第30話 カルディアン

 チハルの言葉に応じようにもイブロにその余裕はなかった。イブロは全身全霊で男の攻勢を受け流している。

 というのは、目から血を流し息もあがっている男の見た目とは裏腹に、速度こそそのままだが彼の力が数倍に跳ね上がっているからだ。

 構えた姿勢から放ちイブロを浮き上がらせた一撃ほどではないにしても、一撃一撃がとにかく重い。軽く振るった手打ちの一撃であっても、イブロが腰を落として受けなければならないほどに。

 

「カルディアンはイブロの『思い』にきっと応えてくれるから」

 

 カルディアン? 何だそれは……考えるがすぐに男の刀によって思考が途切れるイブロ。

 ここは……イブロは胴を薙ぐように横から払われた刀をダマスク鋼の棒で受け止め、腰を落とさず後ろへステップを踏む。

 圧力で膝が悲鳴を上げるが、うまく刀の勢いを後ろへ進む力へ変え彼は男から距離を取ることができた。

 

「チハル、カルディアンとは?」

「イブロの持っているそれだよ」

 

 確かに念じれば……こいつは応じてくれるが……そこではたとイブロは思う。ダマスク鋼の棒――チハルの言葉を借りるとカルディアンは、イブロの言葉に応じていた。

 こいつは伸びるだけだと思っていたのだが、違うのか?

 

「イブロ、制御を誤ったらダメだよ」


 チハルの助言が耳に届くが、イブロは既に集中に入っていて彼女が何か言っている程度にしか認識できなかった。

 未だに目から血を流しながら男はイブロへ向かってくる。しかし、イブロは目を閉じ、静寂の中に自分を置く。

――カルディアン、俺に力を貸してくれ!

 「応」という言葉が聞こえた気がした。次の瞬間、イブロの身体がまるで数百メートル全力疾走をした後のように強烈な疲労感に襲われる。

 膝をつきそうになるが、男に対処するためイブロはカルディアンを胸の前に構えた。

 魔晶石を飲んだ男は力こそ強くなっているが、狙う位置は同じだ。だから、イブロは男の刀を受けることができる。

 その時イブロは違和感を覚えた。

 

 男の力が弱くなった? 全力で受けていた彼の刀を軽く押し返すだけで凌ぐことができたのだから。


「おっちゃん、体が光ってるぞ!」

 

 アクセルの驚く声。

 イブロはカルディアンを握りしめる自分の手を見やると、確かに薄ぼんやりと煙があがるように青白い光が自分の体から舞い上がっているではないか。

 不可解な現象だが、考えるのは後だ。

 

 イブロは再び振るわれた刀をカルディアンで受ける。やはり、男の力は弱まっている。

 これならいける。イブロはニヤリと笑みを浮かべ攻勢に移った。

 力強さが元の関係に戻ったとあれば、戦い方はさっきと変わらない。

 イブロは男の動きを予想し、的確に追い詰めていく。

 

 同じような攻防の結果、ついに尻餅をつく男。

 

「チェックメイトだ。今度は油断しねえ」


 イブロは尚も刀を振り上げようとする男の刀に向けてカルディアンを振るう。

 甲高い音をたて、刀は男の手から離れカランと地に転がった。

 

「あ、あなたは何者なのです……魔晶石を飲んだ私を制するとは……」

「ただの探索者だ。お前さんが今回の事件の首謀者で間違いないんだな」

「やはり、あなたが砂時計をひっくり返したのですね」

「拘束させてもらうぞ。砂時計のことは街へ報告する。しかし……よく砂時計の事が分かったな」

「たまたまですよ。これはビジネスチャンスになると思っただけです」


 随分素直に回答するなとイブロは訝しむが、状況からこの男が温度上昇の犯人であることは明らかだ。

 それが分かるからこそ、男も観念したのだろうとイブロは思う。

 

「お前さん、名前は?」

「私ですか、今更隠しても仕方ありませんね。申し遅れました、私はディディエ。あなたは?」

「俺はイブロ。もう会うこともないだろうが、お前さんの名前はおぼえて置くぜ」


 かつてない強敵だったからな……イブロは心の中でそう呟いた。

 この後、イブロ達はディディエと彼に雇われた男達を拘束し廃坑の外に出る。ディディエの持っていた刀はイブロが回収した。

 これほど危険なアーティファクトを野放しにしておくわけにはいかないのだから……。

 

