第13話 届け!

ウスバのユメは叶ったんだな。んっ、おかしい。何かが変だ。本当にウスバは、名刀が欲しかったのか? 僕の頭の中にメモリーが溢れてくる。

「僕の名前はアクイ。ややこしいから、僕の名前は『ハミー』でいい。およそ百年前、少年と少女は、とあるユメを持っていた。少年は人形作り、少女はアイドル。二人が道をつなげたのは、一瞬の普通の生活だった。普通の生活の中で、二人は普通のヒーローショーを見た。二人の接点は少ないんだ。ハミーはそれでも、少女ウスバのユメを叶えてやりたかったんだ。ハミーは、少女ウスバが求めていたものを知らない。アクイという始まってもいない少年に託すことにしたよ。何故なら、メモリーは余計なこと、つまり絞れないということだ。僕は、キミの答えを待っている、ヒーローと悪役の流れの中で」

ハミーは言いたいことを言って、何処かへと消えた。ハミーは恐らく、『ウスバ』と『観客』の二つのうち、『観客』を得ることを選択した。今度はウスバを選んでやれって? ふざけるな! キングは僕に話しかけてくる。

「アクイ、今はヒーローショーよりも他の娯楽が強いんだ。人形の力が必要なんだ。俺はどの娯楽が優れているかを問うつもりはない。それでも、観客にヒーローショーを見て欲しい」

僕は答える。

「僕は普通の生活が手に入るなら、ヒーローショーにこだわらないよ」

僕が悪役を演じるのは、それしかないからさ。そんな時、何処からかよく知った声が聞こえてくる。

「キングだっけ。キサマはクサイさんから何を学んだのだ! カプセルマスターのキングとやら、シハイを演じて楽しかったかい?」

この主はやはり、最高のヒーローユウキだった。勇刀を手にする。そうだ。キングの演じた『シハイ』は、多彩な技でユキヒロを追い詰めた名悪役『クサイ』の弟子だったはずだ。キングはハッキリ言う。

「ドールがマスターに逆らえるわけないだろう。ドールのクサイなど知ったことか」

少女ウスバは、魔法刀を手にやり遂げたって面してやがる。この展開でいいのかよ、ウスバ! ユウキは言う。

「俺はドールだ。だが、カプセルマスターキングより優れている。人間は、自らの格を意識する。生き残るため、勝つ誇るため、普通を手にするため。この世界は平等ではない。だが、俺は知っている。豪快で解りやすいヒーローパンチとヒーローキックで、強い悪役を倒していったユキヒロさんは、『ヒーローからの贈り物』を残した」

キングはユウキを怒鳴りつける。

「俺よりユウキの方が強かった。そう言いたいのか、ユウキ!」

ユウキは真っ直ぐ前を見る。

「初代ヒーローユキヒロの解りやすい技は、多くの少年達が真似をした。ユキヒロは成りきろうとした。しかし、『パワー』は『テクニック』に破れたのだ。『テクニック』は『パワー』に憧れたから、技術として昇華したのだ。今のヒーローショーで、『パワー』のみの役者は通用しない。クサイさんのような名悪役がいたから、ヒーローショーと技は進化したんだよ、キングさん」

キングは、ハッとした表情をする。

「悪役とは、ヒーローを引き出す生き様だと俺は思っていた。いや、それ自体は間違っていない。『ヒーローからの贈り物』、つまり子供達にユメを与えることは、解りやすさだけでは飽きられる。そこで、『テクニック』が生じた。多彩な技を繰り出すクサイ師匠は、人形でありながら、俺よりヒーローショーの何たるかを理解していたのか」

ユウキはまだ納得しない。

「悪役達は破れることで、『ヒーロー達に教えて』いたのさ。ヒーローは最初は豪快な大技に憧れ、いつの間にか悪役を相手に高レベルの技を手に入れた。俺の技『コツコツ』もそうして生まれた。クサイさんはわかっている」

「師匠……」

と、キングは自らの行いを悔いる。

シハイはユウキに、最後まで勝てなかった。悪役はヒーローに勝てなかったのさ。ウスバは言う。

「じゃあ、伝説の『悪役からの贈り物』というのは、何度も何度もビデオを見て研究した先人達、つまりは優れた技をアレンジしていったってことなの?」

ユウキは首を振る。

「俺は、シハイという悪役の生き様は嫌いではなかったよ」

ユウキとキングはライバルを見た。そうか、『悪役からの贈り物』とは、『観客』と『大切な人』へと贈られる、それぞれの価値観だったのか。

名をはせた伝説の悪役『シハイ』の心は砕けていた。ただ、過ぎた日々を悔やむ負け犬だ。九つの才能を持つ天才は、クサイと名乗った。天才クサイでさえ、ヒーローショーを『シハイ』出来なかった。

