第4話 美女とかつての親友と
高校時代の後半を共に過ごしたその親友とは、卒業以降ぱったりと連絡が取れなくなった。
家を飛び出して東京へ行ったと風の噂で耳にして、数えるほどしか招かれた事の無い奴の家に行ってみたこともある。が、在宅していたあいつの母親に、迷惑そうに追い払われて以来、足を向けることは無かった。
当然のことながら、あっちから連絡が来る事もなく。
(仲はいいと思っていたけど、高校時代の友人なんて、こんなもんか……)
そんな風に自分に言い聞かせ、早々に諦めた。家を飛び出すほどの悩みを、相談すらせずに消えてしまった事に、寂しさを覚えながらも。
そうして十年ほどの時が過ぎ、今、目の前に当時の親友に良く似た笑い顔の美女がいる、というのは何の冗談なんだろうか。
涼介は考え事をしながら無意識に、山のように盛り付けた料理を消費しながら、美女の姿を目で追いかけた。
彼女は今、複数の男に囲まれて笑顔を振りまいている。
その男達の顔に、なんだか見覚えがあった。
あれ?と思い目をすがめ、よーく見てみると、彼らは当時、涼介の友達を集団でいじめていた奴らだった。
彼らはみんな、やに下がった顔をして目の前の美女に夢中な様子だ。
その美女に、昔いじめていた相手の面影があるなんてことも、きっと気付いていないんだろう。
それどころか、かつて自分達がいじめに加担していた事すらも、もう彼らの記憶からは綺麗に消されてしまっているのかもしれないが。
涼介が見つめる前で、美女は思わせぶりに男達をあおる。
艶やかな笑顔を見せつけ、彼らの腕や体に自然な仕草で触れてみたり、その暴力的なまでの胸元を強調してみたり。
何の魂胆かは分からないが、彼女はあえてそうした振る舞いをしているようだった。
あおられている当の男共は気付いていないだろう。
彼女の美しい微笑みの奥の瞳が、全く笑っていないことに。
彼らに向ける笑顔と、さっき涼介に向けられた笑顔。
そのあまりの違いに、涼介はぶるっと震える。
(……どんな理由があるかわかんねぇけど、女って怖ぇのな~)
まるで他人事のようにそんなことを思いながら。
まあ、事実、他人である事に違いは無いのだが。
だけど、少しだけ心配してもいた。
いくら美人でも、男達に優位に立っているように見えても、女は女。身体的にはどうしても男の力にかなうはずがないわけで。
まあ、彼女がもし女子レスリングの世界王者とかなら話は変わって来るのだろうが、どう贔屓目にみてもそうは見えないし。
美人ではあるが、ごく普通の女性が、である。
もし、万が一、複数の男をあおりすぎて本気にしてしまって囲まれた場合、ものすごく大変な事が起きてしまうのではないか、と涼介は憂慮していた。
だが、そんな涼介の心配が伝わるわけもなく、彼女は調子に乗った男達にその細い腰を抱かせ、見た目だけなら最上級に綺麗に見える物騒な笑顔を振りまいている。
そして、とうとう、と言うか、ついにと言うか……彼女は会場の外へと、男達に連れ出されてしまった。
涼介は、食べ終わってしまった皿を手に、しばし迷う。
昔と同様、暴力沙汰には縁がなく、正直己の戦闘力にはまるで自信が無い。
けれど、自分の中に見捨てるという選択肢もないことは分かっていた。
お人よしだと言われようとも、それが涼介と言う人間なのだ。
そんな風に何十年も生きてきて、今更変わることなんて出来そうもない。
(……土下座とかしたら許してくんないかなぁ?同級生のよしみで。まあ、最悪、頭と体の中心さえ守れば死んだりとかは無いだろうけど、出来れば、痛いのはいやだよなぁ)
そんなことを考えながら、涼介は空になった皿を置きざりに、のっそりと歩き出す。
歩きながら、ふと思う。
やっぱり彼女は、あいつなのだろうか、と。
ありえないはずだ。
ありえないはずなのだけれども、今日たった一度だけ涼介に見せてくれた笑顔は、どうしようもなくかつての親友の笑顔に重なった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます