第20話 オーガ

 途中モンスターや野盗のたぐいに会うこともなく、イブロたちは順調に街道を進んでいる。

 街道とはいっても舗装されているわけではなく、土が固めてあるだけの簡素な道だ。雨が降ると水たまりができ途端に進みが悪くなってしまうくらいの。

 それでも、道があるだけありがたいものなのだ。村から村へ続く道であっても獣道しかないところの方が多いのだから……。

 予定では二日の距離だと彼は見積もっていたのだが、さすがスレイプニル。二日目の昼には村に到着してしまったのだった。

 村では食料だけの補給を行い一夜を過ごした後、彼らはすぐに次の村を目指す。

 

「順調だな、チハル」

「うん、イブロ」


 振り返っても村が見えなくなってきたところで、御者台のイブロは後ろでペタンと座るチハルへ声をかける。


「チハル、地図を見るか?」

「うん」


 イブロが顎を馬車の奥を示すと、チハルはすぐに彼の示す場所を察して四つん這いになり馬車の奥から布の袋を持って戻ってくる。

 彼女が袋を開いて中を覗き込むと、巻物になった羊皮紙を取り出した。

 

「そうそれだ。今いる場所は地図の左下の方にある『グロウ村』だな」

「うん。北東の赤い丸のところが目的地かな?」

「その通りだ。そこに行くために、間にある山脈を避けて進むつもりなんだ。このまま東へ進み森に入る」

「わかった。イブロ」


 チハルは地図の描かれた羊皮紙をクルクル巻くと袋に戻す。

 

「もういいのか?」

「うん、もう全て覚えたよ」

「え?」

「『記録』だよ。イブロ」

「おう」


 イブロは正直なところよく分かっていなかったが、今後地図は何度も見直すことだしその時にチハルと見ればいいかと軽く考えるのだった。


「しばらくは比較的安全なんだが、明日森に入る。そこからは道も狭く危険性も高くなる。次の村までは四日かかるからな」

「うん、イブロ」


 森を抜けると砂漠になるのだが、イブロは砂漠より先に行った経験がない。砂漠からは彼にとっても未知の領域だ。彼とて探索者の端くれ、未踏の地となれば多少興味は引かれる。

 どうせ行くなら、楽しもう。イブロは手綱を握る手に力を込めた。

 

 ◆◆◆

 

 森に入って二日目、一度ゴブリンの集団に囲まれはしたもののソルが威嚇するだけでそれらは逃走していった。さすが森の頂点捕食者の一種である雷獣だとイブロは感心する。

 その後もモンスターの気配を感じることがあったが、どれもそれほど強いモンスターではなかったようで遠巻きにイブロ達が通り過ぎるのを待つだけであった。

 順調順調とイブロが思っていた矢先、前方から物を打ち合わすような音が聞こえてくる。

 

「イブロ?」

 

 チハルも気が付いたようで、イブロの肩に手を乗せ後ろから覗き込んできた。

 

「恐らくモンスターと人の集団が戦っていると思う。待つか助けに行くか」

「その人達は『困って』いるのかな?」


 どうだろう。もう少し近くに寄ってみないことには何とも言えないが……。


「チハル?」


 顔を伏せたチハルの顔がイブロの目に入り、思わず彼女の名を呼ぶ。

 

「こういう時はどうするのがいいのかな? 『困っている』のは良くないことだよね? 『困らない』ようにするのがいいの?」


 イブロはチハルの言葉に心臓が高鳴る。イブロは軽く捻ることができるモンスターに苦戦しているようなら手伝うのもやぶさかではないと考えていた。

 チハルと自分の命を優先するのは当然だが、助けられるものなら助けるべきだ。恰好をつけるわけではない。チハルの精神的な成長のためにも人として人を助けることを見せたい。

 いや……そんなものはただの言い訳だな……。

 イブロはすううっと目を細める。

 

「もし『困っていたら』助けよう。チハル」

「うん」


 イブロが馬車の手綱を絞ると、スレイプニルがひひんといななき速度をあげた。

   

 ◆◆◆

 

