第11話 エルベルトとベアトリーチェ夫妻
その後、エルベルトが自宅に帰りついたのは、パラッツォの正面ゲートをくぐってから7.8分も経ってからだった。広大なパラッツォの中では、移動するのにも時間がかかる。
エルベルトと妻のベアトリーチェが自宅にしているのは、「離宮」と呼ばれているパラッツォの中にある小さな建物である。
昔はその名のとおり王宮の庭園内にある離宮の一つだった。19世紀に作られた小ぶりの煉瓦造りの建物で、エンジ色の2階建てのうえに紺の屋根を載せている。
周囲は広大な芝生とフランス式庭園になっていて、怜子の住んでいる建物のように森に囲まれているわけではない。
その玄関にエルベルトは車を寄せた。
バトラーが近づいてきて何も言わずに車に乗り込み、ガレージに回送していった。
玄関から中にはいると、新しい住宅特有の建材の匂いが包み込む。この離宮はエルベルト夫婦が住むために、内部を大改装していた。そのためシックな外観とは別に、中はかなりモダンなインテリアになっている。
それはまた、エルベルトとベアトリーチェの結婚が、それほど昔のことではないことを物語ってもいた。
エルベルトは玄関脇の書斎に入り鞄を置くと、巨大な正面階段の脇に作られているエレベーターに乗った。
2階で降りると、目の前にベアトリーチェがいた。
何も言わずに眼だけで帰宅したことを告げた。…いや、告げたつもりだった。
ベアトリーチェも何も答えない。
2人は寝室にしている部屋に入る。
この寝室というのも、小さなリビングとクローゼットが付属していて、ここだけでちょっとしたマンションの一室程度の広さがある。
エルベルトは夫用のクローゼットに入り、来ていたビジネススーツを脱ぎ、パジャマとガウンに着替える。ベアトリーチェはその小さなリビングに立ったままだった。
この間、一度も2人は口を利かない。
エルベルトは妻に冷淡に接しているつもりはない。そもそも夫婦なのだから、意味もなくおしゃべりをする必要もない。そう考えていた。
一方のベアトリーチェは手持ちぶさたな様子でそこに立っていた。
彼女はふくらはぎまで届く室内用のワンピースを着ていた。そのままリビングの真ん中に立って、ソファーの背もたれをいじったりしている。
やがてエルベルトがクローゼットから出てきた。
「今日、怜子さんが帰ってくるそうよ。遅くなりそうだって。」
「そうか。」
これが2人が交わした帰宅して最初の会話だった。エレベーターの前で会ってから5分近くは経っている。
「怜子はうちのプライベートジェットを使っているんだろう。なら、いくら時間が遅くなっても、ロンバタックス空港には着けるはずだな。」
「オペラの話だけど、あちらの運営サイドと話しをしたそうよ。いい感触だったって。」
「そうか。」
ここで話が途切れた。
エルベルトはいつものように、リビングのコーヒーメーカーの前に立った。
帰宅するとすぐにコーヒーを飲むのが習慣になっていた。薄くして量も少ないので、カフェインが安眠を妨げることはない。
黙ったままエルベルトはコーヒーを作る作業をしていた。
ふとエルベルトは振り向いた。
「手伝わないのか。」
ベアトリーチェは何も言わなかった。
「プリンセスは夫といえども、些事の手伝いなどしないわけか。さすがは王女だな。」
何も言わないままベアトリーチェは歩みよって来た。しかし何をしたらいいのか解らなかった。
「そのコーヒーカップを取るんだ。皿と一緒に。」
ベアトリーチェは言われたとおりにした。
会話はそこまでで、エルベルトはコーヒーメーカーから注いだコーヒーを持って、ソファに腰を下ろした。
一口飲んでほっと溜息をつく。
ベアトリーチェはその対面に腰をおろした。
「何か言いたそうだな。」
「何故?」
「いや、そう思っただけだ。」
少しベアトリーチェは笑った。
「ヤッてほしいのか。」
エルベルトは続けた。
「セックスを求めてるんなら、はっきりそう言えよ。」
ベアトリーチェは立ち上がり両手を組んで天井を見上げた。
彼女は美しかった。もともと現王室は北欧系であった。輝くような髪は金色の風のようだった。それが今は後ろにまとめられている。その反面、黒い瞳はラテン系の血が混ざることを証明するように、ダイヤモンドのように輝いている。
エルベルトはニヤニヤと笑いながらそれを見ていた。
「ならそれを脱げ。裸になれば抱いてやる。」
あの高齢の秘書を思い出していた。
あの男は俺とベアトリーチェのセックスを想像して、今頃オナニーでもしているんだろう。だがこの王女とセックスできるのは俺だけだ。
そう思うと、エルベルトはますます興奮してきた。下半身が熱くなってくる。
「どうした。それを脱げ。…ストリッパーみたいにな。」
夫の卑猥な言葉を投げつけられたベアトリーチェは、表情をこわばらせて両手を胸の前で組んでいる。
そのせいで乳房が浮き上がってみえた。それを見たエルベルトはますますたまらなくなった。下半身に命ぜられるようにエルベルトは立ち上がって、ベアトリーチェに近づいた。
ベアトリーチェは思わず後ろに下がった。
かまわずエルベルトは妻に近づき両手で体を触り始めた。抱きしめることなく、まるで絡み付けるように手を動かし、胸元からその豊かな乳房に手を入れた。
今頃、この女のパンティの下ではぐっしょりとみだらな蜜が溢れ出している。
エルベルトは激しい性欲と優越感にひたっていた。
これが出来るのは俺だけだ。この国のプリンセスに迫り体を卑猥な手つきで撫でまわす。これが出来るのはこの国の上級国民のさらに最上級にいる自分のみなのだという思いに、エルベルトは言いようのない快感を覚えていた。
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