4-8. 竜殺し(スレイヤー)

 フィルは獣ではなく、王の特殊な兵士たちを観察している。巨大な銛のようなものが、発射台に備え付けられているのが見えた。遠目には大砲のように見える。


「……用意! ……ねらえ!」


 「……撃て!」号令とともに、破裂する銛が撃ち込まれ、フルードラクの肩口に命中した。


 ――ギィィィィィァァァァァ!

 フルードラクは、花弁のように口を丸く開き、甲高い鳴き声をあげた。彼らは群生する生物で、感覚の一部を全体が共有する。見たところ五体ほどがひとつの群れをなしており、八枚の細い翼と、走枝ランナーを触手のように動かし、逃げまわろうとしていた。翼がぶつかり、残っていた木がなぎ倒された。


(――新しい捕竜銃ボムランスか!?)フィルは驚嘆した。(大きさと爆発力もそうだが、命中精度がかなり高まっているようだ)

捕竜砲ハープーンだ」

 フィルの心中を見通したかのように、ガエネイスが言った。



 上空では、古竜たちが落ち着きをなくし、翼をはげしく打ち鳴らして威嚇をはじめた。

〔何? 何? 何?〕

〔火、破裂する、炎の、炸薬の!〕


〔ルル! 大丈夫よ!〕

〔パルシファル! 落ち着け! 威嚇をやめろ!〕

 竜騎手の二人は、それぞれの竜を〈ばい〉でなだめた。


〔あれは……いったい全体、なんなんだ!?〕

 エサル公が叫んだ。〔爆発する大銛? あんなもの、直撃したら古竜でも身動きが取れんぞ!〕

 

小型の銃ショルダーガンもある……あんな武器があるなんて〕

〔ガエネイスは新兵器の開発に力を入れていると聞いていたが、ここまでとは……〕

 王と王佐は、眼下で繰りひろげられる狩りを、固唾をのんで見守った。



「当たったな! 見事だ!」

 ガエネイスは狩りの興奮で、上機嫌に手を打ち鳴らした。

「いかが見る、わが軍師よ?」

「被弾箇所の出血が少なすぎます」フィルが冷静に答えた。「……おそらく、銛が内部にまで届いていないんでしょう」


「うむ、うむ。貴殿は銃火器にも精通しておるな。……レイヴン? おまえはどう思う? 新しい捕竜銃ボムランスは?」

 呼びかけられた指揮官は、騎兵のジャケットにいくつも戦時勲章を下げている。

「弾頭の火薬は従来の倍、込めてあります……体内で炸裂したときの威力は貴重なデータになりますね」

「然り」

 フィルはなにげない顔をして、それらの情報を聞いていた。の名前が出るかと思ったが、さすがに軍事機密なのか、口に出されることはなかった。だが、フィルは兵器開発者の名前をすでに知っている。


「さて、フィルバート」王は、爆発の炎であかるく照らされた顔をこちらへ向けた。

「竜殺しの腕、とくと見せてもらおうか」


(やはり、来たか)

 フィルはほとんど逡巡を見せず、うなずいた。

 兵士の一人に命じる。

「フルードラクの後ろ、十一時の方向にある尖塔に、滑車鉤フックを撃ってくれ」

「了解しました、サー」


 捕竜銃ボムランスの威力を確認するいい機会だと思ったが、慣れない武器で仕損じるリスクもある。用心して、マスケット銃を借りた。

 フィルバートはマスケット銃を抱え、発火装置が安全な位置にあることを確かめて、撃鉄を半分起こした。慣れた手つきで火薬包を取り出し、口にくわえ、端を噛み切る。鉛の味で、ヴァデックの戦闘を思い出した。


 往事を思い出し、唱える。「『剣こそわが安寧の祖国』」

(……いや、『銃こそ』と言うべきか? この場合)


(あれは示威行動だ)走り出しながら、そう思う。(竜王リアナへの、いつでも古竜を殺せるという軍事的な威嚇。……それに、新兵器の試運転も兼ねている)

 そして、いま試されているのは、フィルバート自身だった。


(かまうものか)


 自分にできることは、戦うことだけ。殺すことだけだ。


 滑車鉤フックを自在にあつかい、尖塔を駆けあがっていく。その尋常ではない身体能力に、アエディクラの兵士たちが息をのんだ。一気に頂上まで達し、そのままの勢いでフルードラクに向かって飛び下りる。


