会談

山本正純

会談

 その白髪の幼女、ルス・グースは、ある指令を遂行するため、一人で霞が関周辺を探訪していた。前髪を右に反らしたショートボブの髪型。一重瞼と尖がった耳が特徴的な彼女の体は白いローブで覆われている。

 この錬金術の槌が存在しない世界において、その幼女の服装は何かのコスプレに見えるだろう。

 そんな彼女は近くから女性の悲鳴を聞く。振り向くとルスの後ろを歩いていた髪の長い女性が黒いローブを着た集団に囲まれていた。路肩には黒色のワンボックスカーが停車している。

 ルスは一瞬で消え、集団に囲まれている女性の前に姿を現す。

「こっちの世界にも錬金術師がいるなんて聞いてないのですよ」

 溜息交じりの幼女の呟きを聞き、黒いローブを纏う男が腕を鳴らす。

「なんだ? この餓鬼。どうやって俺達の前に現れたのか知らねえが、ぶっ殺してやる」

 敵意剥き出し発言にも怯むことなく、ルスは周囲を見渡した。

「なるほどなのです。全員短銃を所持しているようなのですね。この程度の相手は、これだけで十分なのです」

 そう言いながら、ルスは右手の人差し指を立てる。そして、次の瞬間、黒いローブを着た者たちは次々にバタバタと倒れていく。

 啖呵を切った男は、何が起きたのか理解できない。

「餓鬼、何……」

 いつの間にか白髪の幼女は男の目の前に現れていた。どういうわけか宙に浮いている幼女は、黒いローブの人物の右頬に自身の右手人差し指を当てる。すると、男の体に電流が走り、彼は意識を手放した。

 一瞬で錬金術師らしい集団を倒したルスは、襲われていた長髪の黒いスーツ姿の女性に右手を差し出した。その間に路上駐車された黒いワンボックスカーが走り去っていく。

「怪我はなかったのですか?」

「えっと、助けてくれてありがとうございます」

 女が頭を下げる。丁度その時、女の携帯電話が鳴った。女は慌てて電話に出る。

「はい。益子です。長官、教えていただきありがとうございます。お恥ずかしい話、白髪の女の子に助けてもらいました。はい、長官。その女の子なら今も一緒にいます」

 益子は電話を切り、幼女と視線を合わせるため腰を落とした。

「お嬢ちゃん、長官が御礼をしたいそうです」

「長官なのですか? 今から浅野房栄っていう人を尋ねる予定なのですが……」

 それを聞き、女は腰を抜かした。

「えっ」

「何を驚いているのですか?」

「その浅野房栄公安調査庁長官が御礼したいと言っています」

 女の言葉にルスは驚愕した。


 助けた女性に案内され、公安調査庁の長官室のドアの前にやってきたルス・グース。

 女性が扉をノックすると、中から四十代くらいの女性の声が聞こえてきた。

「失礼します。長官。連れてまいりました」

 ルスが助けた女は頭を下げる。目の前の席に座っているのは、黒い髪を腰の高さまで伸ばした細目の女性。黒いスーツを着た細目の女、浅野房栄公安調査庁長官は部下に視線を向けた。

「益子さん。あなたは帰っていいのよ。また狙われる可能性があったから、暇そうにしていた警視庁の公安の刑事を手配してあなたの自宅周辺の警備を強化したのよ。駐車場に公安刑事が運転する自動車を待機しているから、それに乗って自宅に帰りなさい」

 その指示に従うしかできない益子は頭を下げる。

「了解しました」

 そう伝えると益子は長官室から退室する。そうして二人きりになった浅野房栄は椅子から立ち上がる。机の前に座った状態では見えなかった姿を視界に捉えた房栄は益子が連れて来た白髪の幼女に向けて、客人を持て成すソファー席を指差す。

「話は聞いているのよ。あっちの会談スペースで話すわ」

 

 長官と向き合うような形で座ったルスは、早速自己紹介を始めた。

「初めましてなのです。ルス・グースなのです。アルケア国で錬金術研究を行っているのですよ」

 続いて浅野房栄は身分を明かした。

「浅野房栄よ。公安調査庁で一番偉い人という認識で構わないのよ」

「長官、私は驚いたのです。こっちの世界にも錬金術師はいたのですね。黒いローブを着た集団に遭遇したのですよ。あの服装は錬金術師の物なのです!」

 目を輝かせて熱弁する幼女を見て房栄は思わずクスっと笑ってしまった。

「失礼、残念ながら彼らは錬金術師ではなくて、カルト教団南波の里の残党なのよね。公安調査庁の監視対象だった教団で、先日テロ行為を行おうとしたとして公安に逮捕された。教団について調査していたのはあなたが助けた益子で、残党は彼女を教祖が逮捕された腹いせに殺そうとしている。って、こんな話をしても面白くないわよね? 異世界の人間に対して公安がどうとかいう複雑な話をしても意味不明でしょう」

「お気遣いありがとうなのです。よく分かりませんが、要するに逆恨みという奴なのですね」

「そういうことよ。兎に角、こちらは警察庁とカルト教団が起こしたテロ未遂事件に関する合同会見をやらないといけないの。あまり時間がないから、手短にお願いするわ」

「分かったのです」

 ルスは頷きながら、預かっていた封筒に入れられた手紙を房栄に手渡す。宛名には浅野房栄様という文字。それを開封する房栄。

 手紙に目を通した長官が眉を顰める。

「これは夢かしら?」

「何と書いてあったのです?」

「総選挙の結果よ。私は十五票獲得で六十四位。あの人がエントリーした五人のヒロインの内で二番目に獲得票数が多いとのこと。こんなオバサンでも圏外じゃないなんて、嬉しいわ」

 嬉しそうに笑う房栄。一方でルスも笑顔になった。

「そんな笑い方をするのですね。意外な一面が見られて嬉しいのですよ」

 コメントの後、ルスは席から立ち上がった。

「そろそろアルケアに帰る時間なのです。本当は紅茶をご馳走したかったのですが、長官も忙しいみたいなので、別の機会にするのです」

「そう。噂で聞いたことがあるわ。ルスの紅茶は美味しいって」

 房栄のコメントを聞き、ルスは首を縦に振る仕草をした。その直後、房栄はルスを引き留める。

「ちょっと待ってほしいわ。実際に会って思ったことがあるのだけど、いいかしら?」

「何なのです?」

 ルスは振り返り房栄と顔を合わせる。長官の問いかけはルスの予想を超えるものだった。

「あなた、近いうちに何か大きな事をやろうとしているみたいね。直感で根拠はないのだけど、あなたを見ているとそんな気がしたのよ」

「……私は聖人としての仕事をやるだけなのです」

 長官の問いかけに対し否定も肯定もしない錬金術師は、そう告げると彼女の前から忽然と姿を消した。

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会談 山本正純 @nazuna39

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