もなく不可もなく、生活所感も特筆すべきことはない。サソリ、とはかけ離れたイメージを持つ彼女はいつ豹変するのか。
終業のチャイムが鳴り、俺は原稿用紙を回収させる。少し厚めの束を封筒の中に入れて、俺は授業を終わらせた。
放課後、俺は彼女の“小論文”を手にとって読み始めた。
『正義について 二年A組 日野 天音』
“ 私は、「正義」という不完全な定義で他人の生活を脅かす人種、いわばヒロイズムな行為をとる人種の事が私は嫌いだ。
犯罪者の家族に対しての世間の反応が最たる例だと言える。確かに、違法行為はその軽重を問わず許されるべきではないと思う。だが、その犯罪者の子供がどうして名前を、戸籍を変えてまで生活を侵されなければいけないのだろうか。どうして、世間の目を気にして、住む場所を変えたり職場を変えたりと、いらぬ配慮をしなければいけないのだろうか。
世間は「明らかに悪」というレッテルを張られたモノを執拗に叩く傾向がある。それは、決して断罪をする聖騎士とか、そんな大仰な思考なんてモノはない。ただ弱ったモノに寄ってたかって、自分の正義を振りかざして叩きのめす、そんな思考でしかない。そう、今の世にある「正義」の本質は、石器時代から一歩も変わる事なくあり続けている。
私は、そんな世界が嫌いだ。法という絶対的な「定義」を、個々人の取るに足らない思想で脚色した「正義」によって治められる世界。故に、法治国家と独裁国家は紙一重なのかもしれない。だからこそ私は、たとえ偽善者のレッテルを貼られようとも、弱者に手を差し伸べられるような立場の人間になりたい。
それが、法治国家において本来あるべき「安全装置」だと私は信じつつ、日々を暮らしていきたい。
「ああ、そうか……」
一人の、不遇な少女の叫びを読み取ったような気がする。彼女は、自分達だけではなく弱者のことも考えていた。
じゃあ、彼女が次にやることと言えば────多くの弱者を創り出す政策や国策のキーマンを潰す。
一件目では、徴兵制を導入しようとした最高司令官を
二件目では、関税を撤廃しようとした同盟国の通商代表を
三件目では、所得税を増税しようとした政治家を
六件目では、国民防衛法を違憲としようとした判事を
彼らは強者の味方をし続けてきたからこそ、
「ねぇ、早くして、寒いんだけど」
携帯に、苛立ちが見てとれる通知が飛んでくる。
さて、どれだけのものが見つかるか。俺は、不機嫌な助手を怒らせないように手土産を用意してから、職員室を出て行った。
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