「――フィル!」リアナは上空から叫んだ。

 もし、〈ばい〉の絆が彼と結ばれていたら、いまここで彼に届くのに。そのことが、いつになく歯がゆい。

「フィル危ない――」

「フィルバート卿なら心配ない」エサル公が言った。「フルードラクごときに引けはとらん。だてに〈竜殺し〉とは呼ばれていない」

「なんという武器、なんという力」イーサー公子がぼう然と呟いた。



 ガエネイス王はフィルとの会話を思い出している。


「腹部が弱点だという話は本当か?」

「はい」椅子に腰かけた王に茶を入れながら、フィルが答える。茶器を温め、ポットに手を当てて温度を確かめた。適温だ。

「深い溝を掘って隠れ、そこから竜の腹を突き刺して殺したものがいます」

「炎はどうする」

「毛皮の防護服を作って、それをタールにひたします」

「なかなか悲愴な眺めだろうな、家臣たちがひきつけを起こすほど笑うだろうが」王は面白がった。「おまえもそれを着たのか?」

「いいえ。炎に巻き込まれる前に倒しますから」フィルはこともなげに言った。茶器が静かに音を立て、紅茶がゆたかに香った。

「して、槍を使うのか? それとも剣を? どうやって捕縛する?」

「剣を使いました。竜を殺したときは……道具を用意する余裕はありませんでしたので」

 フィルバートが淹れた茶の香りを愉しみ、王はその茶の中身に目を落とした。

「溝もなく、防護服もなく、槍も銛もなく、か。なにごともないかのように言いおる」



 そしていま、〈竜殺し〉フィルバート・スターバウが、異形の害獣を打ち倒そうとしていた。大銛の刺さった場所から血を流し、くすぶる火炎に身をよじらせている。

 飛び降りざまに、空中でマスケット銃を放つ。一頭の首の付け根あたりに着弾。身をよじらせた一頭につられ、残りの四頭が歯の生えた口のような頭部をいっせいにめぐらせる。空中で態勢を崩しながらも、銃剣で刺して身体を固定しようとする。が、細い走枝ランナーの一本がフィルの足をつかんで振りまわし、あらぬ方向へと投げた。フィルは口にあたる部分のへりになんとか手をかけ、歯を足場にして姿勢を整えた。〈大喰らいグラトニー〉を抜いて構える。


 フルードラクの、もっとも外観的におそろしい部位は、管状の頭部から円形に直接生えているかのように見える歯だろう。白く、ぎらりと光る歯はいかにも凶悪で、噛まれたら最後ばりばりと噛み砕かれてしまうように見える。


 だが、実のところ、この歯にはそれほどの殺傷能力はない。竜族でも、飛竜乗りに追わせて弓矢で仕留めるだけの貴族たちは知らないだろうが、フィルはよく知っていた。フルードラクのもっともおそろしい攻撃は退化した歯ではなく、八枚の細い翼と、走枝ランナーから放たれる酸性の消化液にある。


 もとは翼であった器官は退化して空を飛ぶ機能をなくし、代わりに獲物を捕らえることに特化しており、大小さまざまの棘が返しのようにはたらいて獲物を逃がさない。自分自身に攻撃することは避けるので、歯の近くは安全な場所なのだ。



(竜も、フルードラクも、急所は同じ――背の正中線上だ)

 むき出しの消化管を駆けおりながら、あやまたずに剣を押し込む。断末魔にもだえる獣から振り落とされないように、必死で柄にしがみついた。


 竜王たちが上空から見守るなか、フルードラクは息絶えた。


「すばらしい! 余の〈竜殺し〉は実に見事だ!」

 ガエネイスは満面の笑みでフィルを迎えた。廷臣たちも勇ましく彼を囲み、誉めそやしている。〈くろがねの妖精王〉が、意味ありげな視線を彼に送った。

 布を受け取って、返り血をぬぐい、フィルは丁重に場を辞した。

 

 アエディクラ兵たちの興奮を背に受け、竜族たちの沈黙をあとに、フィルバートは歩き去る。

 

(竜王エリサは強すぎたんだ……最強の黒竜と白竜を従え、ほとんど一人でイティージエンを滅亡に追い込んだ。周辺国は竜とその主人ライダーたちへの強烈な恐れを刷り込まれた。

 彼らは武器の開発を進め、飛行船をつくり、ついに竜を殺すための装置を作り出した……)


 


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