第2話 見ている
ここは、巨大カプセルの中だ。僕達は何時もカプセルに住んでいる。カプセルと言っても、かなり広いぞ。僕にはよく解らないが、先輩達は島一つぐらい広いと言っていたよ。
僕の名はアクイ。僕は、十六歳の悪役に所属する者だ。およそ三年前、悪役と呼ばれる会社に入社した。下っ端オーナーが、僕達悪役のトップだ。このチーム以外にもたくさんの悪役会社があるらしい。とにかく僕達は、オーナーに従うしかない。そうでないと、金が稼げないからな。
仲間から大きな声が上がる。
「『観客』が来たぞー。『権利ポイント』をケチるなー!」
権利ポイントとは、一日に動ける行動量のことだな。観客ってのはよく解らない。しかし、すごい技術を持っていて、オーナー達の収入源だ。店の食べ物一つとっても、みんな観客によるものだ。つまり、悪役達は観客に認められないとオーナーに金が入らない。要は、僕達悪役の給料が出せないということだ。
先輩のロストさんは、オーナーとの契約が残り三日間だ。ロストさんは、このチャンスを見逃せは、クビなのだよ。しかし、ロストさんは落ち着いている。
「アクイ、俺のことは気にするな。アクイこそ重要な時だぜ。俺みたいに終わるヤツではない」
僕は力強く言う。
「ロストさんは、まだ終わっていない」
「三日後には終わるさ」
そう言って、ロストさんは笑った。
ここでオーナーが、民間人を解き放つ。僕達悪役は、ハンターのごとく民間人を攻撃する。何故かって? 観客が見ているからだよ。僕の権利ポイントは、まだ上限が低い。下手には動けないようだな。オーナーが愚痴る。
「民間人を雇うので精一杯だ。このカプセルに『ヒーロー』を招ければいいのだがな。私のユメなのだ」
オーナーよ、金がないだけだぞ。因みに、民間人達は民間人会社から派遣されている。
結局は、観客から金を頂くためのバトルだ。これは、強さよりも目立つことで、観客人気を上げることが重要だね。ちい、権利ポイントを大きく使ってしまったぞ。僕の今日の仕事は、終わりみたいだな。成果はほとんど上げられなかったぜ。
ロストさんは、僕に声をかける。
「大技ばかり狙うから、権利ポイントをどんどん失う。コツコツ行こうぜ、アクイ!」
「あと三日しかないのに、それでいいのか?」
と僕はつぶやいた。オーナー達は、観客からチケット代を回収する。
僕もいつクビになるかわからんぞ。ロストさんばかり気にしている場合てはない。僕に何が出来る? 生き残るためにはな。僕は仲間達に誘われ、飯屋へと入る。これらは全て観客が用意したものらしい。安いメニューで、僕は食事を済ませた。
観客達が僕達に何を求めているのか、よく解らないな。今日のロストさんの動きは良かったと思う。このままでいけば、クビを避けられるかもしれないな、ロストさんよ。
しばらくすると、オーナーが喜んでいる。
「ついに、下っ端とは言えヒーローを雇うことに成功した!」
そして、悪役達は一人のヒーローのせいで、翻弄される。下っ端とはいえこのヒーローは強すぎる。ヒーローは民間人達を助けていく。観客達のテンションが大幅に上がった。まさに今が、金の稼ぎ時だ。
ヒーローは勝ち誇る。
「ザコばかりの集団とはいえ、これで観客の人気はもらった」
ヒーローのまえに、悪役達は次々と倒れていく。しかし、ヒーロー達にも権利ポイントはある! いつかヒーローは鈍る。オーナーは観客から大金をゲットした。社員はどうでもいいのかよ? ヒーローなんて一日雇われただけだろう。
ここで、ロストさんの得意技コツコツがヒーローを襲う。何故この場面でロストさんは、大技を出さない? 僕は叫んだ。
「ロストさんは、今日クビだろう!」
ロストさんはささやいた。
「アクイよ、見ているか? コツコツこそアクイに足りないものだ」
僕に足りないものが、コツコツみたいな小技だと? ロストさんは、こんなものを僕に託そうとしている。ロストさんは、次の職場を見つけられるだろうか?
