銃と剣 13
「同じ場所……」
「そう。待っててあげる。光栄に思ってよね」
そう言って、少女は颯太のネクタイから手を放し、ふふふと笑った。
「漸く意味が分かったって顔してる」
「恥ずかしながら……」
少女の言葉に、颯太は頬を軽く掻く。
「ゲームの世界。ログイン、ログアウトが自由に出来る世界。この世界に来ることも来ない事も、俺の自由ってわけですね」
「そう。いくら私が味方へと誘った所で、この場所で地位を持っている人間であったて、君自身がこの世界に入ってこなければ意味がないじゃない」
「ログインしない人間は、敵にも味方にも成り得ない人間」
「そう。なのに、私達の情報を知ってる。大分厄介だと思わない?」
確かに。同意を込めて彼は少女の言葉に頷いた。
「情報も何も渡してない今、君を必死にこの世界に繋ぎ止める理由もないし、私が君の決定に口を出す権利もない。だから、もう一度ここにくるかは君が決めなさい」
だからこその、情報規制だ。
だからこその、情報提示だ。
「取りあえず、君は一度帰ってゆっくりこのゲームの事を考えみて。親がいない君は、自分が考えるほかないんだから」
「はい……」
少女の言葉に颯太が頷く。
取りあえずは、今日の所は帰るしか選択肢はなさそうだ。
ここにいる理由も必要もないのだから。
「あ、でも、戻る方法なんて俺、知らないんだけど……」
そう言えばと、思い出したように颯太が言えば少女は呆れた様にため息を吐く。
ため息を吐かれたところで、仕方がないだろうに。
ここに来たのも突然ならば、帰れと言われるのも突然過ぎるのだ。
「そう言えば、ログアウトの方法を私に聞いてたんだっけ」
「メニューバーとか、ゲームみたいにあるかなって思ったんっすけど、何処にもなくて」
「このゲーム、そう言う処は酷くアナログだから、メニューバーとか、ポーズボタンとかないから。ゲームはゲームでもサバゲーとか、リアルで体動かすゲームだと思ってた方がいいかも」
ポーズボタン。
サバゲー。
少女の発した単語に颯太は目だけを動かし、頭の中で復唱する。
それが、珍しいのか、おかしいのか。
「なにも聞いてないんだね。本当に、ここのナビ子は仕事しないんだからさ。ソロプレイヤーはどうしろっての。携帯、持ってるよね。出してくれる?」
少女に言われるがまま、颯太は携帯をポケットから出し彼女へ差し出した。
「私に渡さなくていいから自分で操作してみて」
「どんな操作を?」
「そうね。取りあえずは、ホームだったり、メニューだったりに戻れる?」
画面には、あの騙した女から送られてきたメールが表示されているまま。この世界にと来た時と変わっていない。
早くこんな厄まみれの画面とおさらばしたいとばかりに、颯太はホームボタンを押す。
「……あれ?」
「どうしたの?」
どれだけ、ホームボタンを押しても、画面は切り替わらない。
どうやら、フリーズしている様だ。
「画面が変わらねぇ……。フリーズしたのかな? ちょっと待ってて下さい。電源消してみますね」
そう言って、颯太は携帯電話の電源ボタンを長押ししてみるが、どれだけ経っても画面は黒くならず、画面は明るくそのままだ。
「え? 嘘。これ、壊れた?」
折角高校に入って買って貰ったばかりなのに?
「あはは。大丈夫。それが普通だから気を落とさないでよ。このゲーム内にいる時は、このアドレスが表示されたままになってて、他の機能は使えないの」
「え? 何も?」
「そう。ここでは携帯は携帯として機能してないわけ。そうだなぁ、携帯が簡易メニューバーだと思ってくれていいかも。ログアウトは、一度さっきの山犬みたいに倒されるか、ここのアドレスに再度アクセスすれば戻れる仕組みになってるの」
思いのほか、実に簡単で単純なログアウト方法だ。
これが簡易メニューバー。ログアウトの機能しかないと言うのは物悲しい。
「あ、あとそれと、もしこの世界にもう一度くるのなら正体がばれない様にした方がいいよ。せめて、顔を隠して、制服は脱ぎなさい? 名成付属高校の一年六組、志賀颯太君」
「……何で?」
名乗ってもないのに、何で俺の名前を? 颯太は眉を顰めるが、その様子に少女は肩を揺らして少し笑う。
「これは対人型ゲームなんだから。顔や身元がバレれば、アホで弱い奴らは武器のないリアルで狩ろうとする。自己防衛の意味も兼ての助言だよ」
「いや、そっちじゃなくて、名前! どうして俺の名前知ってんですか!?」
むしろ、疑問はそこにしかないない。
まさか、これも魔法の一種じゃ……。そう、颯太は少女を睨む。
しかし、答えは実に単純明快。
「はい。生徒手帳」
そう言って、少女は笑顔で颯太の生徒手帳を顔の前に持っていく。
確かにそこには、高校名と名前と学年組が書かれていた。
種も仕掛けも、ありすぎる。
「いつの間に……」
「落としてたよ」
「……あざっす」
「そう言うのも不用心だし、不注意だよね。いらないものはなるべく持ってこない方がいいよ。荷物は手に持っている物と、肌から五センチ以内のものしかこの世界に持ち込めないの。少しでもオーバーすれば、即運営側に回収されてログアウトまで手元に戻ってこないから、服とか持ってきたい場合は抱きしめたりしてログインしなよ。着替えたいとかあれば、ログイン時のロード時間が大体五分ぐらいあるから、そこで顔隠したり、制服脱いでおいでね。脱いだ服はこの世界に着く前に運用に回収さるから心配はないよ」
「へ……?」
……なんだそのルールは。
「君何処か抜けてるからさ。何かの手違いで、この世界にまたログインしそうだもん。だから、少しだけ情報と言うよりも、警告かな?」
ふふと笑う少女には悪いが、彼女の読みは大きく的を外している。この時点で、颯太はこのゲームへの関心は完全に薄れていたのだ。
少女風に言うならば、いくつか理由はある。
一つ、銃の弾も補充出来ない。
一つ、殺されるのが、本当に怖くてちびるかと思った。
一つ、ルールや制限が複雑すぎて覚えきる自信もないく、この緊張感を維持したまま思考を働かせ続ける自信もない。
そして、最後の一つ。変装も面倒くさけば、リアルで狩られる意味がわからない。
つまり、このゲームはどう考えてもハイリスク過ぎるのだ。考えるまでもない。
「じゃ、さっさとログアウトしな。そろそろ他のうちのメンバーもここに集まってくるし。人に顔を見せていい事なんて一つもないから早く逃げた方がいい」
「あ、はい。えっと、いろいろとありがとうございました。えっと……」
「えふ」
彼女はにっこりと笑って手を上げる。
「私はこの矢場町地区の総括クランPIOの『F』だよ、颯太君」
「……F、さん」
「私の情報。今回だけ特別だよ」
そう囁くと、Fはえいっと、颯太の携帯に表示されているURLを押す。
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