鉄火錬金 ~ 錬金釜×FPS脳=銃器製造?!

マッハトーフ

第1幕 ケイ・幼年期編

第1話 舞い降りた天使とこの世の円環。その匂いはまさにピザ。

 二〇二〇年代前半。

 “Diversity Virtual Reality”技術を採用したシューターゲーム――『スカベジア』が一世を風靡した。


 『スカベンジア』は、予てよりVR技術に深い関心を持ち《VRクイーン》と呼ばれた天宮美羽が提唱し実用化したこのDVR技術を、米露のゲーム会社が共同で作り上げたサバイバル・シューティングの大型タイトルだ。


 何といっても世界観が凄い。

 第二次世界大戦から三十数年も立たずに次の大戦が勃発し、荒涼の大地と化してしまった世界全土が舞台となる。

 これならまだよくある設定なのだが、VRというインターフェースによって、五感全体で世紀末を体感するとなると絶望感が尋常ではない。そしてキャラクターや諸々の設定、システムもとにかく情け容赦がなく、発売禁止となる国が続出したほどだ。


 人間の生存本能を全力で刺激するかのような、本当の意味での世紀末なゲーム。

 『スカベンジア』は実に人を選ぶゲームとして語り草となっている。


 さて。

 なぜそのようなタイトルが人気になっているかというと、プレイヤーが自らの身を守るために登場する武器に関するシステム・データ量が突出して多いからだ。

 十九世紀後半から現代に至るまでに、はては近未来の架空銃にまで及ぶ古今東西の銃砲類を取り揃えており、無数のカスタムパーツによって自分が望むままの“愛銃”を手にする事ができる。

 そんなシューター達の琴線に尽く触れるようなゲームシステムがウケない筈もなかった。


「銃に年代は(あんまり)関係ない。

 古式銃だって眉間ドタマに弾ァぶち込まれたら死ぬのさ。

 死にたくなかったら(銃の)メンテを怠るな。

 人間、ゾンビ、ヤク漬けのバケモンにロボ野郎。……あと酒場のケイシーのテク。

 みんながみんなイカれてやがるのさ。

 気を抜いたらあっという間にオツムがブッ飛ぶぞ。

 わかったらそれ掻き集めてズラかろうぜ。

 頼れるのはいつだって“これ”と金だからな」


 これは『スカベンジア』の日本語版ショートPVの台詞である。

 まさに本作品を体現しているといえるだろう。



 ◆



 二〇二三年、冬。

 早々に仕事を終えすぐさま退勤処理を終えた俺は、白い息を吐き出しながら新雪の降り頻る住宅街を歩いていた。


 至る所にイルミネーション。

 VR景気によって齎された盛大な祝福ムードは大通りの喧噪から離れたここでも、クリスマスの魔の手からは逃れられない。

 みんな浮かれているのだ。バブルの再来に。


「ったく、“VRクイーン”様々だなっと……あぁ寒っ」


 微かに聞こえる笑い声やクリスマス・ソングを、雪が踏み固められる音でかき消しながら淡々と帰路をなぞる。

 サクサクとした音が非常に心地良い。やはり冬は静かであるべきだ。


(VR景気なんていうくらいなんだから、宴会騒ぎもVRでやればいいのになぁ)


 そんな勿体もない事を考えてはいるが、本心ではない。

 かくいう俺も職務柄、好景気の恩恵を多大に受けている為、何時に無く懐が温い。

 現金なものだ。人は余裕を持てば心が広くなる。

 多少騒がしいくらいでは、ピクリともこなかった。


 とはいえ、成人男性として理想といえる聖夜を過ごす訳でもない。

 家に帰るなり適当にピザでも頼み、腹が膨れればゲーマー仲間の招集に応じて『スカベジア』を起動する。

 リア充がベッドの戦場で“愛棒”を景気よくぶっ放してる最中で、俺らも荒廃した戦場で“相棒”を景気よくぶっ放す。

 実に素敵な住み分けだ。闘争心が掻き立てられる。

 こうしてはいられない、早いところ帰ってフィールドストリップだ。

 などと下らぬ戯言を脳裏に浮かべながら、更に足を進める速度を上げる。


 ――大通りからだいぶ離れた所で、ふと羽音のようなものが聞こえた。


 空を見上げると、酷く見覚えのある赤い飛行ドローンが空を飛んでいる。

 ピザ宅配用の飛行ドローンだ。

 ショップから自宅までほぼ直線距離でピザを届けてくれる優れモノ。

 飛行の制御が少し甘く、着いたときには地味にピザが箱の隅に寄る欠点があるが、味品質には何の問題もなく、寧ろ冬場でも焼きたてアツアツを保つ故にピザ愛好家からは“アイドル”“天使”として親しまれている。

 寧ろピザが箱の隅っこに寄っちゃう問題そのものは、愛嬌としてなら非常に可愛く見えたりするものだ。騒ぐ連中は素人に過ぎない。

 その上、支払い処理のアナウンスガイダンスのCVが、とある人気声優である。

 由々しき事態である。

 これにより毎日のようにピザを頼む豚共が出現し、擬人化→スマホアプリ化→漫画化→フィギュア化→ドラマCD化→TVアニメ化を得て“宅配ドローンブーム”と呼ばれた社会現象に拍車をかけることとなったのは言うまでもない。

 いつになっても萌えという文化は強かった。


 それはそうとして。


 思えば、空を飛び交うドローンの数が多い。

 配達ドローンの本格採用がされたのは去年。初年のクリスマスシーズンでもそれなりに多くの配達ドローンが飛んでいたが、二年目となる今年はその三倍にも四倍にもなる数が飛んでいる気がする。