おそらく、ロストさんはヒーローショーにはもう戻って来れない。コツコツなんて下らない技を僕に託して……。ロストさんはみんなに向かって言う。
「また会えたらいいな」
ロストさんのコツコツをもろに食らったヒーローの動きが鈍る。
「これは伝説のヒーロー勇気、通称『ユウキ』の使っていた技、コツコツじゃねえか。ランクA! コピーに過ぎないとはいえ恐ろしい。ユウキがサポートに回った時に使っていた、地味だが仲間を助ける技だ」
ヒーローがコツコツにびびっている。解説もありがとう。というか、コツコツって凄い技だったのか。そしてロストさんは、この技で僕に仲間を助けろってか。嫌なこった。しかし、ユウキが使っていたほどの技なら、別の使い道があるかもしれない。ロストさんの魂は、僕達に受け継がれたんだ。
クビを覚悟した悪役達は、贈り物を託して去っていく。ロストさんもその一人かよ。僕は、ロストさんに生き残って欲しかった。僕は負けないよ。負けたくなくなったよ。カムバックしてくれ、ロストさん! 僕はそれまで負けない。勝つつもりもないけどね。目立とうとして勝ちを狙ったヤツから脱落者になっていく世界の厳しさを、ロストさんは僕達に教えてくれた。それは、胸に刻んださ。
いくぜ、コツコツ。僕の権利ポイントは残り少ない。今日の悪役達が、ヒーローにクリーンヒットさせた回数は、なんとゼロ回。しかし、今コツコツをヒットさせれば、残り少ないヒーローの権利ポイントを削れる。
そこで僕は、タメアタックをたたき込む。タメアタックとは、僕の大技だ。僕はこの技を誰にも託しはしない。生き残ってやる。もちろん、カプセルの中のヒーローショーでだよ。
僕の残り契約日数は四十九回分のヒーローショーだ。働き次第では延長も考えると、オーナーは言ってくれている。四十九回もチャンスがあると思っていてはダメだ。一回一回を噛みしめていく。そして僕は生き残る。ロストさんが言いたかったことは、僕には多分伝わっていない。気合いで理解してやるさ、いつの日か!
一人の少女が言う。
「なかなかいい引き際だったよ、下っ端ヒーロー」
「テメーは、ユウキの使っていた名刀『勇刀(いさみがたな)』で有名な、鍛冶屋『ハゲトラ』の娘だっけ」
「私の父さんは本名が嫌いだってさ。禿げそうだから。それにしても、ロストってヤツ、いい引き際だよ。コツコツなんて凄い技、どこで覚えたんだろうねえ」
「彼もまた『託された悪役』なのかもしれない。もしも、託され続けた本物の悪役が出てきたら、それは『ヒーロー』なのかもしれない」
「ロストは『見ている』ぜ。スポットライトに当たり続けるエリート達をな」
「恐ろしいヤツね」
権利ポイントを使いきり、撤退した下っ端ヒーローと見知らぬ少女の声が、『カプセル』に響く。
ヤツらはロストさんを知っているのか? 解らないな。情報が少ないどころかゼロに近い。ユウキの名刀を作ったとされる『ハゲトラ』は、カプセルの中でも有名だ。他にもハゲトラは多くの名刀を残したとされるが、僕は詳しくない。さらに言うならば、ハゲトラは『観客』だ。その娘とやらも多分観客だ。
ハゲトラの娘と呼ばれた少女は、戦場へと足を踏み込む。
「私はただの観客ではないのだよ。憧れのヒーローショーに、私『ウスバ』は訪れる。もう、『見ている』だけではユウキのライバルだった伝説の悪役『シハイ』のようにはなれないから」
ウスバと名乗る少女は、おそらくカゲトラの鍛えた名刀を手に、見たこともない技を繰りだした。
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