第25話 遺跡へ
翌日、アクセルが「はやく行こうぜ」とせがむがイブロは頑として取り合わず、遺跡に潜る準備に一日費やすことを押し通した。
最初は渋っていたアクセルだったが、探索者用の店に行きイブロが道具を見繕っている姿を見て納得したように頷く。古代遺跡に潜った経験がない彼は遺跡を探索することにどれだけ道具が必要なのかを知らなかったのだ。
一方のチハルは、文句の一つも言わずイブロの後をずっと付いて回っていた。
買い物を済ませた後、イブロは現地に向かうルートの調査も行う。全てを終えたイブロはふうと大きく息を吐き、日が暮れるまでにまだ時間があったため、チハルの楽器を見に行くことにした。
そして更に一日が経つ。
朝日と共に起き出したイブロ達は宿で朝食を食べ、オアシスに向かう。中央の島までは渡し船が出ていることをあらかじめ調べていたイブロ達は船代を支払い、スムーズに島へと降り立った。
残念なことに渡し船はソルが乗るに小さすぎ、彼を連れて来ることができなかったことだろう。しかし、イブロは既にこのことを知っており、ソルを頼ることができないことは織り込み済みだ。
島は周りをぐるりと歩いても一時間もかからず歩けるほどの大きさで、中央に古代遺跡がある。
船着き場から古代遺跡までは石畳の道ができていて、イブロ達はその道を黙々と歩いていく。
「ちゃんと道ができているんだな! おっちゃん」
「そうだな。確か、ここに古代の祭壇があるんだったか? アクセル」
目指す遺跡はアクセルが元々目標にしていた古代の神殿がある場所と同一の場所だったのだ。
イスハハンにある遺跡といえば、ここしかないのだから……当然と言えば当然ではある。
「そう聞いているよ。でも、『砂漠の華』は次まで我慢するからな!」
アクセルはへへっと鼻を指先でさする。彼はオアシスの水温上昇の謎を解くことを優先することに決めていた。
「道まで整備されているんだね」
「普段は来る人も多いかもしれないな」
チハルの言葉にイブロが応じる。街の中でも大通り以外は石畳で舗装されていることは稀なのに、ここはしっかりと舗装され石畳の間から雑草も生えていない。
つまり、誰かが定期的にちゃんと整備しているということだ。
それなら、遺跡で何か異常が起きていればすぐに気が付きそうなものだが……イブロは一抹の不安を感じ頭をぼりぼりとかきむしった。
「お、見えてきたぜ!」
アクセルが前方を指さしだああっと走り出す。
全く……あいつは元気の塊だな……イブロはやれやれと肩を竦める。
「おっちゃん、チハル―! はやく、はやく!」
ぴょんぴょん飛び跳ねるアクセルへイブロは苦笑を浮かべるのだった。
◆◆◆
島の中央には確かに古代遺跡がある。正方形に近い形をしたこの古代遺跡の広さは一辺がだいたい百メートルほど。古代遺跡によくある大理石の石畳に石柱が何本か立っている。
石柱も石畳も所々が欠けており、長い時の経過を感じさせていた。古代遺跡の中央は円形のサークルがあって、台座らしきものと日時計が確認できる。
「アクセル、この台座にルビーやらを捧げるんだな」
「たぶん、そうだぜ」
二人は台座の前にしゃがみこみ、それに手を触れた。
しかし……一見したところここには大規模な施設どころか
「イブロ、下だよ」
「やはり、そうか。どこからか地下へ続く道があるってことか」
「うん、こっち」
チハルはイブロの手を引き、てくてくと歩いていく。
「ひょっとして、この日時計か?」
アクセルがわくわくした様子でチハルへ尋ねるが、彼女は無言で首を横に振る。
イブロは彼について不思議に思っていることがあった。何故、アクセルはチハルについて何も詮索してこないのだろう。
水温上昇の謎と
それでアクセルが疑問に思わないわけがないのだ。それなのに、彼は今まで通りチハルに接してくれている。
「どうしたんだ? おっちゃん」
「あ、いや」
「あ、分かったぜ! おっちゃん。俺よりチハルの方が頼りになるとか思ってんだろ!」
的外れなことを言い始めたアクセルへ苦笑するイブロだったが、本気で言っているのか冗談を言って場を和ませようとしているのか判断がつかない。
「イブロ、こっち」
イブロの手を引くチハルの力が強まる。
「大丈夫だよ、おっちゃん。チハルのことは誰にも言わねえから!」
太陽のような笑みを浮かべたアクセルはポンとイブロの背中を叩くのだった。
「面白い奴だな。アクセルは」
「へへ。俺は難しいことは分からないけど、チハルもおっちゃんもいい奴だ。それに、秘密にしなきゃってことくらい俺にだってわかるさ」
「そうか」
イブロはアクセルの頭をガシガシと撫でる。この少年、こう見えてしっかりした考えを持っているんだなあと彼は感心するのだった。
チハルに先導されて歩いていくと、古代遺跡の外に出る。だから、イブロはチハルへ声をかけようとしたのだが、その時チハルは立ち止まった。
その場でチハルはしゃがみ込み、古代遺跡の外周にある大理石の一つを手のひらでペタペタと触れている。
「自律型防衛兵器チハ=ル一九七型。照合依頼」
チハルは無機質な声でそう呟くと、手のひらがぼんやりと光を放ち大理石にその光が吸い込まれていく。
「照合完了。開閉依頼」
続くチハルの言葉と共に、大理石が音も立てずに動き人が二人ほど入ることができるくらいの穴がぽっかりと顔を出す。
「ここに入るのか? チハル」
「うん」
「待て、チハル。中が安全か俺が見てくる」
イブロはロープを腰に括り付け、手近な岩にロープ反対側を縛って固定する。
「アクセル、チハルを見ていてくれ」
「おう。おっちゃん、気を付けてな」
イブロは右手をあげアクセルへ応じると、穴へ足をかけ慎重に中へと降りていく。
しかし、穴は彼の身長ほどの深さしかなく、幅も彼が両手を開くほどしか広さが無かった。
「大丈夫そうだ。まず、チハルから」
「うん」
チハルが穴に脚を入れ座り込むと、イブロの合図を待って掲げた彼の手に飛び込む。対するイブロはチハルの腰を難なくキャッチして彼女をそっと地面に降ろした。
アクセルも同じようにしてイブロが降ろすと穴の中はお互いの体がつくくらいぎゅうぎゅうになってしまう。
「じゃあ、行くよ。イブロ、アクセル」
「頼むぞ。チハル」
「おう!」
二人の応答に頷いたチハルは、目を閉じ何かを念じる。
その瞬間……イブロは浮遊感を感じた。
これは、チハルと出会った時に落ちた穴と同じ感覚だ。
――落ちていく。自由落下していく。驚くアクセルの声。対するイブロは二度目の経験のため冷静さを保っている。
チハルはというと、いつもと変わらぬ様子で身じろぎ一つせず体が落ちるに任せているといった感じであった。
イブロが心の中で百を数える頃、今度は逆向きの胃が下から上へ掴まれるような感覚が襲いふわりと地面に着地する。
「ついたよ。行こう」
チハルが手を掲げると、目の前の壁が開き眩い光が外から差し込んでくる。
どこか既視感を覚えながら、イブロは目を細め穴から外へと踏み出したのだった。
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