空を舞う梅の花のように

カゲトモ

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「もうすぐ梅雨に入るんですってね」

 ロックグラスの氷を鳴らしながらウメキさんが言った。確かそんなことを今朝の天気予報でも言っていた気がする。

「もう九州の方は入ったとかでしたよね?」

「えぇ、だからこの辺ももうすぐね」

 この調子でいけば来週にはしっかりと梅雨に入ってしまうのだろう。あー、やだやだ。雨が好きだ、と歌う曲もあるけれど、俺はやっぱり雨は嫌いだ。雨の降る音は嫌いじゃないけれど。

「マスターは雨、嫌いそうね」

「ふふ、分かってしまいますか?」

「大抵の人は嫌いだもの。嫌いじゃなくても苦手、とかね」

「ウメキさんはどうですか? 雨、お好きですか?」

 良いお歳だから、ではないけれど、ウメキさんはとても落ち着いていて上品だし、雨が嫌いとか苦手とかじゃなくて、なんでも受け入れてくれそうな感じがする。悪く言えば“どうでもいい”って感じの。

「嫌いよ」

「え」

 そんなあっさりと。つい出てしまった声にウメキさんが不思議そうな顔をする。

「嫌いに決まっているじゃないの。だって濡れてしまうし」

 ごく普通の、俺と同じような理由なのにちょっとだけ残念な気持ちになるのはなんでだ。

「それに雨にはいい思い出がないのよ」

「いい思い出?」

「逆に訊くけれど、マスターは雨の思い出でいいものあるかしら?」

 うーん、そう言われると・・・ない、かも? 雨が降って良かったこと・・・なんだ? 雨の日ポイントが付いたとか、それくらい?

「いい思い出、と言うほどのものでは「あ、あったわいい思い出」

 あるんかーい。

 被せ気味に口を開いたウメキさんが、少しだけ照れたように笑ってグラスを仰いだ。

「なんです、その思い出とは?」

 言わないわけは、ないよね?

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