普通に部活を楽しみたい

あずみ るう

EPISODE 00 Prologue

「意外と、本や雑誌とかもあるんだなぁ」

 初めて入った文化部棟と呼ばれている校舎、その最上階にある部屋。

入り口には、『創作活動研究会』そうさくかつどうけんきゅうかいというプレートがはめ込まれている。

 普通教室1部屋分ぐらいの大きさなのだけど、そのうちの半分は、天井近くまである本棚やキャビネットが、図書室のように何列かに分かれて配置されていて、そのいずれにも雑誌や単行本、文庫本が収納されている。

 そして残り半分ぐらいのスペースには、机と椅子、そして机の上にはパソコンが置かれている。

 視線を天井に向けると、部屋の前後にある入り口近くにはエアコンもあり、夏や冬でも快適に過ごせそうな感じだ。まぁ、前の入り口は、本棚でふさがれてはいるが。

「アニメ化された小説は、こっちの棚にあるな」

 幼馴染みの雄太ゆうたが手で示す棚を見ると、アニメ化された小説、その単行本や文庫本が、一箇所に整理されて置かれている。その近くには、アニメ関連の音楽CDとかもあったりする。

「部活で出している文集は、こっちにまとめられてるね」

 一足先に本棚の奥に進んでいた同じく幼馴染みの、美香子みかこの声が聞こえる。


 春4月。


 家から徒歩でも30分圏内にあり、学校の偏差値的なレベルでも中の上に位置する、この私立みどりおか高等学校に俺たち3人は入学したのだが、洋館風な校舎は幼い頃から見慣れていたためか、不思議と新しい学校に来たという感覚はなかった。

 昭和の高度成長期、標高がそれほど高くない山を台地状に真っ平らにし、そこに分譲住宅や高層マンション、生活施設として商店街や銀行、病院、スーパーマーケットを誘致して出来上がったのが、俺たちが生まれ育ったこの緑が丘リバーハイツという街だったりする。

 坂を下った最寄りの私鉄駅からチョコレート色の電車を乗り継ぐと、1時間程度で関西地方最大の中心都市に行くことが出来る利便性の良さもあってか、親子2代でこの街に住み続けることも多いという。

 その街の北東、小高くなった部分に都心部から緑が丘高校は移転してきたという。

空撮された写真を見ると、漢字の「田」の文字(但し、横に長い)のような3棟の校舎に、その東側には体育館と運動部の部室棟、卓球場、弓道部の施設、水泳プールなどがあり、そして、これら全てが収まる広すぎる運動場が校舎の南側に広がっていて、贅沢というのか、余裕がありすぎる土地の使い方をしている。

 最寄り駅とか、南北を走る国道や県道からも、緑の山の上に突き出す形となった校舎が見えるために、リバーハイツのランドマーク的な建物となっている校舎ではある。

 しかし、俺たちが生まれる何年か前に起きた大地震により、この洋風校舎にも被害があったということなのだが、その後、校舎の内側、廊下など耐震補強工事がされて、平成も20年以上経過した今でも、どこか古めかしい洋館風な雰囲気を残している。


 そんな今日、7日は朝から入学式だったのだけど、1学年は9クラス、人数では270人程度で、それが3学年分あるという我が校なのだが、そこは私立らしく、文系と理系の進学コースがそれぞれ1クラスずつあったりする。

 まだ肌寒い体育館での入学式が終わると、インターバルを挟んでのオリエンテーションに、最後は、生徒会主催の部活動紹介という流れだったのだけど、やはり特徴的なのは、毎年秋に開かれる文化祭だと思う。

 最近では珍しい、秋の勤労感謝の日前後の土日を利用した文化祭なのだが、両日共に地域住民にも開放されており、リバーハイツのお祭りイベントともなっている。

住民の半分近く(それ以上かも?)がこの緑が丘の卒業生でもあるためか、トラブルらしいことは、これまでほとんど起こらなかったという。OB・OGでもある父母たちが、ボランティアで学校周辺で交通整理をしていることも理由なのかもしれない。

 小さい頃から俺や雄太ゆうた美香子みかこは、それぞれの親たちと一緒に文化祭に連れてこられて、模擬店でジュースなどを買ってもらったという記憶がある。とにかく、派手というか華やかというか、幼な心にも「緑が丘高校の文化祭は楽しい」という印象が残るものだった。

 中学での県立高校進学組のクラスメイトからも、「文化祭には遊びに行く」という約束をさせられているので、まぁ、そこはもてなしてやりたいという気持ちもあったりする。


 そして、体育館での行事が終わると、教室に戻って担任から明日以降の日程の説明を受けたのだった。俺と美香子みかこは3組、雄太ゆうたは4組という振り分けで、文系が多いクラスに割り当てられたのはある程度想定はしていたが、3組と4組には中学3年間で同じクラスになった奴も多いので、クラス内で極端に孤立するということは無いと思う。

