第26話 砂時計

 外は天井まで百メートルはあろうかという広い空間になっており、高さ十五メートルほどの砂時計が鎮座していた。

 砂時計は台形の台座と繋がっていて、台座の中央辺りにくりぬきがありそこに小さな砂時計が設置されている。

 

「チハル、これがアーティファクトか?」

「うん」

「しっかし、おっきいなこれ。こんな大きなアーティファクトがあるんだな!」


 驚き目を見開くイブロ。両手を広げ「すげえ」と漏らすアクセル。それぞれが驚きを見せていたが、チハルはいたって冷静なままだった。

 チハルはゆっくりと台座の前まで歩くと、小さな砂時計に手をかける。

 

「チハル、それは?」

「これをひっくり返すと元に戻るよ。イブロ」

「そんな単純なことだったのか。それ、横倒しに倒れたままだったらどうなるんだ?」

「見てて」


 チハルは砂時計を横に向け、そのまま手を離す。すると、砂時計がひとりでに立ち上がり上から下へ砂が流れ始める。

 なるほど。小動物が砂時計を倒しただけでもひっくり返る可能性があるのか。

 イブロは首を回し、天井や床、壁へ順に目を向けていく……コウモリが壁に張り付いているな。この分だと他にも生き物はいそうだ。

 

「チハル、そのままだと簡単にひっくり返ってまた元に戻らないか?」

「うん、だから……」


 チハルは懐から火打石と蝋を取り出すと、窪みに蝋を置き火をつける。蝋が溶けだしてきたところで火を消しその上から砂時計を置く。


「なるほど。蝋で固めて固定してしまうってわけか」

「うん。これで大丈夫だよ」

「おお、すごいぜ、チハル!」

「えへへ」


 アクセルの誉め言葉に頭に手をやりにへーと笑うチハル。

 しかし、イブロは根本的なことをチハルに確かめていないことに気が付く。

  

「チハル、この砂時計が温度上昇の原因だったのか?」

「うん。これがひっくり返っていたから、温度が上がっていたんだよ」

「そうか……それならもう大丈夫だな。戻ろうか」

「うん」

「おう!」


 イブロの言葉に二人が応じるのだった。

 三人が顔を見合わせ笑みを見せた時、ゴゴゴと低い音がして大きな砂時計がひっくり返る。

 そして、何事も無かったかのように上から下へと砂が流れ始めたのだった。

 

「お、おお」


 アクセルが手を叩き大きな砂時計を見上げる。


「戻るのはさっきのところだよ」


 チハルは砂時計へ目をやることもなく、彼らが降りて来た穴へと歩いていく。

 

 ◆◆◆

 

 宿屋に戻ったイブロ達は帰りがけに露天で購入した軽食を頬張っていた。イブロはまだ外が明るいというのにエールをごくごくと飲みご満悦の様子。

 彼らの宿泊する部屋では宿のスタッフへ頼むと飲み物を持ってきてくれるのだ。料金は飲み物と交換となる。宿に併設した食事処では軽食を食べることだってできたのだった。

 よく見る宿の形態ではあるが、宿屋の店主はイブロ達に外での食事を勧めてきていた。せっかく来たのだからイスハハンの美味しい物を食べて欲しいと店主は言う。

 そう言えば最初この宿に来てレストランについて尋ねた時も、店主は嫌な顔一つせずオススメを教えてくれたな。イブロは店主の顔を思い出しエールを口に含む。


「イブロ、それおいしいの?」


 椅子に腰かけ脚をブラブラさせながらチハルがイブロに問う。

 

「お、おう。うまいぞ」


 ベッドに腰かけたイブロはエールの入ったグラスへ目を落とす。

 

「わたしも飲んでいい?」

「お、それなら俺も!」


 横で二人の会話を聞きながら、食べ終わった串焼きの串を噛んでいたアクセルが身を乗り出す。それに、チハルも続く。

 しかし、イブロは手を前にやり彼らへ向け首を振る。

 