 物凄い数だ。保温ボックス込みでの荷物を軽々と運ぶ性能と優れた静音性を両立したこの系統のドローンは、それなりに高価なものではないだろうか。いや、それもこれも全て――


「――やっぱり、この景気だからかなぁ」


 どんな疑問もこれに集約。実に贅沢すぎる口癖である。

 家に付くまであと数分といった所、ちょうど宅配ドローンたちの飛行ルートがやや複雑になる地点で、ドローン同士がぶつかる事故が起きた。


「……あ〜らら」


 鈍い音を立てて衝突するピザドローンと、別会社のフライドチキンドローン。

 それぞれドローンのメーカーが違う為か、それぞれの軌道予測パターンが良くない方向に作用し衝突を招いたのかと瞬時に予想する。

 中のブツが悲惨な事になったとはいえ、これだけならまだ笑い話で済むのだが、どうやら更なる喜劇が幕開けとなってしまったらしい。

 それぞれのルートで後続するドローンが、事故現場のギリギリの所で安全装置が働いてしまい緊急待機状態に入ってしまう。

 唐突に減速すれば、最も荷重のかかる下の箇所――保温ボックスが振り子のようにスイングされてしまう形となり、絶妙な位置に陣取る前方のドローン、さらに言えばプロペラにクリーンヒット。

 大きく体制を崩した状態で、更に浮力を得る為の基幹部分まで揺さぶられたら、流石の最新技術の塊である配達ドローンも形無しである。

 よって墜落。

 十数にも及ぶ、ご馳走運びのプロが散り散りになり、きりもみ回転しながら高度を落としていったのだ。


「いやいやいや、えぇー?! こんな事ってあるぅ?!」


 ほぼ同時多発的に発生してしまった面白吃驚なピタゴラ装置を目の当たりにした俺は、流石に咄嗟の判断ができなくなっていた。

 それでも何とかスマートフォンを取り出し、デリバリーショップへ通報を入れる。

 オペレーターのお姉さん、モニタで観察して我を忘れて動揺したのが可愛かった。

 

 そんな事をしている間にも次々に事故は起きており、路上に次々とドローンが墜落。

 舗装にヒビでも入れかねない強い衝撃音が、現状の只ならぬ危険性を実感させてくれる。


「あれ、これひょっとしたら俺ヤバくね?」


 そう思った時にはもう遅かった。

 せめて回避行動は試みようと空を仰いだ時には既にドローンが迫ってきており、保温ボックスに描かれたピザチェーンのロゴが大々的に視界を占領していた。


「――マ゜ッ?!」


 頭蓋を砕かれる鈍い音。

 保温ボックスの重量が如何なものか、首に伝わる衝撃が懇切丁寧に物語る。

 俺は成す術も無く情けない声を上げながら、そのまま地面に即倒した。


(マジかよ……)


 色々言う事はあるだろうが、今の自分にはこの言葉しか出てこなかった。

 雪で服が濡れる前に身を起こそうとするも、背骨の辺りが鈍い痛みを主張するだけで動こうとしない。

 厳密に言えば指先が痙攣するだけだ。満足に動かすなんて出来そうになかった。

 どうやら、さっきのアレで脊髄を痛めたらしい。くそったれ!

 先程からどくどくと流れ出る額からの血が顔を濡らし、冬の夜風に冷やされて耐え難い寒さを感じている。


(このままじゃ、死ぬ!)


 何て無様な恰好なのだろうか。

 それでも俺は生存を賭け、目に血が流れ込むのも厭わず無理矢理開眼する。

 まず視界に映ったのはピザの箱。

 未だ続くドローン衝突が原因で、保温ボックスから零れ落ちたものだろう。

 そのピザボックスは憎たらしくも俺の真上で蓋を開け、奇しくも俺が最も好む生地とトッピングの組み合わせを見舞ってきたのだ。


「もぐぁ――熱ッぅ?!」


 窯から出して超特急で運んできたのだろう事が分かる。物凄く熱い。

 ピザが熱い事自体は、大のピザ好きである俺からしてみれば大歓迎なのだが、今は全然嬉しくない。

 堪らずピザを払い除けようとするも、脊髄を痛めているのか身体が言う事を効かず、ビクンビクンと不気味に痙攣しながら苦痛に耐えるしかなかった。

 ピザが顔面の穴という穴を塞ぎ、呼吸を妨げる。

 浴びる程ピザを食べたいという欲求を抱いた事はあるが、今ここに当時の自分がいたら同じ目に合わせてやりたい。

 ただただ苦痛だ。熱くて、苦しい。地獄の窯だ。

 灼熱のケチャップの海が俺を苦しめるのだ。

 助けてくれ。

 そんな俺の願いを何者かが叶えてくれたのか、次第に意識が遠くなっていく。


 ――遠くなる意識の向こう側で、目まぐるしく切り替わる景色が見えた。


 手を伸ばすか、止めてくれと願えばそこに到達できるのではという確信があった。

 逆に何も言わず静観すれば、このまま死ぬのだという現実も理解した。

 その死は永遠で、魂が水泡へと帰り、二度と生を享受できない真実も。


 おそらく、本能的だろう。

 ここぞと思った世界に手を伸ばす。

 同時に『ここだ』と叫んでみる。

 自分が無くなってしまうのが怖かったから。

 死そのものを恐れたから。

 そして何より――あんな死に方が納得できるもんかよ!!


 そんな心の叫びに呼応するかのように、俺の視界が。意識が。

 確かな手応えと共に何処かへ降り立った。


 何処かはわからない。

 もしかすると地球上ではない、何処か――例えば“異世界”だとか。

 それでもいい。ファンタジーでもスペースオペラでも。

 とにかく俺は転生を果たしたのだ。


 さてもう一度、精一杯に生きようじゃないか。

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