 3組の担任教師、日高洋子ひだかようこ先生は20代後半の現代文の教師なのだが、ストレートのセミロングの髪にその童顔っぽい顔、優しい響きの中にも意思みたいなものが感じられる声は、同じクラスとなった女子たちから「凜として綺麗」と言われていたりした。

 4組は(後で雄太ゆうたやうちの姉貴に聞いたのだけど)歴史のベテラン教師、西尾真琴にしおまこと先生で、姉貴も教わったことがあるという。個性的な口調での授業は、何度聞いても飽きることはないらしい。年齢は40代半ばで、学年主任も兼ねているとか。ウワサでは『仏の西尾にしお』とも呼ばれているとかどうとか。

 で、東西に長い校舎は、南から職員室や一般教室がある教室棟、音楽室や理科室などの特別教室がある特別棟、そして、今居る文化部棟となるのだけど、全ての階で結ばれているわけでは無く、2階もしくは3階でしかつながっていないので、1年生の教室が最上階の4階にあることを思えば、特別棟などに移動するのにイチイチ階段を上り下りしなければならないという、それだけが面倒だなぁというのが素直な気持ちだったりもする。

 あと、校内にある食堂や購買部の利用方法、靴を履き替える昇降口、その真上にある図書室での入室カードの作成など、細々こまごまとした配布物とかを受け取ったりして、大半のクラスメイトは高校初日の日程終了となったのだが、『部活への入部が決まっている生徒は、指定場所に行くように』との案内に従い、昼食に近い時間なのだが、こうして部室に来ていたりする。


「しかし真人まさと、あと1人居るんだろ、新入部員」

「そうだよな、こうして準備されているということは」

 一通り部室の中を見て回ってから、俺たち3人、それぞれが指定された机の席に座って時間まで待つことにした。


 目の前の席に座る上野雄太うえのゆうた、うちと雄太ゆうたの父親同士、母親同士が緑が丘このがっこう出身の同級生で、幼い頃から兄弟みたいな双子みたいな感じでつき合ってきた。

 髪の毛は母親に似たのか少し柔らかな感じで、一見温和な感じであるが、その穏やかな表情からは想像出来ない、小学校の時から記憶力の持ち主。

 四文字熟語の『頭脳明晰』ずのうめいせきという言葉が当てはまるその知識と判断、行動力に、俺はいつも助けられているような気がしてならない。

そのことを雄太ゆうたに言うと、いつも「俺の方こそ、助けられている」と返事をよこすのだが、まぁ、それはいいだろう。


 斜め前に座る内田美香子うちだみかこ、中学までは校則でポニーテール姿だったが、高校生になったということで、ストレートに髪を下ろしている。

身長は高くないのだが、そのアクティブな行動力というか、本人も「元気が取り柄」という感じで、何かと目立つ存在だと思う。

 美香子みかこの両親も緑が丘ここ出身で、学年が親父さんがうちの両親の1つか2つ上、お袋さんが1つ下だったと思う。部活か何かで俺や雄太ゆうたの両親とは、繋がりがあったらしい。

 女子の間の評価は分からないが、俺たちと居ない時は、仲の良い女子と何やら話で盛り上がっている、そんな美香子みかこの姿は中学の教室で見たような記憶がある。


 そして俺、大谷真人おおたにまさと。俺自身は気にしていないが、雄太ゆうた美香子みかこに言わせれば、俺も『変わり者』の1人らしいが、どうなのか自分では分からん。

 身長は、雄太ゆうたと同じぐらいの1メートル75センチ、体重も60キロ台半ばをキープ中。

 個人的には好きではないが、少し硬めの髪の毛は、カットしてもらう時に、「髪の毛、綺麗ですね」とスタイリストのお姉さんに言われる(社交辞令なのだろうが)。

得意科目と苦手科目がハッキリとしているというか、現代文、社会科全般、美術は良い方だが、数学と理科が壊滅的に悪い。雄太ゆうた美香子みかこに教えてもらうことで、どうにかこうにか苦手な理数系は平均点を維持出来るレベルだ。


 そんな俺たち3人が、どうして文化系の部活に入ったのか?それを話すと長くなるが、簡単に言えば、俺たち3人共に小説やアニメ、マンガが好きで、小説というかマンガというか、それっぽいものを小学校高学年の頃から描いていたというところか。

 たまたま、中学2年の夏と冬に作った『薄い本』と言われている同人誌、これがそこそこ良い評判だったらしく、また、親たちも同人活動をしていたということもあり、親たちの勧めもあってこの部活に入ることにしたのだった。


 さて、座っている目の前にある机を見ると、右上にそれぞれの名前が書かれたシールが貼られている。そして、ノートパソコンと最新号らしい文集、そして、色々な印刷物が入った、そこそこ分厚いクリアファイルが置かれている。


