第13話 蹴散らせ
唸り声をあげて今にもとびかかってこようとするディンダロスたちをけん制しつつ、イブロはクロエに向けて叫ぶ。
「クロエ、お前さんだけが残るのは無しだ。この先、他にディンダロスがいないってんなら、お前さんとソルに先に行ってもらうんだがな」
「……冷静に思考していたつもりが……とんだ見落としでした。申し訳ありません。イブロさん」
クロエは目前に危険が迫っているというのに、背筋を伸ばし綺麗な礼を行う。
なるほど、こいつらを前にしても怖気つくことはないようだな。イブロは感心し、首をゴキゴキと鳴らす。
そうなのだ。庭に六匹もいるのなら、館の中にもいると考える方が自然だ。下手に別れるよりは、全力を持って迅速に排除する方が確実かつ早いとイブロは考える。
「ソル……下がっていろ。こいつらは俺が……やる」
しかしソルは下がろうとしない。こいつは俺の獲物だと言わんばかりにディンダロスたちを睨みつける。
全く……イブロは肩を竦め、前を向く。
「怪我すんじゃねえぞお。ソル、一緒にやるぞ!」
「敵はディンダロスです。それが分からぬイブロさんでは……」
「分かっているさ。問題ない」
イブロは身の丈ほどもあるダマスク鋼の棒を振りかぶると何かを待つように膝を落としギリギリと腕に力を込めた。
次の瞬間、ソルが耳をつんざくような咆哮をあげビリビリとディンダロスたちを揺らす。
その時には既にイブロがディンダロスのうち一匹へダマスク鋼の棒を振り下ろしており、不意を突かれたディンダロスは反応をする間もなく頭を叩き潰されてしまった。
「……な、なんという。あの硬いディンダロスの頭を……」
クロエの驚きの声。
イブロの武器の真骨頂は重さにある。ミスリル製のガーゴイルでさえ、イブロの攻撃で削られたのだ。それが硬い毛皮や頭蓋に覆われているとはいえ、所詮は生物。イブロに砕けぬはずがない。
突然のことに浮足立つディンダロス達をよそにイブロは体を駒のように回転させ、その勢いを持って更に一匹仕留めた。
これで残り四匹。
しかし、ここからは奇襲が通じない。
四匹に囲まれたならいかなイブロとはいえ苦戦は必須。しかし、一匹へソルが躍りかかると激しい格闘戦に突入した。
「イブロさん、一匹は私が」
「ありがてえ。二匹なら……」
余力を残して倒し切れるはずだ。イブロは残った二匹と対峙する。
こいつらが処刑人のペットならば、俺は何とも思わなかっただろう。彼らとて仕事でやっているだけなのだ。恨みも買うし、身を守るにこいつらは最適だということも分かる。
しかし……ここにいるディンダロスは違う。
誰だか知らねえが、これだけの数を育てることができるほどの人肉を調達したに違いない。少女を浚い何をするのか想像をしたくもないが、犠牲者の最期はディンダロスの餌になっていることは容易に推測できた。
反吐が出る。
イブロは正義感の強い方ではない。むしろ、そういった面倒なことを嫌う。しかし彼はこれまで二度、自らの責で友人の命を失っている。
その経験が、彼を憤らせるのだ。
ディンダロスはただの獣ではない。雷獣のように高い知性を持つそれらはイブロが手ごわいとみるや、左右に分かれ息をそろえて同時に彼をかぎ爪で引き裂かんと飛び掛かる。
それに対しイブロはその場で腰を落とし両手を高くあげ……しかとダマスク鋼の棒を握りしめ体を思いっきり捻った。
迫るディンダロス。その鼻っ面をダマスク鋼の棒がうなりをあげて強打する。その間にももう一方のディンダロスがかぎ爪を振るってくる。しかし、風車のように回転したダマスク鋼の棒がもう一方のディンダロスを額から押しつぶしたのだった。