「もう少し大きくなったらな」

「えー、俺はもう大人だって!」

「イブロ、なぜダメなの?」


 尚も食い下がってくる二人へイブロはどうしたものかと頭を捻った。

 結果、あからさまに話題を逸らすことで何とかしようと彼は考える。

 

「そういえば、チハル。火打石をうまく使えるようになったんだな」

「うん、イブロ。褒めて―」


 「んー」とイブロの前に頭を突き出してきたチハルへ、イブロは顔を綻ばせて彼女の頭を撫でた。

 この物言いもパメラから学んだのかなとイブロはふと考えすっかり人間らしくなったなあと改めて思う。

 人間らしくなってきたのは非常に喜ばしいことなのだが、やはり彼女は人間に比べ異常に学習能力が高いと改めて彼は思い知る。

 チハルは一度聞いたことは必ず覚えているし、一度教え、やってみせたことは練習せずとも一度で完全に真似するのだ。火打ち石程度なら人間でも一度でできる者はいる。

 彼女の能力はどれほどのものなのか……ここまで考えたイブロは何かを思いついたようでポンと手を叩く。


「チハル。アクセルがいるうちにリュートを教えてもらったらどうだ?」

「ここじゃ、リュートは弾けないんだよね?」

「そうだな……」


 そう言えば昨日同じことを店主に聞いて、楽器の演奏はダメだと断られたところだった。

 イブロは頭をポリポリと掻き、肩を竦める。

 

「おっちゃん、明日、どこかの広場でやろうぜ?」

「いや、アクセル。お前さんとは元々既に別れているはずだからな。これ以上付き合わすのはな」

「一日や二日、変わらないって! それより、おっちゃんたちは直ぐに街を出なくてもいいのか?」

「そのことなんだが……チハルも聞いてくれ」


 イブロは空になったエールをひっくり返し顔をしかめると、腕を組み二人に説明をはじめた。

 チハルの言葉を疑うわけではないが、水温上昇を止めるため遺跡にまで行き対処を行ったからには最後まで確かめたい。

 二、三日街で噂を集め、水温上昇が止まっているのなら、イスハハンを後にしよう考えていることを彼は二人に伝える。

 

「なるほどな! おっちゃん。伊達に歳は食ってねえんだな!」

「うん、イブロ」


 彼らは各々の言葉でイブロに賛成をしてくれたのだった。

 

「じゃあ、明日は一日空いているってことなんだよな?」

「そうだな。街の商店街や酒場で噂を集める必要はあるがな」

「おう! じゃあ、チハル。明日、リュートを弾こうぜ」

「うん、ありがとう。アクセル」


 頷きあう二人を眺め、目じりが下がるイブロだったがおもむろに立ち上がると空のグラスを掴み、扉へ向かう。


「おっちゃん、おかわりするのか?」

「おう、そうだが……」

「さっきは誤魔化されたけど……まあいいや。今日のところはおっちゃんの言うことを聞くよ」

「じゃあ、わたしも」


 親子ほど年の離れた二人に大人の対応をされてしまって微妙な顔をするイブロであったが、すぐにエールをおかわりしてご機嫌に戻る。

 

 ◆◆◆

 

――翌朝

 宿の店主に広い公園が郊外にあると聞き、動きたくてウズウズしていたソルとスレイプニルを連れてイブロ達はそこへ向かう。

 広いと聞いていたが、街の中だからソル達が動き回れるほどの広さがあると期待していなかったイブロは、公園につくと逆の意味で期待が外れる。

 

 公園はスレイプニルが一周回るのに数十分かかるほどの広大な敷地を誇っていたのだ。これならソルとスレイプニルを存分に遊ばせることができる。

 アクセルがスレイプニルに乗り、チハルがソルに騎乗して二時間ほど遊びまわった後、木陰で彼らを休ませつつチハルとアクセルはイブロと共にそこに腰を降ろす。

 チハルとアクセルはリュートを出してきて、一方のイブロは木の幹に背中を預けたまま、うとうとしながら二人の様子を見守るのだった。

 

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