 部室の入り口、後ろ側の教室の扉の前に来た俺たち3人、そこに貼ってある


『新入部員へ 用事済ませてから行くから、部屋の中で待っていて。席は指定してあるから、そこに座るように。 部長 高崎千夏たかさきちなつ


いかにも「書き殴った」という勢いがある、しかし、書いたのは男じゃないと明らかに分かる感じの文字が、部長氏のメッセージを伝えていた。それで、その指示に従って、指定された席に座っている……というところだ。


 そして用意された新入部員の机は4セット、ということは、俺たち以外にあと1人居ることになる。

「えっと……小野杏美おのあずみさん?」

 その隣の席が空いていた美香子みかこが、机に貼られているシール、そこに書かれている名前を読み上げる。

雄太ゆうた小野杏美おのあずみって名前に記憶があるか」

「いや、記憶にはないなぁ。小学校、中学校とほぼ同じ面子めんつで、しかも9年間も一緒だった奴らの名前は、間違えようもないから」

 雄太ゆうたが「記憶に無い」というのだから、俺たち3人の周囲には居なかったということなのだろう。

「というか真人まさと、お前が人の名前を覚えるのが苦手すぎるだけだよ」

「そうよね。歴史とか人名とか、興味がある分野しか、真人まさとくんは覚えないよね」

 雄太ゆうた美香子みかこにこういわれても、事実その通りなのだから、俺が2人に反論する余地など全くないのだが。


 ガラガラッ。


 タイミング良く俺たちの話し声をさえぎるように、部室の扉が開く音が鳴り響く。


『創作活動研究会』そうさくかつどうけんきゅうかいの部室、ここで良かったでしょうか……」

 話を止め、声のする方向に顔を向ける俺たち。


 身長は160センチは無いと思う、美香子みかこよりちょっと高いぐらい。可愛いというか美人というか、美香子みかこそうだが、どちらかといえば童顔系な可愛さなのだけど、目の前に立っている小野杏美このこは、それだけではない何かを俺は感じていた。

 セミロングというのか、肩の辺りまで伸ばしている髪の毛に、自然な感じで分かれている前髪、普通に男子の中で女子の人気投票をすれば、上位入賞間違いないというのは、後になって小野このこと同じクラスになった元同級生から聞いた話。

 それだけの美形なのに、見事に気配を消しているというか、自然と「その他大勢」になりきっているのも、どこか不思議に思えてならなかった。


「あ、ここに席があるから、座っていて……だって」

 同じ女子同士ということもあるのか、手をひらひらと動かして、美香子みかこが俺の前の席に来るように促している。

「まだ寒いから、ドアを閉めて部屋で暖まろうよ」

 社交性バツグンの雄太ゆうたも、目で席に来るように言っている。

 言われたまま部屋に入り、入り口の横開きドアを閉じると、小野は美香子みかこが手で示している俺の目の前の席に。

 俺はと言えば、2人の言葉に出遅れてしまい、「何か言わないと」という気持ちになるが、小野が座り終わるまで何も言えなかった。う~ん、第一印象は悪いだろうなぁ……そんなことをこの時は思ったのだっけ。

「あ、みんなも席が指定されているのですね」

 そう言いつつ、座るとすぐに机の上にあるモノを確認し始めている。俺たちの机の上にあるのと同じだけ、小野の手元にもあるようだ。その様子を見ていて、少しだけホッとする。

「あ、自己紹介まだだったから、今しておこうか」

 一段落した小野の様子を見て、ようやく俺も話すことが出来た。まずはクリアーということか。

 俺の声に反応してか、小野も俺たちの方に向き直る。


「あたしが、内田美香子うちだみかこ。あたしの前が上野雄太うえのゆうた。で、小野さんの前が大谷真人おおたにまさと。皆、9年間同じ学校だったから、お互いに名前で呼び合っている」

 昔から物怖じしない美香子みかこが、手短に俺たちを紹介する。それを受けて、今度は雄太ゆうたが話す。

「俺は4組、真人まさと美香子みかこが3組だ。俺たちの親も緑が丘ここ出身で、かつ、家族ぐるみでつき合っている兄弟姉妹みたいなもんだ」

「俺たちは、3人共このリバーハイツに住んでいるけど」

 付け加えるように、俺も言葉を挟む。いかんいかん、どうもこの手の自己紹介というのは苦手だ。そんな俺たちの発言が止まったのを見て、小野も話し始めた。

「わたしは小野杏美おのあずみ、1年2組です。緑が丘には戻ってきたばかりです」

「3組・4組は文系の子が多いと聞きました。1組とか2組は、理系の子が多いクラスみたいです」

 ということは、2組は(そして、体育の授業でペアになる1組は)俺たちとは逆に、理系の子メインで集まったクラスなのか。8組と9組が明らかに理系クラス、文系クラスになっているので、5組から7組はどうなっているのだろう?そんなことをふと考えてしまう。

