銃と剣 14

 その瞬間、ここに来た時のように颯太は眩しい光に目が眩み、思わず強く瞳を閉じた。

 一体何が? なんて、もう思わない。

 今日で一体何回体験したと思っているのだ。

 そう思っているのもつかの間、聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「お疲れ様でした。ログアウト処理完了です」


 ナビ子? そこに、ナビ子がいるのか?

 颯太はうっすらと目を開ける。

 もし近くにいるなら、文句の一つや二つと考えていたのに、颯太の前にあるのはカラクリ時計。

 ログインは長時間なのに、ログアウトは一瞬だなんて、何だが解せないな。颯太はそう思いながら周りを見渡す。

 彼の耳には人混みの音、車の音が聞こえてくる。辺りはすっかり暗くなり、人も車も彩り豊かな光を交えて道を行きかっている。


「……戻って来たのか?」


 いつもと変わらない風景。颯太がいた『世界』。彼がいた、名古屋がそこにはあった。

 しかし不思議な事に、山犬に壊されたはずの信号機だって標識だって、何処も壊れてはいない。

 あれは、あのゲームは夢だったのか……?

 もし、夢でなければ、突然現れた颯太に人々は驚くはずだ。しかしながら、颯太の姿を見ても驚く人は誰一人いない。

 足元には無くなったはずの自分の荷物。

 手には、携帯。

 そして……。


「っ!?」


 今までに体験したことがない激しい痛みが颯太の右手の甲に走る。

 一体何が!?

 颯太は慌てて自分の右手の甲を見る。そこには赤い一本の蚯蚓腫れが、あの大鎌女の大鎌に切られた箇所に。

 

「夢じゃない……」


 それは綺麗に生々しく、あの『異世界』の跡があるのだ。

 アレは夢じゃない。

 颯太はごくりと生唾を飲み込む。

 確かに、あった。

 あの、世界が。ゲームの世界が。ここ名古屋に似た、『異世界』が。

 あれは、夢でも何でもない。現実だったのだ。一体何がどうして、どうなっているんだ。

 

「俺の、現実なんだ……」


 不思議な体験、その一言で終わらせていいものではない。

 一体、あの世界は何なんだ。

 現在の技術では成し得ない、あの体験は一体!?

 この時ばかりは、現実世界に戻ってこれた安堵からなのか冷静に物事を考えられた。興味がないとは言っていたが、あの不思議な世界での体験は嘘ではないとわかれば、追及したいと願うのが人の性だろう。

 もう、颯太の中には、颯太を騙した錦城の女子生徒の事など頭の何に何一つなかった。彼女はもう、颯太の周りには何処にもいない。その事実さえ、颯太には興味がない。

 一体、彼女は何処へ行ったのやら。

 しかし、颯太はそれどころではなさそうだ。もう一度あの世界にと思って携帯を操作すれば、電源切れのマーク。

 

「充電、半分以上あったのに!?」

 

 生憎、充電器は今日持ち合わせていない。

 コンビニで充電器を買ってみるか? その後、ここにまた入りに来る?

 しかし、Fはこう言った。

 

『明日の同じ時間の同じ場所でログインしておいで』


 と。その時、全てを説明してくれると。ならば、きっと、今ログインしても彼女からは何も聞けない可能性が高い。

 

「……」

 

 颯太はため息をついて、携帯をポケットの中へしまう。

 帰ろう。今、どうこうと行動を起こすのは得策ではない。

 そう思い、颯太は鞄を掴んで家路に向かう。

 もう手の甲に痛みはない。痛みはあの一瞬。ただし、もう二度と感じたくない程の痛みだった。

 ゲームなのに。ゲームなのにあれだけの痛み?

 これが体験型の意味?

 彼女が言うリスクはこれなのか?

 本当に、あのゲームは一体何なのだろうか。

 そんな颯太の姿を、顔を抑えた黒い制服の女が遠くから睨み付けているのを彼はまだしらない。

 それが、彼に声を掛けた可愛らしい少女の変わり果ててしまった姿だと言う事も。


「ドブネズミの癖に……っ! 次こそ首を、狩ってやる……っ」


 唸る様に上げた彼女の声は夜の街に吸い込まれる。

 山犬の啼く声など、彼の耳には届かない。

 

 

 

 非日常を体験してきたはずだと言うのに、家に帰れば当たり前の様な日常が待っていた。颯太は母親の小言を聞きながらぼんやりとテレビを見て、夕食を口へ運ぶ。携帯は自分の部屋に置いてきた。電源のつかない携帯は、充電中。

 誰かから連絡が来るかよりも、颯太の脳内はあのゲームの事で一杯だ。

 あの天使、ナビ子が言った言葉。


『正式に登録させて頂きました。次からは認証が失敗しましても、ゲストアカウントでは無い為、破棄はありませんのでご安心して、様々な場所からのアクセスをお試しくださいませ』


 あの言葉の意味を考える。

 テレビの音など、今の颯太にはそよ風の音よりも耳に入らないだろう。

 Fの言う通り、幸か不幸か、颯太はなにかしら条件のある初回ログインを見事クリアし、アカウントの本登録がされてしまった。もし、失敗していたら、二度と入ることもなく、あの世界を知ることもなく颯太は今日の夕飯を食べていたことだろう。

 あの言い方、ログイン場所は決まっていると言うことか? あのからくり時計前以外でも、ログイン場所が用意されている。どう聞いてもそう言う意味を含んだ言い方である。また、本登録を済ませた後では、ログインが失敗してもアカウントの破棄はない。

 

「ごっそうさんでした」

 

 颯太はさっさと夕飯を片ずけ、携帯の待つ自室へ戻る。

 携帯はようやく電源が付けれる状態になっており、子供の頃、親友と作った秘密基地の秘密の番号を入力する。

 ゲーム内では動かなかった携帯は、嘘のようにサクサクと動き、あの女の子が送ってくれたメールを開いた。

 送信元のメールは後で調べたら使い捨てのメールアドレスだと知ることが出来た。ここまでこれば、やはり彼女も山犬とグルだったと認めざる得ない。

 でも、これでわかった。夢にするにも魔法にするにも、現実世界で起きた事は、全て現実世界の理を踏んでいる。メールもそうだ。不思議な力であのアドレスに颯太がアクセスしたわけではない。

 となると、このメールは現実世界のるルールに則ったメールなのだ。

 アドレスが載っているメール変わらずにそこにある。消す方法も、残す方法も、現実世界のメールと同じと言う訳だ。

 颯太は深い深呼吸をして、少しだけ震える手で、あの世界へのアドレスをタップした。

 しかし、結果は何も起きない。まるで、あの夕方の出来事が嘘だという様に、何一つ。本当に、あれは夢だったのか? そんな気にさえなってくる程だ。しかし、手の蚯蚓腫れは未だそこにあり、心底ぞっとする記臆は未だ思い出しただけで彼の身体は震えを覚える。

 夢にしたい気持ち半分、冷静な判断半分で、我が家はあのゲームへのログイン位置ではないのかと結論づけて、今日は辞めだと颯太は携帯をベッドに放り投げた。

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