第21話 極右政治家 ジーラ

「ソベッティ首相は不快そうだったわ。」


 玲子は帰りの車の中で隣に座ったエルベルトのほうを向いていた。少し責めるような口調になっている。


「ちょっと言い過ぎよ。兄さん。」


「ニイサン…。」


 エルベルトはこう呼ばれた時の口癖で、そう反すうした。


「俺が言ったことはすべて事実じゃないか。

 首相も自由党も我々がスポンサーであることよくわかってるはずだ。事実を言って何が悪い。」


「兄さん。私たちは自由党と首相のすべてを支配しているわけじゃないのよ。首相の言う通り、選挙で国民が意思を示したら、首相といえどもどうにもならないわ。」


「玲子。お前はどちらの味方なんだ。

 俺たちにしてみれば、今の政策を継続してもらわないといけない。それがパラッツォ社の利益であり、ロンバルド経済界すべての利益のはずだ。だからこそ今日こうして来たんだ。」


 困った表情をして玲子は口を閉じた。


「だが、あの調子では、移民政策の法制化は難しそうだな。首相もやる気がなさそうだった。

 現政権は極右が次の総選挙で政権を取る可能性について、何も危機感を抱いていないのか。ちょっとあの態度は驚きだった。」


「まだ極右政党、特にロンバルド愛国者党の支持率は一桁でとどまってるし、国民がそこまで極右に心を奪われるとは思っていないんじゃ。」


「こういう危機感は、俺たちのような経済人のほうが強いんだな。

 次の総選挙はいつだったかな。」


「この春か夏にも予定されているわ。議会の任期は秋の10月だし、少し早めに首相は解散して総選挙に出るとマスコミは予想してる。

 一番多い予想は6月初旬よ。」


「夏か。

 さっきソベッティ首相に聞けばよかったかな。もっとも首相がそんなことを教えてくれるとは思えないが。

 それまで極右がどこまで支持を伸ばすかだな。」


 エルベルトは窓の外に目をやった。

 車は旧市街を抜けていた。

 見事に整備された石造りの建物が並んでいた旧市街と違い、古い建物と新しい建物が混在している。


「今どこだ。」


 エルベルトは社内マイクを通して、運転手に尋ねた。


「ロンバタックス中央駅の近くです。」


 窓の外の通りは広くなり、車の数もかなり多くなっている。

 最近、鉄道を使わない玲子やエルベルトも、街のシンボルの一つであるロンバタックス中央駅の姿はよく知っている。

 その赤れんがと赤茶色に塗られた鉄骨で作られた、巨大なドームが見えてきた。

 赤れんがのドームが連続する建築は、19世紀に作られた鉄道建築の中でも傑作の一つとされていて、ロンバタックスの名所の一つにもなっている。

 その背後には方向を変えながら、駅ホームを覆うこれも巨大な鉄骨造りのドームが見え、さらにその向こうには、新市街の超高層ビルがそびえている。


 それらを眺めているうちに車がほとんど動かなくなった。


「嬉しくないな。渋滞か…」


「新市街のパラッツォ・ホールディングス本社ビルまでの、ここが一番の近道なんだけど。」


 エルベルトは苛立っているようではあったが、それでも運転手を責めるようなことはしなかった。そもそもこのロンバタックスの街のどこでも、車が混まない道路は無いことをよく解っているからだ。

 窓に顔をくっつけて玲子は前を覗いた。


「渋滞の原因はあれね。」


「何かあるのか。」


「デモよ。駅前に人が集まってる。プラカードもあるわ。」


 駅前にはかなりの人が集まっていた。何かの集会が開かれていたのだ。

 人々の間からプラカードが伸びている。デモと言っても動いておらず、駅の正面口で誰かが演説をしていて、それを聞いている感じである。

 その男はひときわ高くデモの群衆の中から見える。


「あの人、ジーラよ。」


 そう聞いて、エルベルトは玲子のほうに体を寄せて、同じく窓から玲子がジーラと呼んだ人物を探した。

 アレクサンドル・ジーラ。ロンバルド愛国者党の党首が遠目に見えた。

 直接目にするのは2人とも初めてだった。

 テレビで顔は知っているが、テレビの印象よりかなり大柄な人物のようだった。髭を生やし、ロンバルド人としては典型的な黒髪と浅黒い肌をしている。

 二人の車はゆっくりとデモの群衆の横を通り過ぎる。

 ジーラはマイク握って演説していた。


「ロンバルドの少女を犯したのは誰だ。アラブ人だ。イスラム教徒だ。」


「移民どもを叩き出せ。難民をこれ以上入れるな。」


 そうアジテーションしている。

 愛国者党の集会のようだった。少女連続レイプ事件を受けて、この集会を開いたのかもしれない。

 エルベルトはちらりと玲子を見た。


「今日は目立たない安い車で来てよかったな。俺たちがリド家の人間だとわかったら、奴は群衆に俺たちをリンチするようにアジったかもしれない。」


 怜子は返事をしないでそのままジーラを見ていた。

 無数のプラカードがジーラの姿を遮る。


「移民政策の変更を。」


「難民に自分たちの税金を使うな。」


「次の総選挙で、愛国者党の勝利を。」


 怜子は目を曇らせた。

 その中の一つのプラカードに目を奪われたからだ。


「移民を招き入れているパラッツォモータース。」


 怜子はジーラよりプラカードをじっと見ていた。

 いいようのない不安が心の中に沸き上がった。これからこの国に起きることを想像しないではいられなかったのだ。

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