第26話 議会は解散され、結論は2か月後に

 春になるとアドリアーノ・ソベッティ首相は、議会下院を解散し総選挙の実施を表明した。


 春といっても、緯度の低い地中海沿岸のロンバルドでは、かなり暖かい。陽射しは強く気温も夜を除いて高いが、湿度の低いロンバルドのほとんどの地域では、さわやかな一日が続く。

 国の至る所で、ロンバルドの国花であるモクレン科の花、ロンバルド・マグノリアが咲きほこる。

 人々の気分もウキウキとしたものになる。特に祝日があるわけではないが、休みの日にはピクニックに行く人もおおい。仕事の欠勤が多くなるのもこの季節である。


 総選挙だが、ロンバルト王国は憲法の規定により、議会の解散などの手続きを行うならば、選挙日の2カ月ほど前に、議会解散と総選挙の開始を表明しなければならない。

 よって総選挙は、6月初旬に実施されることとなる。

 これもロンバルド王国憲法の規定により、議会解散後に総選挙の正式な日程は決定されるので、今は議会解散の日しか決定できない。

 ソベッティ首相は10月の議員任期の完了を待たずに、総選挙に打って出たのである。

 ロンバルド総選挙はロンバルド国内のみならず、国際的なニュースとなっていた。


「EUの有力加盟国、ロンバルドで総選挙」


「トランプ大統領誕生以降、初めてとなるヨーロッパ有力国での総選挙実施」


「トランプ現象はヨーロッパに波及するか」


 各メディアはソベッティ首相が議会解散を宣言した当日、特派員をロンバタックスに派遣し、大きく報じた。

 日本のテレビ局から派遣された特派員は、ロンバタックス旧市街にあるロンバルド国会議事堂の前から報じていた。


「ソベッティ首相が議会の解散を急いだのは、やはり極右政党の勢力伸長を警戒したのかもしれません。

 ここロンバルトでも、移民阻止、難民受け入れ拒否を公然と表明する、極右政党のロンバルド愛国者党が支持を伸ばしています。

 現在の読みでは、この総選挙でも数十議席は取れそうな勢いで、このまま10月の議員任期切れを待っていては、ますます極右の議席を増やすばかり。

 これを警戒して先手を打ったということかもしれません。」


 日本にスタジオにいるキャスターは質問を投げる。


「その、ロンバルド愛国者党ですが、現在のところロンバルド国民の支持はどうなんでしょうか。」


 テレビ画面は、ジーラ党首が演説している姿や、支持者に囲まれている映像に切り替わった。


「急速に支持を伸ばしていると言っていいと思います。

 こちらのメディアでは、総選挙が2カ月先ということもあり、100議席を超える議席も取れるのではないかと予想する向きもあります。

 ロンバルト議会下院の定数は399議席ですから、これだけの議席数を取ると、相当な勢力となります。」


 ここで特派員は言葉を切った。


「アメリカでトランプ大統領を誕生させた、いわゆるトランプ現象ですが、ここヨーロッパのロンバルドでも同様に排外的な政治的主張が支持を集めています。

 ロンバルド国民がどのような民意を示すのか、注目されます。」


 ここで日本のニュースキャスターが話題を引き取る。


「ありがとうございました。

 ヨーロッパのみならず、強硬な主張をする政治や政治家が支持を集めているのは、世界的な流れですが、特にこのロンバルドはトランプ大統領誕生から最初の、EUの有力加盟国での議会総選挙となります。

 注目されますね。」


 怜子はここでネットニュースの画面を切った。


 窓の外に目をやった。

 パラッツォ・ホールディングス本社ビルの怜子のオフィスの窓からは、旧市街をその中心に据えて、ロンバタックス市街地が広く見渡せる。

 ロンバルドの国土はもちろんこの市街地を超えて、地中海沿岸部を中心に広がっている。そこには六千万人の国民が住んでいる。

 あと2か月後、6月の初めには六千万人の民意が示される。

 こればかりはリド家の権勢をしてもどうにもならない。これが民主主義というものだ。その結果には、このロンバルドの経済を牛耳ると言われるパラッツォ社も従わないわけにはいかないのだ。

 その結果はリド家にとって喜ばしいものになるのだろうか。そして全国民が納得するものになるのだろうか。


 ジュリアが入って来た。いくつか玲子に質問したりアナウンスをしたりした後、にっこり微笑んだ。


「オペラのチケット、手に入れました。」


「よかったわね。」


「ボスが特別に1枚回してくれないからですよ。」


「ごめんなさい。もうリド家として押さえていたチケットは、招待客に配ったせいで、すっかり無くなってしまったのよ。

 あなたに回すチケットはもう無くて。」


 ジュリアは目を見開くジェスチャーをした。


「玲子様でもチケットがどうにもならないのなら、仕方ありませんね。

 私はネットで手に入れたんですが、すごい値段になってましたよ。もうロンバルド中がパラッツォのオペラの話題で持ちきりですよ。」


 ジュリアは笑いながら言っている。

 この娘にはロンバルド総選挙など、大したことでは無いのだろうか。彼女の交遊範囲では議会総選挙のことなど、話題にもなっていないのかもしれない。

 だからと言って玲子もオペラのことを忘れているわけではない。いや、仕事の内容からいえば、もっぱらオペラのことが中心になっている。

 オペラは総選挙の結果が出てから公演が行われる。この時期ならば、夜でもかなり暖かい季節になるからだ。


 「新エグモント」


 このオペラを気持ちよく鑑賞することが出来るだろうか。

 それとも、総選挙の結果によっては玲子は不快な気分で遺跡のオペラの座席に座ることになる。

 すべては2か月後に明らかになるはずだった。

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