 廃坑はイスハハンの街が見えないほどの距離にあった。彼らは馬車でここまで来ていたので、イブロ達と拘束した男達で馬車に乗り、男の内一人の拘束を解き御者をさせる。

 馬車進むこと一時間も立たないうちにイスハハンへ到着したのだった。

 

 ◆◆◆

 

 イスハハンの自警団にディディエらを突き出した後、イブロ達三人は街の有力者へ招かれ今回の事件のあらましを説明する。

 聞いていた有力者たちは騒然となったが、すぐに廃坑に向かい砂時計をひっくり返すことを決めた。イブロ達にも付き添うように依頼されたが、彼らは首謀者らとの激しい戦闘があったから体が動かないと伝える。

 すると彼らはもし砂時計が発見できなかった場合、翌朝使いの者を出すと返答した。

 

 こうして全てを終えたイブロは疲れた体を引きずってチハル、アクセルと共に宿へと戻る。

 部屋に入ったイブロはそのままベッドに倒れこむ。

 

「大丈夫か? おっちゃん?」

「問題ない。休めば平気だ」


 心配し声をかけてきたアクセルへイブロはベッドに突っ伏したまま腕だけをあげて応じた。

 カルディアンの新たな力を発見したのはいいが、これは全身の筋肉が悲鳴をあげる諸刃の剣だ。いざという時に使うのはいいが、これで連戦は不可能……。そこに気を付けねば。

 イブロは身動きせぬままカルディアンについて考えを巡らせていた。

 しかし、持続時間が不明だ。戦闘が終わるまで持つのならいいが、使うに不安定過ぎる。かなり気が進まないが平時に試してみるしかないか……。

 

「イブロ、ぺたーってしていい?」

「ん?」


 イブロは首だけをチハルに向けると、彼女は人差し指を顎に当ててもう一方の手に小さな魔石――魔晶石を持っている。


「チハル、回復は必要ない」

「イブロ、体力が八十七パーセント減っているよ」

「休めば戻る。チハルの持つそれは使わなければダメな時だけに使ってくれ」

「うん、分かったよ。イブロ」


 チハルはてくてくとイブロが寝そべるベッドの脇まで歩くと、そこに両膝をつく。

 魔晶石を懐に戻した彼女はイブロの頭をそっと撫でた。

 

「ん?」

「元気が少しでも出るかな?」

「おう、元気になったぞ!」


 言葉とは裏腹にピクリとも動かないイブロであったが、心の中は確かに暖かになったと自分では思う。


「アクセル、チハル。帰り道で買ってきた食べ物を適当に食べておいてくれ」

「イブロは?」

「俺は……寝る」


 その言葉を最後にイブロの反応が無くなる。

 すぐに寝息を立て始めたイブロを見やる二人は、お互いに顔を見合わせくすりと笑みをこぼした。

 

「おやすみ、イブロ」

「おっちゃん、お疲れ」


 二人はそれぞれの言葉でイブロを労い、椅子に腰かける。

 

――翌朝

 朝日が部屋に差し込みイブロは唸り声をあげ、目が覚めた。


「朝か……少し休むつもりが……」


 二人はどうなった? ちゃんと食べたのだろうかと体を起こすイブロであったが、腕が張って少し痛みを感じ顔をしかめる。

 ん、ベッドに彼らがいない。どこに行った?

 しかしすぐにイブロは気が付く。二人ともイブロのベッドでスヤスヤと眠っているではないか。

 全く……狭いというのに。イブロは口元に笑みを浮かべ、二人の姿を見やった。

 

「イブロ、起きたの?」


 むくりとチハルが起き上がり、目を擦る。

 

「おう」

「そこにイブロの分を置いているから食べてね」

「ありがとうな。腹が減って仕方がない」


 イブロは両手を伸ばして伸びをすると、ベッドから椅子へ移動しチハルらが残しておいてくれた食事を食べ始めた。

 彼が食事を食べ終わる頃、アクセルも起きてきて身支度を整えた彼らは荷物を持ち、宿の受付へと向かう。

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