倒れ伏す二匹のディンダロスを見下ろすイブロの顔はすぐれない。無理して体を酷使し捻ったため、腰がギシギシと悲鳴をあげているからだ。
ソルとクロエはどうなった……? イブロは腰をさすりながらも首を回し一人と一匹の様子を確かめる。
ソルはというと、野獣同士の戦いとはこうだと如実に示すものとなっていた。ディンダロスは固い皮膚と鋭い爪を持つ耐久型のパワーファイター。それに対し雷獣はスピード。それに尽きる。
イブロからディンダロスを引き離したソルは圧倒的なスピードを持ってディンダロスの前から消えた。いや、消えたように見えた。
彼は目に見えぬくらいの速度で手近な木に登っていたのだ。
視界から消えたソルを探し唸り声をあげるディンダロスが首をあげたその時……
――風が横切った。
落ちるディンダロスの首。
華麗に着地するソルはフンと顎をあげ、どうだとばかりにイブロを見やる。
いかな硬い皮膚と毛皮を誇るディンダロスとはいえ、空から勢いをつけた雷獣の一撃を耐えることはできなかったようだった。
一方のクロエは独特の足音を立てぬ歩法を駆使し、ディンダロスの爪を避けつつ一撃を加える。既に数度、ディンダロスを切りつけているがその表皮を傷つけることがかなわずにいた。
元々クロエの暗器であるサイを使った格闘法は対人戦に特化したものなのだ。彼の任務は悪漢からお嬢様を護ること。となれば、彼の想定する敵とは「人間」になる。それ故極めた格闘術。
もちろん、モンスター相手であっても他の者に引けを取ることなどないのだが……ディンダロスの硬さとは相性が悪い。
「傷がつかないのでしたら……傷がつくところを刺すだけです……」
クロエは秀麗な顔に微笑を浮かべ、上半身を後ろに逸らす。そこを駆け抜けるディンダロスの爪。
交差すること数度、クロエの頭脳はディンダロスの動きの解析を完全に終えていた。クロエには手に取るようにディンダロスの動きが見える。予測できる。
故に、次に奴が来るのはここだ。クロエは右腕を鞭のようにしならせてサイを振るう。
そこへディンダロスが飛び込んできて、そのまま吸い込まれるようにサイが獣の目に突き刺さった。
絶叫をあげるディンダロスへクロエは冷静にもう一方の目にサイを突き立て止めを刺す。
彼は仕事は終わったとばかりに華麗に背筋を伸ばすと、メガネを指先でクイっとあげ踵を返したのだった。
「終わったようだな……」
全てのディンダロスを倒し終え、イブロの元に集まるソルとクロエ。
「イブロさん、イブロさんほど強い方を見たのは初めてです」
クロエはサイを懐に仕舞い込み、上品に胸へ手をあてイブロを称賛するように会釈をする。
「相性が良かっただけさ」
「しかし、イブロさん」
クロエがソルへ目を向ける。ソルはもう準備はできたとばかりに、腰を落とし待ち構えているではないか。
「あ、いや」
「一刻を争います。どうぞ」
「仕方ねえ……」
イブロは渋々ソルへまたがるのだった。
庭にはもう敵はいないようで、ソルに導かれ彼らは館の前までたどり着く。
間近で見る洋館は遠くから見る以上に荒れ果てた様子が見て取れた。本当にここに住んでいる者がいるのか疑わしいくらいに……。
そこら中に蜘蛛の巣が張り巡らされ、蔦が絡まり放題、ところどころ朽ちて崩れ落ちた箇所も見受けられる。
ただ、入り口の鉄の扉だけは固く閉められており、扉に埃はかぶっていない。つまり、長らく開かずの扉になってはいないということだ。
「いくぞ」
イブロはソルから降りると、一人と一匹へ声をかける。
無事でいてくれよ……イブロはそう祈りながら重い鉄の扉を開けるのだった。
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