第十三夜 捜索

 新宿駅の地下は多くの路線が経由するだけあり、二十二時を越えても人が大勢いる。


 その人混みのなか、JR線の駅構内を一条は誘とともに歩いていた。啓との会話が長引き、ついでに西新宿周辺の調査と食事もしていたら、この時間になってしまったのだ。


 これから家に帰る人々と違い、一条の表情は固かった。それは誘も同じだ。普段の彼女の天真爛漫さは、鳴りを潜めている。


 山手線を目指しながら、一条は愚痴をこぼすように言った。


「予想はしていたが、まさか本当に成瀬啓が屍鬼だったとはな」


 啓と別れたあと、誘から聞いた報告に一条はそれほど驚かなかった。蓮司が彼に死相を視ている以上、その可能性も考えてはいたからだ。


 成瀬啓。彼はこれから死ぬ人間ではなく、すでに死んだ人間だった。


 誘は頷き、僅かに憂いのにじむ顔で言った。


「しかも神祇省ではなく、在野の呪術師が造り出した屍鬼ですからね。それなら、綾人君が判別出来なかったのもわかります」


 屍法曼荼羅以外で生まれた屍鬼は、普通の呪術師に判別するのは難しい。


 呪術師は死相持ちの過去や未来を見分けているわけではない。曼荼羅の機能のひとつに、呪術師に死相持ちの存在を知らせる機能があるのだ。


 だから、一条や綾人には啓が屍鬼だとわからず、誘にだけ彼の正体を見破ることが出来た。


 彼女は屍鬼造りの大家、紫堂家が造り出した特別な屍鬼だ。


 ある意味では、屍鬼たちの姫とすらいえる存在だ。


 その彼女が、成瀬啓を屍鬼と定めたなら、これ以上の判断材料はない。


 そして啓が屍鬼だと判明したこと、昼間、和泉から聞いていた情報でわかったことがある。


 蓮司の眼に未来は視えない。彼に視えるのは過去だけだ。


 呪術師たちは、怪異によって死に、屍鬼として蘇った人間を死相持ちと呼ぶ。例外がない限り、死相持ちは必ず二週間以内には死ぬ。それ以上、屍鬼を動かすために霊力を供給するのは負担になるためだ。彼らはあくまで怪異による死を隠すために生まれた存在でしかない。


 その死相持ちの体に、かつての死因を視たことで、蓮司は自分が将来死ぬ人間を判別出来ると勘違いした。屍法曼荼羅のシステムを知らなければ、人が仮初めとはいえ生き返るなど想像する筈もない。彼の勘違いは、ある意味で当然と言えた。


「けど、蓮司君には申し訳ないです。屍魂の術は、あくまで死体をもとに新しい命を生む術。死者蘇生ではありませんからね。彼がいま兄と思っているのは、あくまでお兄さんを再現しただけの屍鬼です。これでは助けようがありません」


「問題は誰がそんな馬鹿な真似をしたかだ。まだ目的はわからないが、少なくともこれで捜査局の力も頼れる。神祇省の許可のない人間素体の屍鬼造りは罰せられるからな」


 屍魂の術にも、獣の死体や土塊を用いたりとその製法は様々だ。だがそのなかでも、人間を素材にした屍鬼は、神祇省の認可がない限り造ってはならないとされている。人間を素材にする以上、必ず何処かで減る死体が存在するからだ。


 特に日本では、呪術に関わりのある病院以外で死体を手に入れるのは難しい。そのため、術

者が死体を何処で手に入れたか、国内に保存された死体の帳尻が合うかを確認するためにも、神祇省は人間素体の屍鬼の実験には特に慎重だ。


 そうした考えを纏めていると、思考に割り込むようにして綾人からの念話が入った。


 その内容に驚き、一条は思わず立ち止まる。


「誘、綾人から」


「はい。わたしの方にも連絡が来ました。また、あの怪異が現れたと」


 一条たちは、急ぎ総武線へと向かい、綾人たちのいる千駄ヶ谷を目指した。



 千駄ヶ谷の公園に着いたときには、綾人たちは蓮司とはぐれたあとだった。


 彼を見失ったあと、だいぶ捜し回ったのか、綾人は疲れた様子でベンチに座り、和泉も疲労の溜まる顔つきで腕を組んでいる。


 ここに来るまでの経緯を聞き終えると、一条は思わず煙草を吸いたくなった。だが禁煙のせいで煙草は一本もない。仕方なく禁煙飴を口に入れ、それをガリガリと噛み砕いて呑み込んだ。


「つまりこういうことか。発生した怪異に対抗したが、対処しきれずに一緒にいた女の子が死亡。その子が屍鬼になる所を見られ、蓮司は切れてその子を追い、そのまま行方知らず。俺たちが来るまでにあいつを捜し続けたが、何故かあいつとの縁が切られてて居場所を掴むことが出来ないと」あまりのことに、一条はため息を吐いた。


 和泉が申し訳なさそうに言った。


「ごめんなさい。こういうことにならないよう、あたしが着いていたのに」


「まったくだ、と言いたいとこだが、たぶんタイミングを見計らわれてたな」


 蓮司との縁を切られたのは、綾人が彼を見失った直後だ。恐らく、ずっと相手は蓮司を監視していた。もう少し警戒すべきだったと一条は後悔した。


 綾人が思い詰めたように顔を両手で覆った。


「これなら暗示をかけてでも誤摩化せば良かった。もしも蓮司君が殺されたりしたら……」


「綾人君、落ち着いてください。少なくとも、今すぐ蓮司君がどうこうされることはないと思います。それなら、わざわざ縁を完全に断たなくても、幾らでも方法はありますから。多分、蓮司君の殺害ではなく、確保が目的だったのではないかと」


「だとすれば、多分目的は蓮司の眼だな。あいつの眼は犯罪をする側からしてみれば相当に厄介だ。なにせ縁を切られても、過去を視られることで直接犯人を見つけ出せちまうんだからな。綾人から見ても、相当に精度が高い過去視なんだろ?」


「うん。視界を共有したけど、あんなにくっきり視えるとは思わなかった。所々フィルターかけられて視えないところもあったけど、あの分ならまだ成長途中だから、いずれは視えていたと思うよ。蓮司君、屍法曼荼羅で生まれた死相持ちも見分けられるし」


 屍法曼荼羅で生まれた屍鬼にも、蓮司のような超能力者に気付かれないために認識操作のフィルターがかけられている。蓮司が屍鬼の体に、死因となった傷が視えたのは、フィルターが影響して歪んだ形で過去が視えたからだろう。


 ともかく、いつまでも話し込んではいられない。蓮司を助けなければ。


 一条は右腕の修祓印に霊力を込めた。修祓印で、曼荼羅の機能の一端を使用する。


 周囲に、白い無面を被った人型の影が幾つも現れる。


 全て霊体で、一般の人間には視えないものだ。これら無面と呼ばれる式神は、元は街中に漂っていた死霊を、屍法曼荼羅の力で呪術師が利用出来る式神に変えたものだ。


 特級の修祓資格を持つ一条の修祓印は、神祇省からの霊力供給だけでなく、本来は神祇省の職員しか使えない無面も利用出来る。


 一条が顎で指示すると、無面たちは散り散りに街中へと消えた。


「蓮司を見失ってから、さほど時間は経ってない。まだ近くにいる可能性もある。捜すぞ」

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