銃と剣 7
叫び声も終わらぬうちに、颯太の体は上へ上へと投げ出された。
急に視界が大きく光る。
光に呼ばれ目を開ければ、そこは先ほどの場所。からくり時計の前である。
「……え?」
夕日に赤く照らされた歩道橋。
交差点のいつもの見慣れたとんかつ屋にパチンコ屋の看板。
交差点の信号は赤く、見慣れた文字で『矢場町』と書かれていた。
「矢場の、俺がいた、交差点……、だよな? ここ……」
それなのに、誰も居ない。
車もない。辺りを見渡しても、誰一人いない。これだけの広く大きい交差点なのに、無音の世界がそこにはあった。
「なんだよ、これ……」
颯太は呆然とただ、その風景を見ていた。
彼女はゲームだと言っていた。
完全対人体験型選別ゲーム。
だけど、そこは颯太が考えていた以上に、いや、颯太の知るゲームとは大きく異なった『現実世界』が用意されているのだ。
「あ、鞄……っ!!」
そう言えば、落ちた時、俺鞄どうしたってけ?
そう思い出して颯太は周りを見渡すが、財布やらが入った鞄は、今は何処を見ても自分の近くには落ちていない。
どう言う事なのだ。どうなっているのだ。鞄が落ちていないと言う事は、すなわち、自分だけがあの世界から文字通り切り離された事になる。
他に持ち物はと確認してみると、手に持っているのは携帯電話のみ。そして……。
「……銃だ」
腰には二挺のハンドガン。
ナビ子が言っていた通り、ハンドガンが颯太に用意されているではないか。
思わず颯太は頭を手で押さえた。頭痛がするわけでもない。ただのボースだ。だけど、ポーズでも、アピールだけでも、今まさに自分を監視しているかもしれないナビ子にへの当てつけにはなる事だろう。
まだ、現実が受け止めていない以前に、現状が分かっていない。
「はぁ……。取りあえず、ここはゲームの世界だよな。ログインして、キャラメイキングが完了し、ローディング画面が終わった後。つまりゲームが開始された始まりの地、だよな?」
現実世界に瓜二つだが、ここはナビ子の言う、ゲームの世界。それはわかる。どれだけリアルに出来ていも、受け止めようと、颯太は唸るように呟く。
どうやら彼は、今の現状を自分なりに少しずつ分析を始めるらしい。
「で、キャラメイキングで俺が騙されて選ばされた銃」
腰のハンドガンに颯太は手を伸ばす。
勿論、本物など触った事はないのだが、多分本物と同じ造りなのだろう。
デフォルメされているわけでもなく、軽いわけでもない。
ずっしりとした重みと、鉄の冷たさが手から伝わってくる。
「思った以上に銃だな」
即ちそれは、この世界がどれ程のリアルさを求めているかの基準となる。
弾だって、ドラマで見た事がある弾丸。
「弾は、一つに十五。あー、結構このゲームケチだな」
少しぐらい、おまけしてくれてもいいと思うんだけど。初回ログインにサービスつけないなんて、今頃どのアプリゲームでもないと颯太は肩を竦めた。
「他の物も特になし……。マジで初回ログイン記念なんもなしかよ」
服装だって、制服のままだ。防具的なものは一切ない。
武器がこれだけ精巧に作られているとなると、ダメージも威力も、精確である事は簡単に予想できる。
まさか銃だけがこんなに精密とか? 剣はポリゴンの剣になっていたりするの?
自分で浮かんだ言葉を、颯太は鼻で笑って蹴散らした。
そんな事、あるはずがない。
銃がこれだけ精密ならば、剣だって何だって、果てはハムスターだってリアルを追求した造りになっている事だろう。
「ははは……」
これだけリアルを忠実に再現した完全対人体験型選別ゲーム?
どんな『対人戦』かを想像するだけで乾いた笑いが颯太から零れ落ちる。
最悪だろう。
最低だろう。
しかし、だ。
まだここはどん底ではない。
彼には、もっともっと、下が用意されている。
「冗談じゃない。ログアウトの方法をさっさとこの世界からの脱出を考えるべきだろ」
颯太は自分の視界の周りをくまなく探す。
これがゲーム、ネットゲームであるならば、何処かにメニューバーがあっても可笑しくはない。
または、非活性ボタンとか。
しかし、残念。このゲームは体験ゲームだ。メニュバーなんてものはない。
「クソっ。ログアウトする方法は……」
颯太が手あり次第、周りにあるものを物色しようとしたその瞬間、何処かで覚えた吐き気が込み上げてくる。
これは、一体……。そんな悠長な事など思っている暇などないぐらい。彼はすぐさま体を動かした。
彼は振り返る。
あと、一秒でも遅かったらなんて考えたら、ゾッとするよ。
「なっ!」
言葉と同時に本能的に颯太の体が前に動いた。
後ろには、得体のしれない大鎌を持っている女が一人。颯太に向かって鎌を振り上げていたのだ。
「何なんだよっ!」
飛び出した颯太の体は、いつもの自分の身体だとは思えないほど、軽く長い距離を飛んだ。普通に飛んだ距離の約二、三倍の距離である。
しかし、その事に驚く余裕は何処にも無い。
女が大鎌を振り下げた瞬間、颯太の後ろにあった、信号機と矢場町と書かれた標識が二つに引き裂かれ、凄まじい音とともに、道路に落ちる。
もし、あの場で振り返っていなければ。
もし、あの場で本能に任せて体を動かしていなければ。
きっと、信号機と標識は颯太になっていた事だろうに。
嘘だろ。音だけで、颯太とっては何が起こったかを理解するには十分過ぎた。
しかし、まだまだ颯太にはその様子を目で見る余裕など何処にもない。
女はまた、一瞬にして颯太に距離を詰める。
いや、これは本当に女なのだろうか。
顔は、『犬』と書かれた白い布で隠れており、判断がつかない。体には鮮やかな赤色の着物を羽織り、その端からちらりと黒いスカートが見えるだけだ。
最早人間なのかどうかも怪しい処である。
「お前、誰だよっ!」
しかし、答える声など何処にも無い。
返事の代わりなのか、彼女からは大鎌が降ってくる。
颯太の足は早いが、大鎌の彼女も早い。それは、颯太以上に。
いや、一つ訂正させて欲しい。実際の純粋な駆けっこならば颯太の方が大分早い事だろう。ただ、彼女はこの世界での自分の動きを熟知しているのだ。
ただ、がむしゃらに走った所で距離は詰められない事を彼女は知っている。
跳ねるように飛んだ方が、距離は稼げる事を彼女は良く、知っているのだ。
「嘘、だろっ?」
本日、何度目の目を疑う、いや。信じたくない光景か。
颯太の横に、大鎌の彼女が並んだのだ。
しかし、これが今の颯太の『現実』である。
信じたくない、ではない。大鎌の攻撃を避けなければ、自分が信号達の様に真っ二つだ。
無我夢中で、彼女の払った大鎌をギリギリで避けるが、彼の右手にぬるりと生暖かい感覚が走る。
「っ!」
何なんだと、顔を下ろせば、右手の甲から血が滴っているではないか。
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