2017年10月23日

ーーー仲間とはぐれてしまったようだ。一先ず、この空間から出る為にエレベーターに乗り込む。それ以外に移動手段が無いと見たからだ。適当に階を指定する。動き出すエレベーター。扉が閉まり、動き出したところでここには逃げ道が無いことに気がついた。噴き出す汗は背中を流れ落ちた。

「……ねぇ」

突然、背後から聞こえた声。いやまさかそんな。ここに乗る時は自分1人だったろう。いや、焦って視野が狭くなっていたのかもしれない。心臓が締め付けられつつも動きを速めていくのがわかる。視線を感じるのも気のせいだと思いたい。エレベーターは動き続ける。私はそっと振り向いた。

私の後ろにいたのは女の子だった。彼女の壁際にぴったりくっついていた。人と会えたことが何よりの安心を生み出す。そうなると考えの浅い私は安心が生まれやすい気質なのかもしれない。彼女との間にそれ以上の会話は無かったと思える。エレベーターの稼働音がゆっくり続いていた。

エレベーターが止まる時というのは少しばかり衝撃が伴う。安い音と共に私は片足を半歩ずらすことになった。自分以外の誰かと出会い、それが普通の女の子という事実が足の力を弱めていたのだろう。油断は禁物だ。この先には何があるかわからない。もしかすると彼女を守らなければならないだろう。

扉が両脇に引いていく。ここが開く瞬間に気を緩めたら命が無いのは当然である。それは相手が先手を打ってきた場合の話だが。完全に視界が開ける。目の前に男がいた。武器を持った、ついでに見た目も盛ってる男だった。あぁ、なんてツイていない。かといって、もう一度扉を閉める気にもなれなかった。


【中略】

男は武器を振り回す。エレベーターの扉は固く閉ざされ、目の前はすぐ壁だ。ここから2回ほど曲がれば通路に出るが、男はこの狭い空間から私たちを出す気は無いのだろう。随分と非効率的そうな武器はどこかに刃先が埋まって止まる気配など微塵も見せなかった。


【中略】

せめて女の子だけでも逃せたら。しかし自分も助かりたい。この矛盾を抱えたまま行動したからこんな中途半端な結果になったのだ。私は転び、床で頭を打った。それを良い機会とばかりに振り下ろされようとする武器。照明のおかげで男の顔も武器も見えなかった。


…見えなかった?


何故見えなかったのか。答えは明確だ。女の子が私の上に覆いかぶさったからだ。照明を背に逆光で暗くなった彼女は、恐怖と安堵が混ざったよくわからない笑顔であった。男が武器を振り下ろす。私は彼女を押し退けることもせず、その刃が近づくのを目を見開いて、しっかり眺めていた。

ただ、刃が目の前を過ぎていく時はぎゅっとめを閉じていた。本能のせいだろうか。そう遠くない場所で実の詰まったモノが落下したような低い衝突音が聞こえた。私はそっと目を開ける。そして叫んだ。

さっきまで複雑な表情をしていた女の子の顔が無くなっていた、それだけでは無い。そこから落ち、私の顔を濡らす血が怖かった、それだけでは無い。ーーー女の子の首の断面はどこまでも果てしない暗闇で、魅入ってしまえば最期だと本能が警鐘を鳴らす。


暗闇が笑った気がした。


その直後、暗闇、正確には女の子の首から生えてきた。これは。何だ。何だろうか。

後から思い返せば、あれはいわゆる触手だったのでは無いだろうかと思う。そんなことを考えている余裕が私には無かった。

止めどなく生え伸びる“何か”に私の目の前は埋め尽くされ、頭部の無い女の子はゆらりと立ち上がった。

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