「あだ名は、声優さんに同じ名前の人がいるのか、『あずみん』って呼ばれることが多いです」

 少し照れたような、恥ずかしがるような表情をする。

「だったら、これからは杏美あずみんと呼ぶね。あたしは美香子みかこでいいし、この2人も雄太ゆうた真人まさとでいいよ」

「俺はいいし、真人まさともいいよな」

 俺が少し考え事をしているのが分かったのか、俺の肩をポンッ!と叩きながら雄太ゆうたが話しかけてくる。

「いいよ。これから3年間よろしく」

 目の前にいる杏美あずみんに頭を下げてお辞儀をする。

真人まさと、何か緊張している?」

「そんなことないわい」

 美香子みかこの軽口にとっさに言葉を返す俺だったのだが、なんだろう、何かひっかかるものを感じている。

 初対面のハズなのに、どこかで杏美あずみんと会ったことがあるというか、それも「ただ会ったことがある」だけではないような……そのような感覚というか感触というか、言葉には出来ないモヤモヤしたものを感じていたのだけど、美香子みかこに再び突っ込まれるのも嫌なので、机の上にあるペーパーを確認することにした。


 4人それぞれに渡されたモノは、まずは部活用のノートパソコン、電源を入れて表示された画面を見てみる。そこには画像処理やら何やら、クリエイティブ系ソフトが入っていたり、それに耐えることが出来るだけのメモリも積み込んである。

 次いで、何枚かのペーパーを確認すると、生徒用のネット接続のIDやパスワードなのだけど、部活専用のID(このIDで部活用のパソコンを使うように指示されている)とかあったり、データ保管用に学内のサーバーに接続し、そこに部活用パソコンで作ったデータを保管する、その手順とか細々と書かれていて、「公立では、こうはいかないだろうなぁ」という感じ(その分、親の払う授業料も高額なのだろう)。

 あと、部活の年間予定とか学期ごとの予定、制作する物のおおまかな方針から、部活の歴史を簡単にまとめた冊子、そして、学校のノベルティーらしきボールペンやメモ用紙まである。

 これだけあると、それなりの分量になるのも当然ということで、俺が読み始めたのと同時に、他の3人もこれらのものに目を通し始めたのか、しばらくは無言の時間が続いていたのだけれど。


「おお、感心感心。みんな、真面目に読んでいるね」

 いつの間に部屋に入ってきたのだろう、上級生を示す色のリボンを結んだ、小柄で大きな丸眼鏡を描けた女の子がそこにいた。

 ツインテールにした腰の近くまである長い髪の毛、小柄なのだけど制服からも凹凸が感じられて、かつ、美香子みかこ杏美あずみんとは違う可愛らしさが伝わってくる。

 そう言いながら、近くにあったイスを持ってきて、俺たち4人の近くで背もたれを抱え込むように座る姿も、上級生なのだけど、どこか小動物的な愛らしさも感じさせてくれる。


「ああ、いいのいいの、座ったままで」

 挨拶をしようと立ち上がろうとした俺たち4人に、手のひらで座るように示しながら話し始める。

「わたしは、『創作活動研究会』そうさくかつどうけんきゅうかい部長の高崎千夏たかさきちなつ。見ての通り3年生、3組にいるわ、よろしくね」

「「「「よろしくお願いします」」」」

 座りながらも、俺たち4人、部長氏に頭を下げる。

「いいなぁ……初々しくて」

 どこか俺たちの反応を楽しんでいるようにも思える部長氏、でも、その視線は、まるで俺たちを値踏ねぶみするかのようにも思えた。

「今日は、2年と3年は部室こっちには来ないから。完全に1年生あんたたちへのオリエンテーションだけの予定だから……っと」


 そういうと、俺たち4人が座っているのを確認するかのように、「ふ~ん」とか言いながら顔を動かした後、

「あ、写真撮るから、こっち見てね」

と、制服のブレザー、その上着のポケットから携帯電話ケータイを取り出し、パシャパシャと2・3枚撮った後、何か手を動かしていた。最後に、ピロリンという電子音が鳴ると、「よし」と満足そうに頷く部長氏。


「今、部活用のページにみんなの写真をアップしたから。これでこっちは大丈夫っとっと……まずは1つ片付いた」

 なんでも、よくある学校掲示板みたいな感じで部活ごとに専用のSNSのページがあって、今朝までにこの座席表がアップされているとか。で、俺たちの名前と顔が、今日来ていない先輩たちにも分かるように、そこに写真を貼り付けたとか。

「で、4人の呼び方、最初は名前で呼ぶけど、そのうちあだ名になると思うので、気になるのなら先に言ってね」

 とのこと。そういえば、うちの姉貴も一応は『創作活動研究会』そうさくかつどうけんきゅうかいのOGなので、昨日だったか、そんなことを言っていたっけ。

「先輩は、何とお呼びすればよいのですか?『部長』ぶちょうでいいですか?」

「う~ん、同学年からは『ちーちゃん』と呼ばれているし、2年からは『ちーさま』とか『ちーさま部長』とかかなぁ。わたしは『ちーちゃん』の方が好きかも」

「じゃあ、『ちーさま部長』でいいですか」

 美香子みかこの問いかけに、少し髪の毛をカキカキしながら答える部長氏。

「『部長』は取って欲しいかなぁ、なんか柄じゃないから。恥ずかしいし」

「じゃあ『ちーさま』で」

 俺はそこまで気にしないが、この手のことは女の子の方が気にするのだろうか?そんなことを思いながら聴いていたけど、ま、コミュニケーションが円滑になるなら断る理由もない。多分、雄太ゆうたも同じように思っているだろう。