クサイは九つの才能と『甘い海』つまりシハイの才能で、ヒーローショーを支配したかったのだ。シハイはクサイから十個目の才能を授けられた。クサイのユメは、シハイと共に砕けた。僕はまだ砕けていない事を知っているけれど……。

ウスバはシハイへと近づき、アメ玉をシハイの口へと含ませる。

「甘い海、すなわち観客の視点から、もう一度自らを見直そう。ウスバは生粋の『観客』だものな」

シハイはそう言うと、アメ玉を噛み砕く。何故? ウスバはその意図を汲み、シハイに願う。

「俺にはまだヒーローショーを『支配』する才能はあっても、年月は待ってくれない」

「シハイ様、私に託して下さい」

ウスバは食らいつく。

「やって見せます」

シハイは何を思ったのか、天秤の右の皿にアメ玉袋を置く。

「ウスバは観客として、『魔法刀』で指揮出来る。ウスバ一人では、『甘い海』は成立しないということだ。誰とは言わないが、『非竜』すなわちドラゴンではない存在と『悪意』と名乗るお人好しによって、『名刀』を作り上げた。ハミー『ハゲトラ』も喜んでいる」

シハイはウスバに、みんなの才能を天秤の左側の皿に置けと、無言で言った。左右を釣り合わせろと、ウスバは天秤の右側に置かれたアメ玉を口に含み出す。

シハイに元気が戻った。

「ウスバよ、それでいい。俺の才能はアメ玉袋ほど重くないと、キサマは思ったのだろう?」

ウスバはアメ玉を口に含みながら言う。

「滅相もございません。あと、このアメ玉高級品ですね。これは重すぎて反則ですよ、シハイ様」

ヒリュウは叫ぶ。

「ウスバ、俺の才能を軽く見るんじゃねえよ!」

「僕のハードルは下げてくれ」

と、弱気な僕。シハイはアメ玉を頬張る。

「俺がすべてを溶かす! それまでに左を重くするんだな」

ヒリュウは急ぐ。

「シハイ様に軽くされてたまるかよ」

ユウキもアメ玉を食べる。シハイはユウキに問う。

「キサマもアメ玉が欲しいのか?」

「いや、少しでも軽くしとかないと、俺とシハイの時代が低く見られる。それほどの可能性をアクイ達に感じたよ」

この二人はきっと、釣り合う天秤を早く見たいんだ。『観客』がいてこそ、ヒーローショーは完全なる『支配』を実現する。ユウキとシハイは、観客に戻るつもりらしい。

ハミーは、僕のことを『始まってもいない』と言った。僕は何もなせていない悪役ですらない。ただの少年なんだね。本気で僕は、悪役になりたいと今思う。始まっていない真っ白な少年に、ハミーは悪役の未来を託したのだ。真っ白ってことは、いい方向だけではなく、すごく悪い方向にいく可能性もあるってことさ。ゴウは言う。

「なあ、アクイ。俺達は一人ではないんだ。クビを賭けたライバルでもあるけどな。だけど、そんなライバルと一緒に、ヒーローショーが他の娯楽に劣らないことを模索するさ」

アオイも首肯く。

「悪役という道は、様々な人とつながっているわ」

ウスバはアオイの言葉に、ウンウンうなずいている。

「たくさんの道を持っていたなら、一つ二つと道を塞がれても、塞がれていない道を探せるね」

ヒリュウは言う。

「俺の贈り物は、アクイとの決着だ。もちろん、俺の勝利で終わる」

そして、塞がれた道も二人が交わるのなら再び開く。今まで大人しくしていたオーナーは言う。

「私も生まれ変わろう。私は、『贈り物』の中継地点になりたいのだ」

フルメモリーのウスバは、僕に語りかける。本来のウスバだ。

「悪役からの贈り物ってね、アクイくんの

欲しい物だと思うよ。悪役を続けていたら、いつか巡り会う。それはね、ウスバちゃんの欲しい物なんだよ」

僕は知ることができた。ウスバの欲しい物は、ハミーの失った物さ。失ったってことは、一度は手にしたってことだ。そう、僕が真っ直ぐ生きた証。ユメを叶えること。ウスバは、それを応援してくれるんだね。僕はひねくれ者が悪いとは思わないけど。

それから時は過ぎた。

「ついに決着が着く」

「それはどうかな、アクイ」

僕とヒリュウの激突。オッサンはため息をつく。

「こんなものに興味を持つ『観客』はいないだろう」

「私もそう思う」

と、オーナー。

「頑張れ、アクイ!」

と、ウスバ。ユウキとシハイの、伝説の再現と後にうたわれるバトルが始まる。届け! 僕のユメ。『観客』にも『少女ウスバ』にも欲張りに。






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