注文した美少女アンドロイドがおっさんだった
藤堂 ゆきお
第1話 こんなはずじゃなかった
4月下旬、僕は思い切ったことをした。
「と、届いた……」
身長よりも大きく重厚な黒の箱を前に、僕はわなわなと震えた。
「これが、美少女アンドロイド!」
6畳のアパートの部屋の中、一人で叫んだ。
そう、この春、僕は念願のアンドロイドを購入した。
ただのアンドロイドではない。自分好みにカスタムが出来る、再新鋭の美少女アンドロイドだ。もちろん値段は相応の額だった。だが、僕はこれまでの自分へのご褒美と、誕生日が近いということもあって、この美少女アンドロイドを購入する決断をした。この買い物で一生ローンを背負う事になったが、後悔はしていない。
「早速開けてみるか」
初恋のようなどきどき感に、僕の顔は自然とにやけていた。
「しかし、どうやって開けるんだ?」
平凡な部屋の中で、唯一不可思議な異物感を醸し出している箱の側面を覗いた。すると、赤い突起物の上にPUSHと表記がされてあった。僕はそのボタンを押す。
空気が勢いよく噴き出す音がして、箱の扉は横に自動で開いていった。僕は急いで正面に移動して行儀よく立ちながら、僅かに緊張をしつつ期待の美少女アンドロイドの顔を拝もうとした。
「やばい、最初の挨拶考えてなかった。あ、でもすぐ起動するのか?これ」
慣れない出来事に一人でわたわたとしていると、ついに扉がすべて開ききって中からは美少女アンドロイドが……。と思いきや、僕の想像とは遥かに違う別のものが、そこには居た。
「は!?え!?は!?」
僕は思わず二度見をした。何だこれ。何かの間違いだろう。そこに立っていたのは美少女アンドロイドではなく、おっさんだった。しかも、裸の。
「ちょっと待ってくれ。何で裸のおっさんがここに居るんだ?」
僕はその場で忙しなく歩き回った。しかし何度確認しても事実は変わらない。相変わらず裸のおっさんがそこにいる。しかも中年太りで腹が出ているし、胸毛から腹部のギャランドゥまで再現されている。嬉しくないリアリティだ。
「そ、そうだ。店に連絡して返品してもらおう。ありえない、これは絶対にありえない」
僕は何とか冷静さを保とうとしながら、アンドロイドを購入した先に電話をかけた。
ぷるるるる。
コール音だけが繰り返され、次第に僕は苛立ちはじめ貧乏ゆすりをした。
長いコール音の末、ようやく通話が繋がる音がして、僕は「あ、もしもし」と言った。だが言い終わる前に「こちらの番号は現在使われておりません」と丁寧な声が流れてくる。
僕は騙された事を理解した。
「あー!もうこのおっさんと過ごす事になるのか!?」
動揺と怒りと悲しみで訳が分からなくなり、わしゃわしゃと自分の頭を掻き乱した。
すると、おっさんの体から起動音が鳴って、僕はびくっとしながらおっさんの方を向いた。さっきとは別のどきどき感でいっぱいで、おっさんから目が離せない。おっさんは瞼をゆっくり開いていく。人間と同じような黒い目が現れた。
そして、おっさんは自分で箱からその身を乗り出しはじめた。
「あぁ、よっこらせ。腰が痛くてしゃぁねぇ」
箱から出るや否や、おっさんは自分の腰を叩いた。仕草から声から何まで50過ぎのおっさんだ。
「で、アンタが俺のマスターか」
と、おっさんは舐めまわすように僕の頭からつま先まで、ジロジロと眺めた。
「何か冴えない若僧だねぇ。今の若い男って鍛えないからね」
嫌味ったらしい言い方に、僕はイラッとした。そういうお前はどうなんだ。腹がすごい出てるじゃないか。言いかけた時、こいつがアンドロイドだったということに気づいた。
「それにしても無口だねぇ、お前」
「あ、あの……」
「ん?」
「僕、美少女アンドロイドを頼んだんです……けど」
「あー……」
おっさんは、暫し間を開けてから言った。
「多分ね、お前騙されたわ、それ」
腹を掻きながらおっさんは他人事のように、きっぱりと言い切った。
僕は思わず目を丸めた。
「もう返品出来ないんですか?」
「それ俺に言われてもねぇ、困るよね。第一、初めて目覚めたのに、主人に返品したいなんて言われる身にもなってよ」
「……ごめんなさい」
何でこんな奴に謝ってるんだろう。
「とりあえず、服着てくれませんか?」
狭い部屋の中に50歳程の裸のおっさんが居るのは、見るに堪えない。
「じゃあお前の服貸してよ」
「は?」
「俺、まだ目覚めたばっかだから、働いてないし、着る服もないんだよね」
やっぱりこいつ、返品する……!僕は既に疲れきって、もうどうでも良くなり、おっさんでも着られそうなサイズの服を、衣装ケースから引っ張ってきて、おっさんに渡した。
「はい。これ着てください」
「ん?」
「だから、これ着てください」
「俺、自分では着れないよ。アンドロイドだから」
何でそういう所は、都合よくアンドロイドなんだ。美少女アンドロイドだったら、嬉しかったのに。30過ぎた誕生日に、まさか自分よりも年上であろうおっさんの世話をする事になるとは思わなかった。僕は悲しくなりながら、グレイのスウェットをおっさんの頭から被せて着せてやった。そして次は下半身。僕はスウェットの下を履かせる時、嫌でもおっさんの股間が目に入ってきて吐き気がした。
「これでいいですか」
僕は半ば、きつい口調になっていた。
「まあ……、ちょっとダサいけど、仕方ないか。ありがとよ」
いちいち文句を言わなきゃ気が済まないのか。
「じゃあ、これからよろしくな」
そう言って、おっさんは僕のベッドの上で仰向けになった。
「は?ちょ、ちょっと!そこ僕の場所なんですけど」
慌てて駆け寄りながら言うと、おっさんは僕の方を向いた。
「疲れた。寝る。明日また起こしてくれ。おやすみ」
そう言って、おっさんは目を閉じた。
「いや、おやすみって!おい!このオヤジ!起きろ!」
怒りの声を浴びせても、おっさんは目を覚ますことは無かった。
返事の代わりに聞こえてきたのは、またもや人間のようにリアルな大きないびきだけだった。
僕はその破壊力のある音に耳を塞いで、隣の部屋のソファで寝る事にした。一晩中鳴り止まないいびきに、僕は苦しんだ。
こうして僕は、このおっさんとの共同生活を始めることとなる。
誰かこいつを早く引き取ってくれ。
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