第6話 満天の星に、見守られ
すっかり暗くなった田舎道を、二人で並んで歩く。
見上げれば、そこにあるのは満点の星空。
さっきと違って雰囲気にそぐわないバイオレンスな音が聞こえて来る事もなく、これが普通の男女なら恋に落ちてしまいそうな良い雰囲気の中、涼介は妙に落ち着かない気持ちでゆっくり、ゆっくり歩いた。
隣を歩く、すっかり美人さんになってしまった親友に、歩調を合わせながら。
ホテルの駐車場を飛び出した時のまま、二人はなぜか今も手をつないだまま。
涼介は何度か手を引き抜こうとしたのだが、その度にそれを阻むようにぎゅうっと握られてしまうので、流石にもう諦めた。美貴の柔らかで自分のものより少し小さい手を握るのはイヤじゃなかったし、なんだか胸がドキドキした。隣を歩く親友には、内緒だけれども。
(……いくら美人になったからとは言え、親友相手にこうも過剰に反応するとは。俺の恋愛偏差値、低すぎじゃね?)
なんとも情けない気持ちでため息をかみ殺す。
相手はどうなんだろうと、横目でチラッと様子を窺えば、同じようにこっちを見ていた親友と目線がぶつかった。
その瞬間、心臓が痛いくらいに高鳴って、慌てて目を逸らし。それから恐る恐る再び親友の方を見た。
そっちサイドはどうやら目線を逸らさず涼介を見つめたままでいたようで。
美女な親友は楽しそうに、だがどこか真剣な眼差しで、真っ直ぐに涼介を見ていた。
なんだか、過剰に反応してしまった自分が恥ずかしくて、ごほん、と咳払いを一つ。
気を取り直して何か話しかけてみようとは思うのだが、話しかける言葉が見つからない。
見つからない言葉を捜しながら、繋いだままの親友の手をぎゅっと握る。
すると、それに答えるように柔らかな手の平がこちらの手を優しく握り返してきて……涼介は、言葉が見つからないまま、どうしたらいいのか途方にくれてしまうのだった。
「……涼介は、彼女とか、いるの?」
そんな涼介の気持ちを見透かしてか、はたまた、ただ話題が見つからなかったからか。
美貴の形のいい唇から唐突とも言える質問が飛び出す。
彼女……その単語に、涼介は微妙に遠い目をして空を見上げた。
今まで、好きだった人くらいは、健全な男子として当然のことながらいたことはある。
だが、何人かいたその好きな人と、思いが通い合ったことは一度もなく。
涼介は未だに女を知らない童貞さんのままだ。
三十近いこの歳になって、それってどうなのよ?と思いはするが、機会がないのだから仕方がない。
(このままいけば、俺、魔法使いになれるかもしれねぇなぁ……)
三十歳まで童貞だと、魔法使いになれるらしいもんなぁ……と半ば現実逃避気味に考えながら、
「いないな~。欲しいとは、思うけどさ」
苦笑交じりにそう返す。
そうしてから、再びちらりと親友の顔を窺った。
(こいつにはきっと、彼女……いや、彼氏の方か?まあ、どっちでもいいけど、ばっちり恋人いそうだよな~。いい、女だもんな。喧嘩も強いし、頼りになるし)
涼介が自嘲気味にそんなことを考えていると、親友の手にぎゅうっと力が入った。
「……そっか。いないんだ」
「そ、いないの。だって、俺、モテねーもん」
「そう?私は涼介、いい男だと思うけどな」
そんな言葉と共に、親友の足が止まる。
手をつないだままの涼介も、当然のことながらそれにつられるように足を止め、どうしたんだよ?と振り向いた先に、親友の潤んだ眼差しを見つけて言葉を失った。
ちょっと待てよ、と涼介は思う。そんな、好きな男を見るような目で、俺を見るなよ、と。
痛いくらいに心臓が高鳴り、顔が熱くなる。
美貴は、そんな涼介の顔をじっと見つめたまま、少しだけ、その距離を縮めてきた。
涼介の顔に嫌悪の表情がないことを、慎重に、確かめながら。
二人の体の間にはまだそれなりの空間は空いていた。
だが、身長差が少ないせいで、やけに顔が近い。
ちょっと待ってくれ、涼介は再び思う。そんな風に……そんな目で見つめられたら、誤解しちまうぞ、と。
「涼介の周りの女の子達は、見る目がないね?私は、涼介くらい素敵な奴、他に知らないよ?」
吐息さえも届きそうな距離で紡がれる甘い誘惑に、涼介は頭がくらくらするような錯覚に陥った。
目の前の親友がとてつもなく可愛らしい生き物に見えてきて、ちょっと待てよ、俺!、と自分を戒める。
この褒め言葉は、ただ単なる友人への褒め言葉で、そういうつもりなんて欠片もないかもしれないだろ、と己に言い聞かせながら。
そして、いつまでも受身でいては俺の理性が殺られる、と今度は自分から口を開いた。