 そして、持ってきたカバンの中からペットボトル(暖かいレモン果汁飲料だった)を取り出すと、1人ずつ「どうぞ」と言いながら部長ちーさまが手渡していく。で、最後、残った1本を自分の手で挟むように持ちながら、さっきと同じような格好でイスに座ると、

「じゃあ、ちょっと長くなるけど、部活のこと説明するね」

部長ちーさまが言ったので、俺たちは手元にペーパー類とボールペンを準備する。

「あ、喉とか渇いていると思うので、飲みながらでイイよ」

と言い、俺たちが準備し終わったのを見ると、説明を始めたのだった。




「これで、取りあえずは大丈夫かな」

 帰宅して母親も姉貴もいなかったので、冷蔵庫にあった冷凍食品の肉まん2つ、昼ご飯代わりに頂戴する。まぁ、部屋には買い置きのポテトチップスがあるし、それなりに腹が膨れたので良いのだが。

 部長ちーさまによる説明が終わった後、午後イチという時間前だったので、どこかで何か食べて帰っても良かったのだが、雄太ゆうた美香子みかこも、明日の準備とか進学塾への手続きとかがあるとかで、そのまま2人とは下駄箱のある昇降口で別れたし(今日と明日は、学校の食堂が休みというのもあるのだろう)、杏美あずみんも、「今日、家に届く荷物がある」とのことで、俺たち3人より一足先に帰ったのだった。

 で、帰宅して、自分の部屋で肉まんを食べながら、取り急ぎ自分の部屋にあるパソコンにも、学校関係、部活関係でのネットの設定を終わらせたところだ。

 接続確認のため、部活用のSNSを見てみると、確かに俺たちの写真と座席表がアップされている。

 そういえば、こういう記念日に写真を撮ること、中学に入ってからは少なくなったなぁ……とか思う。写真とか撮っても、印画紙に現像することもほとんどない。

 しかし、モニターの中に見える今日の4人の姿は、手元に残しておきたいと、見ているとそんな気持ちにもなってくる。

 ネット通販で写真立てを買ってきて、4人の写真を印刷して飾っておくのも、進学の記念になるのかもしれない。

 なぜかは分からないけど、そんな気持ちになっている自分がいたりする。


「それにしても」

 と、午前中に聞いた部活の説明について思い返してみる。

 学校から配布される紙の資料は、部活での連絡事項みたいなものであっても、印刷して配る前に顧問の許可だそうな。それは理解出来るし、不用意な内容が学校外に漏れるのを防ぎたいという、その先生たちの(というか学校側の)気持ちも理解出来るので、そのこと自体には異論は無い。

 が、しかし、「口頭でしか、説明出来ないから」と部長ちーさまに言われて書き込んだものが結構あるので、当分の間は、この書き込みを見ながら行動することになるのだろう。

「そういえば、姉貴も、時々家にいなかったりしたことあったよな」

 意識はしていなかったけど、高校時代の姉貴が、部活の用事か何かで夕方以降とか家にいないこともあったことを思い出す。他の家ならともかく、少なくともうちが放任主義なだけかもしれないが、そのことで姉貴が叱られたという記憶も無い。

 俺と入れ違いに卒業した姉貴に、春休みのうちに緑が丘がっこうのこと、部活のことを聞いておけば良かったのかもしれない。が、今日の部長ちーさまの口ぶりから思うと、「教えて」と尋ねてもすんなり教えてくれるような内容でも無いのだろう。

「……なすがままに任せよ、か」

 ビートルズの曲名ではないけれど、こればかりは、今あれこれ考えても仕方が無い。その時が来れば、自然と分かってくるのだろうし。


 設定も終わったので、部活用パソコンの電源を落として、頑丈そうな取っ手のついた金属製ケースに戻すことにする。軽量金属(ジュラルミン?)なのかもしれないけれど、頑丈だけど軽いというのは「ちょっといいなぁ」と思う。

「そういえば、ちゃんと見ていなかったな」

 設定が終わった自分のパソコン、その画面にあるリンク先をクリックして、部活の活動履歴のページを開いてみる。

 学内なら文化祭とか行事での写真やら、学校外で参加したイベントでの動画、その中には、作品名は思い出せないが爆裂魔法を唱える魔法少女、その衣装を着ている姉貴(さすがに、モデルとなった女の子より胸は姉貴の方があると思う)と、姉貴の周囲でカメラを構えたお兄さん方が囲んでいる動画モノもあって、その光景は弟としては反応に困ったのだが、そういうのもあったので、「コスプレなら、美香子みかこならノッて着てくれそうだけどなぁ」みたいなことを思いながら見ていた。

 ま、外から見る分には、普通の部活動というか、アニメやマンガ好きなヲタク高校生グループなのだろうし、普段もそういう感じで活動をしているのだろう。

杏美あずみんも、コスプレとかするのだろうか?)

