無力の魔女と箒の青《ブルーム・ブルー》

和泉 世音

第0話

『さぁ、大変長らくお待たせ致しました!』


 拡声スピーカーの魔法で増幅された、司会を務める女性の声が会場内に響き渡り、私の鼓膜を震わせた。

 ――えぇ、待たされましたとも。

 そんな私の気持ちなんて知ったことではないとばかりに、周りの観客たちは思い思いに歓声を上げる。

 もちろん私だって歓声を上げたいのは山々だけれども、試合が始まってもいない今からテンションを上げていたら、きっと最後まで保たないだろう。

 そんなことは許されない。いや、私が自分を許さないだけなのだけれど。

 最後までしっかり、の応援をしなければならない。それは、私の義務だ。

 歓声はしばらくの間続いていたが、このままではいつまで経っても先に進まないと、それまで騒めいていた観客たちはぴたりと口をつぐみ、熱気に包まれた会場内に静寂が訪れる。

 その熱量と静謐さの不釣り合いに、何とも言えない奇妙な感覚を覚える。

 何万人という人数が集まっているにもかかわらずこれだけ静かになるということは、消音ミュートの魔法でも使われたのかもしれない。


『皆様、私の声は届いておりますでしょうか?』


 司会の女性は、自分の声がしっかりと観客たち全員に届いているのかを確認する。

 指定した範囲に一定の音量で声を届ける魔法スピーカーを使っているのだから、確認するまでもないはずなのに。

 昂る気持ちを鎮めるように、そんなことを考える。

 少しでも余計なことを考えていなければ、この熱気にあてられてしまいそうだ。

 その証拠に、私の手はもうじっとりと汗ばんでいる。

 観客席から肯定の声が返ってくると、司会の女性は満足そうに頷いた。

 どうやら、消音ミュートはかかってなかったらしい。

 ――魔法もなしにあの静寂は、それはそれですごいことのような気もする。


『ついに、この時がやってまいりました!』


 司会の女性が一回発言する毎にしばらく間をあけるのは、観客たちを焦らす意図でもあるのだろうか。

 だとしたら、それは大いに功を奏していると言わざるを得ない。主に私に対して。

 盛り上げるためだと言われたらそうなのだろうけれど、できることなら早く進めて欲しい。

 でないと、いいかげん緊張と興奮でどうにかなってしまいそう。


『数多の強敵を打ち破り、勝ち残ってきたのはこの二人――』


 会場の中央に設置された円形の闘技場フィールドに、突如二つの人影が現れる。

 今まで見えないようにしていたのか、それとも控え室から転移させてきたのだろうか。

 今はまだ、顔はおろかその容姿の何一つはっきりと見えるものはない。

 それはただ単に距離が離れているからだということではなくて、現れた二人とも、真っ黒な影に覆われていたから。

 対象を文字通り影絵のように黒く塗り潰して視認させなくするという、影法師シルエットの魔法に、まさかこんな使い途があるなんて。

 ――だけど。

 現れたのがただの影でも、どちらがかだなんて、はっきりとわかる。


『これまでの闘いをご覧になってきた皆様には、敢えて多くは語りません! あとはご自身のその目で、結末を確かめて下さい!』


 司会の女性のその言葉で、二人の影がゆっくりと晴れていく。

 どくん、と。心臓が跳ねた。

 すぐに晴らすのであれば、わざわざ影法師シルエットをかける必要はあったのかしら――そんなことを考え、しかしすぐにそんな思考はもうどうでもよくなった。

 観客たちの気勢ボルテージが高まるにつれ、どうでもいいことに思考を割いて冷静さを保とうとしていた自分が馬鹿らしくなってきたのだ。

 最後まで保たない? ――そんな考え、なくしてしまえばいい。

 はここまで辿り着いた。それは誰のために? ――私のために。

 そうであるなら。私は私にできることをしよう。

 私にできることは、あとはもう全力でを応援することだけだ。


『それでは、決勝戦――開始です!』


 司会の女性の声が、ひときわ大きく会場内に響いた。

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