ベンチの一時

西田 正歩

父と息子と夕立

夕立が過ぎた公園で、小学生は雨が止んだにもかかわらず、黄色い傘をさしてベンチに座っている。

その小学生は私の息子で、私とは昔離ればなれになって、私のことは覚えていないだろう。

小さなベンチであった。息子の横に座り、二人は並んでいる。周りから見たら親子に間違えてもらえるだろうか?


「僕、なぜ傘をさしているんだい?もう、雨は止んでいるよ」


その声に反応なく、不審者に思われたのかも知れない。

本当なら、すぐにでも息子に父親と告白して、息子を抱きしめたい。

だが、いざ目の前にすると、何を話せばいいのか分からない。


「僕、パパが分かるように目印に持っているんだ。」


その答えに愕然とした。自分の息子には新しい家族がいて、その父親の帰りを待っているのだ。


「幸せかい?」


「えっ、幸せだよ」


私の答えに少し戸惑い、笑って見せた。


「そうか、幸せか・・・良かった」


私が立ち上り、帰ろうとすると


「待ってよ、パパに会えたことが幸せなんだよ。」


私は、振り返り「覚えていたのか?」と確かめた。すでに、(パパ)と答えは出ていたが、もう一度確認したかった。


「うん」


「何も出来ない、パパでゴメンな」


私が、息子の前に歩み、抱きしめようとすると


「やめて」


傘を前に、私に顔を見せないようにした。


「どうして、やっぱり怒っているのか?」


「怒ってなんかないよ、ママに聞いたんだ。パパが僕を助けて・・・死んだこと」


息子は、知っていた。

そう、”私は死んでいる”事を。息子と来たこの公園で、人に刺されて殺されたのだ。

息子を狙ってた犯人の前に立ち、息子をガードして背中を刺された。

三才の息子には、何が起きたか分からなかったろう、最愛の息子が助かって良かった。

私は、息子に心配させないように、痛い気持ちを押さえて、「大丈夫、早く帰ろうな」と笑い顔を見せた。


「パパに会うために、噂で聞いた。おまじないしたんだ。

” 死んだ人間と会いたいときには、死んだ場所で、夕立の日に傘をさして待っていれば、その人に出会えるって、ただ、顔を合わせてはいけないんだ。あの世に連れて行かれるから”

だから、少しの間僕の話を聞いて、パパ・・・話したいこと沢山あるんだ。」


私はベンチに戻り、息子の横にいる。

傘の奥に笑顔を見せているのであろう、息子の話を笑顔で聞いた。

息子の姿を見たい。傘をおもっいきりはがして、あの世に連れていきたい。


「パパ、楽しい時間つくってくれて良かった。この日のこと大事にするね」


「そうか、本当に幸せなんだな」


涙が止まらない。息子は、また話出した。途中私がちゃんと聞いているか、「パパ聞いてる?」と口にするので、「あぁ」と答えていく。

少しずつ、夕焼けが消えていく。スッと日がくれて、「パパ聞いてる?」と聞いたので、傘に「あぁ」と答えた。

息子は傘をはずして、涙を流していた。


「パパ、もういないの?もう消えたの?もっと話したいよ。まだ、嫌だよ。」


「おい、パパはここだ。気づいてくれ!」


あのベンチでの一時は、一度きりの奇跡に終わった。

完   

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ベンチの一時 西田 正歩 @hotarunohaka

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