 目立ってはいないけど、かわいい系の美人なのは間違いないだろうし、そんな女の子がコスプレをしていたなら、イベントに来ているカメラマンも、少なくともほったらかしにはしないだろう。


 で、ここで俺は、ふと気づく。


 どうして今、俺は杏美あずみんのことを考えた?

 今日が初対面なハズなのに、今朝、部室に入ってくる姿を見て既視感デジャブを感じたのはなぜだろう。

 緑が丘こっちに戻ってきたと言っていたので、何年か前までは俺たちと同じこの街で暮らしていたのだろう。でも、いくら人の名前を覚えるのが苦手な俺でも、顔を覚えるぐらい一緒にいた時期があるのなら、さすがに何か覚えているだろうし、それ以前に、雄太ゆうた美香子みかこが気づいてもおかしくはないとは思う。

 しかし、今朝の様子からしても、あの2人にも記憶がなかったのだから、俺たち3人共に忘れているか、もしくは、どこかで一瞬だけ一緒だったのかということになるのだろう。

 小説やマンガでありがちな展開、「一目惚ひとめぼれ」でもないと思う。恋愛ごとに疎い俺でも、同じクラスや学年の奴ら、その恋愛事情とか見てきていると、その手の感情も分かるが、今回の場合は、そいつとは違うような気がする。

 それに、もし俺が誰か女の子のことが気になったのなら、少なくとも雄太ゆうた美香子みかこが黙ってはいないだろう。

 釈然としない気持ちにもなるけど、いくら考えても思い出せないというのなら、今は考えない方が良いのだろう。そのうち、何かのキッカケで思い出すかもしれない。

 そうこうしているうちに、

「ただいまぁ」

真人まさと、帰ってる?ただいま」

 母さんと姉貴の声が玄関から聞こえる。


 緑が丘がっこうの東隣り、生活道路を挟んで自分たちが住むマンション群が建っている。10階建てのものが3棟(各棟ごとにエレベーター2機)と4階建てのが1棟。リバーハイツのマンションといえば、最近までここにしかなかったので、市の中心部にある私鉄駅からでも、タクシーに乗る時に「リバーハイツのマンション」と言えば、ここまで走ってくれるほど定着している。

 部屋の大きさは、俺たちの家がある4階建てタイプのモノが一番広いとのこと。玄関を入ると、左右両方に洋間がある(俺と姉貴の部屋になっている)のが特徴だとか。


「な~んだ、もう着替えているのか」

 姉貴が部屋の扉を開けて、俺の顔を見る。どうやら、俺の制服姿を見たかったらしいのだけど、帰ってきてすぐに着替えているので、制服やネクタイは壁のハンガーに掛けてある。

「ちーちゃんが部長だっけ、ちゃんと説明とか聞いてきた?」

「聞いてきたよ。しっかりしている人だと思う」

「そりゃそうよ、あの学年で一番しっかり者だもの」

 姉貴は満足そうに笑うと、手に持っていたビニール製の袋を俺に手渡す。

「ほい、プレゼント。あんた、カバンとか興味なさげだから買ってきたよ」

 巾着袋を大きくしたような袋を受け取ると、紐を緩めて中のモノを確認する。

「ん」

 大きめの黒色のリュックサックが入っていたので、取り出してみる。大きさの割に軽く出来ていて、左右両サイドにペットボトルを入れる編み目のポケットもある。 

「ありがとう、姉貴」

「どういたしまして」

 確かに、中学まで使っていたリュックサックも、年季が入っているというか、あちこちほころびていたので、新しいのを買う方が良いのか迷っていたんだけど。

「これは、姉貴が選んだの?」

「そ」

 姉貴は軽く頷く。

「あんた、靴とか小物とか、興味が無いものは本当に気にしないから。この大きさなら、教科書とか部活関係の用紙とか、重たくなるけど入るかと思って」

 よく見ると、姉貴が使っていたリュックものの色違い(姉貴のは茶系な色)だと分かる。違うのは、多分、定期入れにもなるパスケースが少し大きくなったか?という部分かもしれない。

