しあわせの定義

HeavyCryer

プロローグ 霧生仁人の日記

4月4日

久しぶりに夢を見た。まっしろでなんにもないところに自分が立っていた。先にも後にも、何もない。自分自身ですらも、存在しているかどうかわからない気分になった。こんな風に僕は、何も残さないままで、残せないままで、消えていくのかと、珍しく後ろ向きなことを思ってしまった。だめだな、残された時間の中、せめて後悔はしたくなかったはずなんだが、もうすでに今まで、いっぱいしてきてしまった。


今日、彼女に手紙を書いた。正直何を書けばいいもんかわからなかった。6年前に彼女に思いを伝えたきり音信不通になってしまったのだから無理もないけれど。手紙を書いているときに、18歳のときにあったいろんなことを思い出して、何度も胸が痛くなった。彼女への申し訳なさも、自分の情けなさも、自分の心じゃ受けとめきれないほど感じていた。そんなことを思いながら、一日かけて、今の自分の状態と、彼女へのお願いを、なんとか字に書き起こすことができた。


それから、その手紙を澄良すみよしに渡した。彼は丁寧にそれをしまって、「しっかり渡してくるよ、安心しな」と、僕が大好きな、いつも通りのあの笑顔をうかべて言った。大丈夫だよ、澄良、心配なんかしてない。君は、僕の唯一無二の親友なんだから。


後になったら、このこともまた、後悔することになるのだろうか。また、後にも先にも、何もないままなんだろうか。それに対しての恐れはたくさんあるし、そのせいで何度も、手紙を書くのをやめようと思った。それでも、今この瞬間、正しいことと思えることは、貫き通したかったんだ。大丈夫、きっと正しいさ。まっしろでなんにもないところに、いま、ひとつの足跡をつけよう。

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