第31話 お揃い

 宿の主人と談笑をしたところ、水温上昇の原因は既に彼も知るところとなっていた。

 

「いやあ、どこの誰かは知りませんが、これでイスハハンも元通りになるでしょう」

「そうだな。素晴らしいことだ」


 イブロは知らぬ振りをして、宿の主人と共にイスハハンの街に幸あれと祈る。

 彼は信じる神など持っていないが、目を瞑り願うことくらいは稀に行うのだ。

 

 状況によってはもう一日滞在しようと思ってはいたが、この分だと問題なさそうだな。彼は心の中でそう思い、宿の主人へチェックアウトを申し出る。

 

「ぜひまたイスハハンを訪れてください。次来られる時は本来のイスハハンをお見せできるはずですから」

「おう、また……いずれ」


 宿泊代は前金で既に支払っているが、イブロは宿の店主に少しばかりのお礼を渡す。

 それに対し、店主は顔を綻ばせ何度も彼に礼を述べたのだった。

 

 ◆◆◆

 

 イブロとチハルは宿を出たところでアクセルと別れようとしたが、彼は「見送る」と言って街の出口までついて来る。

 

「おっちゃん、チハル。またいつか会おうぜ!」

「おう、アクセル。お前さんならいつでも歓迎だ」

 

 イブロとアクセルはガッチリと握手を交わす。彼と再会したい思いは強い。しかし、同じ街に住んでいるならともかく、旅人同士が再び相まみえる確率は非常に低い。

 それでも、イブロは成長したアクセルの姿を見たいと思う。

 

「アクセル、これ……」


 チハルはアクセルへ皮ひものチョーカーを手渡す。皮ひもには小さなロケットが取り付けてあり、ロケットは中が開くようになっている。

 

「ありがとう、チハル。大事にする!」


 さっそく首にチョーカーを通したアクセルは太陽のような笑みを浮かべた。


「そのロケットの中は開けないでね」

「お、おう? チハルがそう言うならそうするぜ」

「うん。また会えるようにお守りだよ」

「絶対また会えるさ!」


 アクセルは鼻を指先でさすり、へへんと笑みを見せる。対するチハルもえへへーと微笑みを浮かべた。


「ソル、スレイプニルもまたな!」


 続いてアクセルはソルの顎下を撫でる。すると、ソルがアクセルの頬をベロンと舐めるのだった。

 

「アクセル、またな!」

「おう、みんな、また会おうぜ!」


 御者台に乗ったイブロとその後ろにペタンと座るチハルはアクセルに手を振る。

 アクセルも両手を力いっぱい振り、イブロ達を見送ったのだった。

 

 ◆◆◆

 

 アクセルの姿が見えなくなってもしばらく手を振っていたチハルはようやく手をとめる。

 そして、彼女は御者台に座るイブロの肩をポンポンと叩く。

 

「イブロ、これ」

「ん?」


 チハルが見せたのは、アクセルに彼女が渡したのと同一のチョーカーだった。


「お、お揃いか。いいな」

「えへへ、わたしのも作ったの」


 にぱあと微笑みを浮かべ、チハルはチョーカーを首に通す。続いて彼女はイブロの首にもチョーカーをかける。


「三人の歩いた証、友情の証だな!」

「うんー。また会えるおまじない」

「そうか」


 イブロはニコニコと上機嫌なチハルの頭を撫でる。彼女は「ううんー」と気持ちよさそうに目を細めた。

 彼は砂漠に照り付ける太陽の光に目を細めながら、左目を求める旅路もあと少しだなあとこれまで歩んだ道を懐かしむ。

 砂漠を超え、草原に入ると目的地まであと少しだ。草原からは山を目指す。どれほどの山なのか行ってみるまで分からないが、馬車が通ることは難しいかもしれない。


「イブロ」


 イブロの思考を遮るようにチハルの声がする。

 