真人まさと、あんたお腹空いているでしょう。これも食べなさい」

 台所から母さんの声がする。

「何を買ってきたの?」

「あんたが一度食べたがっていた、白い容器の大盛り焼きそば」

 母さんの代わりに姉貴が答える。

「お~っ、やったね」

「あたしも少しもらうね」

「ダメだ」

「ケチ」

 姉貴が扉近くから離れると、俺も続いて台所に向かうのだった。


「で、真人まさと、塾とかはどうするの」

 台所のテーブル、その前に座ってインスタント焼きそばを食べていると、正面に座ってお茶を飲んでいた母さんが聞いてくる。

雄太ゆうたくんたちは、市役所駅の予備校とか行くの?」

「多分そうじゃないのかな、聞いてないけど。それか、隣りの市の駅前とか」

 最寄り駅から電車に乗って10分、そこが俺たちの住む市の中心部、市役所駅があるのだけど、再開発されてからは、百貨店とかショッピングモールとかも出来て、府県境の川を越えた向こうにある隣りの市よりも栄えていると、いつだったか、母さんが言っていたっけ。

 進学塾というか予備校とかも、大学入試、高校入試を問わず、大手から中堅どころまでがいくつか、市役所駅周囲のビルに入っていて、夕方から夜にかけては、塾や予備校に通う生徒で駅周辺は混雑しているとか。

「で、あんたはどうするの」

「姉貴と同じ、ネットの進学塾でいい。通学時間とか電車代とか勿体ないし。だいたい、行き帰りの往復時間があるのなら、その分休みたい」

 隣りに座った姉貴が「やっぱりね」みたいな表情をする。

 最寄り駅まで、このマンションからでも徒歩で15分、行きは下り坂なのでもう少し早く行けるのだけど、帰りは、斜面の角度が30度となる道を登ってくることになるので、地味に気力とか体力とかを削ってくれたりする。また、疲れていたりすると、駅から家まで20分以上かかることもある。

「でも、あたしもそうだったから、それでいいんじゃない」

「通信講座は続けるつもりだし。って、これは父さん、母さんにお願いしないといけないけど」

 話しながら食べるのもみっともないので、手を止めて母さんや姉貴の方を見る。

「お父さんも塾とか嫌いだったから、そこは血筋なんだろうね。まぁいいわ、参考書とか雅美まさみが使っていたもので、真人まさとが気に入るものとかあればもらいなさい。足らない分は買うから」

 母さんが、少しだけ懐かしそうな表情をする。父さん、母さんじぶんたちの高校時代のこととか、思い出しているのだろうか。

「でも真人まさと、あんた文系だったら、もう少し英語をなんとかしなさい」

「そうね、神山かみやま先生にも言われていたよね」

 神山かみやま先生というのは、中学3年の時の担任で、中3の英語の授業を担当していた先生だ(姉貴も教わっていたらしい)。その先生に、進路相談だったか三者面談だったかの時、

「中学では成績上位だったけど、高校では中ぐらいの順位になるので、しっかり勉強しなさい。文系志望なら特に英語とか」

と、先生直々じきじきのダメ出しを喰らっているので、少しはやらないと……とは思っているのだが。

 と答えている間に、姉貴は一口分焼きそばをすくい上げて口に運んでいる。

「……美味しいのは美味しいけれど、あたしはいつもの丸い容器やつが好きかも」

 こちらの地方では、インスタント焼きそばと言えば、円形の容器に入ったモノが定番となっていて、首都圏ではメジャーらしい白くて長方形の容器のものは、最近になって、このリバーハイツにあるスーパーにも並ぶようになったのだった。

「じゃあ、焼きそばはこれまで通りでいいの?真人まさとはどうなの」

 その言葉で、俺と姉貴は身体を母さんに向ける。

「ソースの味はこっちが好みだけど、買ってきてくれるのなら文句は言わない」

「あんたらしいわ」

 大げさに呆れたという表情で返事をする姉貴。その姿を優しそうに母さんが見つめている。でも、まぁ、こういう姉弟の会話も悪くはないと思ったりする。



「それにしても疲れたぁ」

 夜、風呂も済ませて、スウェット姿でベッドに横になり身体を伸ばす。


 焼きそばを食べた後、姉貴の部屋に入って参考書や問題集を見せてもらい、姉貴のオススメのものとかを自分の部屋に持ってきたり、気に入ったけど色々と書き込みがあって使えそうにないものは、姉貴がネット通販で申し込んだりしていた(参考書のたぐいまで揃っているネット通販、恐るべし)。

 夕方になると、母さんの運転する車に乗り、前もって予約していた携帯ショップに行き、姉貴と俺の携帯電話ケータイの機種交換をしたのだった。

 今まで持っていた携帯からのデータ移行も、トラブルなく終わったのだけど、なんだかんだと手続きがあって、2時間ぐらいの間、ショップにいたような気がする。

 機種交換が終わって帰宅する頃、時間も午後7時を回っていて、ちょうど父さんも最寄り駅に着くということだったので、家族4人での晩ご飯は外食となった(駅近くにある、揚げ物が美味しい定食屋だ)。姉貴と俺の入学祝いということらしい。

「今度は、真人まさと順番ばんだな。しっかり頑張れ」

「善処します」

 父さんの何気ない励ましだけど、それが逆に心地良かったりする。

 が、今日は、どちらかといえば姉貴メインのお祝いみたいな感じで、デザートにチョコパフェを注文していた姉貴を見ていると、そういうところは「変わっていない」と思ったりもする。