 そこはイブロが考えていた以上に修羅場になっている。こげ茶色の体毛でびっしりと覆われた人型のモンスターが六体、馬車を取り囲む男達と戦闘を繰り広げていたのだ。

 このモンスターはオーガという。身の丈およそ四メートル。手には人間の男の胴体ほどの太さがあるこん棒を持ち、動物の毛皮を腰にまいた姿をしている。

 その巨体から繰り出される一撃はただの人間ならば、受けることは不可能。

 一方、馬車を守る男たちは四人だった。そのうち一人は倒れ伏し物言わぬむくろと化している。残る三人も必死でオーガたちの攻勢に耐えていたが、イブロの見解ではこのままだと近く彼らは全てそこに倒れている男と同じようになると予想する。

 

「チハル、思った以上によくない状況だ。助けに入る」

「うん、頑張ってね、イブロ」

「おう、ソルもやる気だな。行くか。ソル!」


 イブロの呼びかけにソルは大きな咆哮をあげ、先に駆けていく。

 イブロもソルの後を追いオーガたちへ後ろから切り込みをかけた。

 

――伸びろ!

 イブロが念じると、ダマスク鋼の棒がそれに応え身の丈ほどのサイズに伸びる。

 彼はクルリとダマスク鋼の棒を頭上で一回転させると、走りこんだ加速の力を加えオーガの首筋を真横から強襲した。

 鈍い音をたて首の骨が完全に折れたオーガは、そのまま泡を吹いて膝を落とす。

 これで一体。

 その時、別のオーガが首から血を吹いて仰向けに倒れる。

 

 ソルか。イブロがチラリと目をやると、ソルがオーガの首を掻ききったことが確認できた。


「お前さんら、馬車の中へ隠れていろ。こいつらは俺とこの雷獣でやる」


 宣言することでオーガを自分たちの方へ引き付けるイブロ。

 声に反応して振り向くオーガであったが、この隙をイブロが見逃すはずもなく、胴体へ体重の乗った一撃を加えられた。どおんとくの字になったまま倒れ伏すオーガ。

 僅かの間に仲間の半分を失ったオーガたちは恐慌状態に陥る。そこへソルが威嚇の一声を放つと彼らはますます浮足立った。

 

「ソル、このまま待機だ。これ以上ヤル必要はおそらく……無い」


 イブロの言葉通り、オーガたちは踵を返し一目散に森の奥へと消えて行く。


「あんた、強いな……助かったよ。しかし……ヤれそうなオーガどもを逃がしてしまってよかったのかい?」


 代表者らしき髭の男がイブロに礼を述べる。

 

「無駄な労力を使いたくないからな。オーガだと素材も取れない。よしんば残りを倒しても、くたびれもうけってやつさ」


 イブロが肩を竦めると、男も「ちがいねえ」と相槌を打った。

 犠牲になったのは駆け付けた時には既に事切れていた男だけか……イブロは辺りを見回し状況を確認する。

 ん、彼らの馬車の中でゴソゴソと音がするな。

 

「馬車にガキが一人乗ってんだよ。手癖の悪いガキで、次の村で突き出してやろうかと思ってな」


 イブロの様子に察した男は眉間にしわをよせ、声がうわずる。


「そいつは仲間なのか?」

「違うな」

「なら、報酬にそのガキをこちらで預かってもいいか?」

「仕方ねえな……好きにしな」

 

 髭の男が顎を振ると、部下らしき男が驚いた顔をするが、髭が睨みつけるとそそくさと馬車の中へ入って行った。

 すぐに、縄で縛られ、猿ぐつわをされた十代半ばくらいの少年が引っ張られてきて、イブロの前へ引き出される。

 

「お頭、いいんですか?」


 部下の男が不安そうに髭に尋ねたが、逆に髭の男は「こいつの荷物も渡してやれ」と男に指示を出す。

 少年と彼の荷物を受け取ったイブロは、彼らに礼を言って自分の馬車へと戻る。男たちも仲間の躯を回収し、すぐに馬車を走らせたのだった。

 

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