「ん?」

「イブロはパメラのようにわたしのこと聞かないんだね」

「そうでもないさ」

「アクセルだってそう。なんでなんだろう?」

「嫌か?」

「ううん、パメラもアクセルもイブロもみんな好きだよ」

「そうか」


 素直なチハルの言いように口元が綻ぶイブロ。彼女はそう言うが、イブロとしては聞かなければならないことは聞いてきたつもりだし、これから彼女に聞こうと思っていたことだってある。

 

「チハル、聞いてもいいか?」

「うん、わたしに分かることなら何でもいいよ」

「魔晶石? だったか。その小さい魔石のことと、カルディアンやディディエの刀について分かることを教えて欲しいんだ」

「うんー、どれから話をすればいいかな?」

「じゃあ、まず魔晶石からでいいか」


 チハルはイブロの隣にちょこんと腰かけると、脚をぶらぶらさせながら終始笑顔で彼に語りかける。

 魔晶石を知るには、魔石と比べることが分かりやすい。この世界の空気の中や生物の体の中にはマナという力が含まれているそうだ。

 魔石はマナを吸収し留めておくように作られていて、マナの力によって動くアーティファクトを動かすための燃料みたいなもの。魔石の中にあるマナが枯渇していくと色が変わり、最終的にはマナが無くなって魔石は使えなくなる。

 その場合は、装填すればまた使えるようになるとのこと。ここまではイブロにも理解できた。

 しかし、魔晶石に話が移ると彼は首を捻る。魔晶石は魔石のように鉱物に頼らずマナそのものを結晶化させたもの? そのため、使うと大きさが小さくなり最終的には消えて無くなってしまう。

 魔石に比べて莫大なマナが含まれているのだが、指向性を特定することができない? から、アーティファクトのような器具にそのまま使用することができないと言う。

 

「ううむ」

 

 イブロは頭をガシガシとかきむしり唸り声をあげた。

 よくわからない。これが彼の感想である。

 

「ええと、要はチハルがやったように癒しであったり、ディディエのように力を爆発的に増したりできるってことか」

「うん、用法用量をよく考えないと生体機能に反動がくるから、イブロは使っちゃダメだよ」

「使い方も分からねえし、俺にはこれがあるからな」


 イブロは腰のカルディアンを指先で撫でた。

 

「イブロ、カルディアンも注意して使わないとダメだよ」

「ん?」


 チハルは次にカルディアンについて説明を行った。

 カルディアンは変形型の武器で普段はコンパクトで持ち運びがしやすいよう小さくなっているが、自由に身の丈ほどのサイズへと形を変えることができる。これはイブロが良く知るところだ。

 しかし、カルディアンの真の力は使用者の体内に蓄えられたマナを使い、使用者の身体能力を一時的に引き上げることにある。

 

「それなら、魔晶石や魔石をカルディアンに与えることで力を引き出せないのか?」

「魔晶石だったら……難しいけどできるよ。でも、イブロはやっちゃダメだよ?」


 急に目を伏せ、縋るようにイブロの手を握りしめたチハル。これはただ事ではないと感じたイブロはそれ以上何も言わず、最後の質問へ話題を移す。

 

「ディディエの刀はどういうものなんだ?」

「ムラマサをイブロが使っちゃダメだよ」

「使うつもりはないが……どういったものなのか知りたくてな」

「うん」


 ディディエの刀――チハル曰くムラマサは、カルディアンと同じ変形機能を持つ。真の力はムラマサに蓄積された技能にある。

 使用者の血を吸わせることで、ムラマサは持っているだけで勝手に戦ってくれるようになるのだ。

 

「ディディエがやっていたように誰でも達人になれるってことだな」

「うん、ムラマサはカルディアンより硬く鋭いの」

「そうなのか! カルディアンが斬られずによかった……」

「カルディアンは壊れない。だってカルディアンだもの」

「そうか。壊れないと聞いて安心した」

 

 チハルの言うことは半分も理解できなかったイブロではあったが、不壊のカルディアンと聞き嬉しくなってくる。

 こいつカルディアンがあれば、この先もチハルを守っていける。イブロは心の中でカルディアンに感謝の念を述べたのだった。

 

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