 自分が運転しないということで、父さんがビールを飲んでいて「ほどほどにしなさいね」と母さんに言われているのも新鮮というのか、「学生時代も、こんな感じの2人だったのかな」と思う。隣りに座る姉貴が、早速新しい携帯電話ケータイで両親の姿を写真を撮っていた。


「印刷出来たよ」

 考え事をしていたら、姉貴が分厚くなっているクリアファイルを2つ、手に持って部屋に入ってくる。

 携帯ショップに出かける前、部活でもらった紙、その書き込み部分を確認するために、姉貴が持ってる複合プリンターでコピーするように頼んだのだ。

「どっちがオリジナル?」

「こっちの赤い方」

 2つのクリアファイルを受け取ると、青色のファイルは勉強机の上に置いて、赤色のファイルを金属製ケースにしまうことにする。

 ベッドから起き上がると、床に置いてあるケースをベットの上に持ち上げる。

「へ~っ、あんたがそれ、使っているんだ」

「このケースのことか?姉貴」

「そう、B03って書いてあるでしょ」

 姉貴が指さすケースの底面を見ると、そこには確かに『B03』の文字があった。

里沙りさのケースかぁ。大事に使いなよ」

 里沙りさっていうのは、姉貴の同い年で幼い頃からの友だち、そして小中高と一緒だった女の子だ。しかも、大学も姉貴共々同じ学校の同じ学部に進むとか。

 一見すると『清楚せいそ』という感じなのだけど、実はアニメやテレビゲーム大好きという子(腐女子ふじょしではないと思う)だったりする。無論、俺や雄太ゆうた美香子みかことも面識はあるし、小中学校の頃だったか、何度か一緒にプールとか遊園地とか行ったこともある。

「そういえば、姉貴。明日の入学式は、里沙りささんと一緒に行くの」

「現地集合。里沙あのこ、学校近くでワンルーム探しているみたいだし」

 ケースにファイルが上手く納められない俺を見て、姉貴が緩衝材のスポンジとか調節しながら手伝ってくれている。で、どうにかケースの内側、書類ポケットの部分にファイルを入れ終わることが出来た。

 それを見て「じゃ、部屋に帰るね」と出て行こうとする姉貴に声をかける。


「なぁ、姉貴、ちょっといい」

「何?部活のことなら、言えることと言えないことがあるけど」

 予想していたとはいえ、やっぱりか。

「いや、部活のことも知りたいのはそうなのだけど」

 と返事をして一瞬迷ったけど、聞いてみることにした。

「姉貴、『小野杏美おのあずみ』って名前に聞き覚えとかない?」

 机の上にあったメモ帳に、杏美あずみんの名前を書く。

 その名前が書かれたメモを見て、少し考えている姉貴だったが、

「う~ん、すぐには思い出せないなぁ。女の子の名前だよね、どうかしたの」

「いや、実はさぁ」

 と、今朝、部室に来たときに、杏美あずみんとどこかで会っていたような、既視感デジャブみたいな感覚になったことを話した。

「……あんたがねぇ。その子の写真とかは無いの」

 言われたので、机の上にある液晶モニターに、部活のSNSに上がっている写真を出す。

「こっちの女の子ね」

 しばらく見つめていたけれど、姉貴は「う~ん」とか言ったまま黙っている。

「ダメだぁ、分からないなぁ」

「そっか、姉貴ごめん」

 申し訳なさそうな顔をした姉貴は、くしゃっと髪の毛を触っていく。

「姉貴、いろいろありがとう。バッグとか嬉しかった」

「そう?明日から頑張りなさい」

 部屋を出ていく姉貴に、改めて頭を下げる。

「あ、一つだけ言っておくわ」

 ドアから出ようとして、振り返って俺を見つめる姉貴。

「部活のことは詳しくは言えないけど」

 一呼吸入れて、姉貴は言葉を選びながらという感じで口を開く。

「あんたがそういう感覚を持ったとするなら、あんたと小野おのさんだっけ?2人が何かのヒントというか鍵というか、そういう立場になるかもってこと。あたしの時は里沙りさとかだったけど」

 そういうと「おやすみ」と手を振りながら自分の部屋に戻っていく。

「おやすみ」

 姉貴の背中に向けて、俺も返事をする。

 

 そして、再びベッドに仰向けに寝転がる。

 多分、姉貴が言える範囲のこと、それが俺と杏美あずみんが、何かの出来事とかがあった時に、少なくとも俺は、そして、もしかしたら杏美あずみんもだけど、何か解決というか答えを出すためのキッカケなるということか。

 そんなことを考えながら、「寝るか」と思い布団の中に潜り込む。まだ真夜中前だけど、疲れていたためか、そのまま眠ってしまった。


 姉貴の言葉、それを後になって経験することになるとは、まだこの時には何ら想像すら出来なかった。



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