「素敵ってさ、お前……それはちょっと褒めすぎだと思うぞ?いくら親友の欲目があったとしてもだな……。それに、それを言うならお前のほうが……」
「私の方が、なに?」
小首を傾げる仕草が可愛い。いや、見た目は見事なまでに綺麗系なのだが、なんというか、どうしようもなく可愛く見える。
やばい、だいぶ脳がやられてるな、そんな風に思いながらも、涼介の目は目の前の親友に釘付けだ。
これは友情なんだ、と自分に言い聞かせてみるが、そんなわけあるか、ともう一人の自分が気弱な自分を蹴り飛ばす。
自分を誤魔化してても、今更どうにもなんねぇぞ、と。
自分でも、本当は分かっていた。急激に育ってしまったこの気持ちがなんなのか。
男らしく腹を決め、涼介は表情を引き締めて目の前の相手を見つめた。
「お前はさ、その……綺麗になった、よな」
「綺麗?そう??基本的には変わってないと思うんだけどね。色々取ったり付けたりしただけで、顔はいじってないし」
「と、取ったり付けたり……?」
「そ。もうちゃんと工事済み。戸籍も女性になってるし。涼介が見たいなら、見せてあげてもいいけど……見る?」
ただでさえ胸のあいた服の胸元を引っ張るから、繊細なレースの下着がちらりと見えて涼介は慌てて目を逸らした。
そんな涼介の態度に、美貴は不満そうに唇を尖らせる。
「なによぅ。本物じゃなきゃ、見たくないとでも言うわけ?」
「ちっ、ちがっ!?別に偽者なんて思ってねぇし、正直すげぇ見たいけど、ダメだろ?そんなの」
「……ダメって、なんで?」
「そっ、そういうのはさ、きちんと付き合った男女がだな!!」
「うわ~……頭かったい。どこのお父さんよ、あんた」
「……悪かったな」
呆れたような美貴の声音に、むすっとして答えて軽く睨むと、
「……でも、そういうところも、好き、だけど」
と彼女は恥ずかしそうに眼を伏せた。
(この好きは、流石に誤解しようがない……かもしれない。ゆ、勇気を出せ!俺!!)
己を鼓舞し、再び口を開こうとしたが、それに先んじて美貴が口を開く。
「でもさ、ちょっと悔しいな」
「……悔しいって、なにが?」
「綺麗になったな、って言うってことは、昔はそう思ってなかったって事でしょ?私は昔からずっと、涼介をカッコいいって思ってたのに」
ちぇ~、と唇を突き出す様子が、キスをねだっているようにしか見えなくて困る。
だめだ、そういうのはお付き合いしてからだ、と自分に言い聞かせながら、涼介は当時の事を振り返る。
あの頃、まだ高校生だった当時は、今目の前にいる美女は当然のことながら男の子の格好をしていて。
当たり前だが、友人である彼を恋愛対象として見たことは一度もなかった。なかった、けれども。
だけど、まだ大人になりきっていなかったあの頃。少年とも少女ともつかない透明な美しさを持つ友人を見て、自分は思わなかっただろうか?心を震わせたことは、なかったか。
当時、思春期の真っ只中だったあの時の自分は確かに思ったはずだ。綺麗だ、と。
自分と同じ性別を持つ親友の美しさを、誇らしくすら感じていた。
そんな昔の気持ちを思い出しながら、涼介は口元に笑みを刻む。
(結局、むかしっからこいつの顔は、俺の好きな顔だったってことか)
くっくっと笑い出した涼介を、美貴が不思議そうな顔で見る。
涼介は笑いながら、美貴の顔を真っ直ぐに見つめた。
「別に、悔しがんなくていいぞ?」
「え?」
「ずっと前から。お前のびしょぬれの頭を俺のタオルで拭いてやった時からずっと……ずっとお前の事、綺麗だって思ってたよ」
「うそ……」
「いや、まじで。今の今まで、気付かなかったんだけどさ」
信じられない、と言うように両手で口元を覆う親友を見つめ、涼介は照れくさそうに頭をかいた。
そんな涼介を潤んだ瞳で見つめる美貴に、
「……ねぇ。もう一回、言って?」
「やだよ、恥ずかしい」
「ね、お願いだから。もう一回だけ」
どうしてもと強請られて、涼介は仕方なしにもう一度口を開く。
「ずっと前から、美貴のこと、綺麗だって思ってたよ」
照れくささを押し隠し、真っ直ぐに見つめてそう言うと、美貴は目を見開いて唇を震わせて、
「それ……その言葉。それ、ずーっと、言って欲しかったの。あなたが教室の片隅で震えている私を助けてくれたときから、ずっと」
そう言って、泣き笑いのような、でもとっても綺麗な笑顔で微笑んだのだった。
星降る夜の、空の下 高嶺 蒼 @maru-maru
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