狩りと流星群 ②

 今日の狩りの獲物は、花虫竜フルードラクだった。


 オンブリアでは、すべての動物は竜を祖先とする、と考える。すべての竜の頂点に竜祖と、その血族である古竜がいて、自分たちはその子孫だと考えている。そのあかしとなるのが、竜族のほとんどが持つ〈竜の心臓〉と呼ばれる器官で、これによって彼らは古竜の神がかった能力を利用して自然現象を操作することができる。これらは竜術と呼ばれ、その頂点に立つごく一部の者だけが、古竜を制御する力を持つ〈乗り手ライダー〉と呼ばれる(一方で、〈竜の心臓〉を持たない竜族は〈ハートレス〉と呼ばれ、種々の制約と差別を受ける)。

 

 花虫竜フルードラクは、古竜に近い性質を持ったふるい害獣である。この国では、狩るほうも狩られるほうも、ともに竜の末裔まつえいなのだ。


 動きまわるタイプの竜ではなく、比較的狭いテリトリーのなかでじっと待ち、走枝ランナーを伸ばして獲物をつかまえるような習性を持っている。飛竜乗りたちが次々に矢を射かけかけると、巨大な花びらのような頭部が開いてギエェ、ギエェと奇怪な鳴き声をあげた。


 もっといい位置から見るという名目でリアナはイーサーを誘い、岩場から離れた林を滑空し、竜たちの間近に寄った。捕食する相手を惹きつけるための、サンザシのような独特の強い芳香があたりにむせかえった。花虫竜フルードラクの動きが弱まると、イーサーは矮竜わいりゅうの上からマスケット銃でとどめの一発を放った。もちろん、接待の狩りなのだから、すべて飛竜乗りたちのお膳立てである。

 

「お見事な腕前ですね」

 リアナは決まりきった世辞を述べた。


「遅れないようについていくので精一杯でしたが、陛下の笑顔に報われました」

 イーサーはそう言って、後ろをふり返った。「みなさん、すばらしいライダーでいらっしゃいますが、デイミオンきょうはおられないのですか? オンブリア一の竜の乗り手とうかがっていたのですが」


「デイミオン卿は竜騎手団のちょうですから、狩りや試合の場には出られない決まりなんです」

「ああ、なるほど。……それに、王太子でもあられる。『種は一カ所にくな』と言いますな」

「われわれは『ひとつの籠に卵を入れるな』と言います」

「短命の人間からすると不思議なものです、王よりもはるかに年長の王太子がおられるというのは」

「デイミオンは〈鉄の節〉(竜族の48~59歳をさす)ですから、わたしとは三節差で、それほど年上というわけでは……」

 長命な竜族の一員として、リアナはそう返した。彼女自身が16歳と非常に若いのは事実だったが、デイミオンとの年齢差を強調されると、どうも面白くない。


 二人の会話に、飛竜乗りの一人が合図を送った。

 これから彼らが獲物の動きを止めるという意味の合図に、リアナもうなずいて返した。

「では。せっかくの獲物ですから、記念にあの竜の首を落としてきます」

 イーサーはそう言うと、周囲が制止するよりも早く、仕留めたばかりの花虫竜フルードラクのほうへ矮竜の首をむけた。


「イーサー公子!」リアナはあわてて叫んだ。

 とどめを刺したと公子が思った直後に、すぐに警告しなかったことを悔やむが、遅い。

 力を失ってだらりと地面に投げ出されていた走枝ランナーが、驚くほどすばやくしなり、イーサーと矮竜めがけて一直線に群がってくる。それは意志のない反射性の動きであり、それだけに本体からは想像もできないほどのスピードで襲いかかる。リアナはかろうじて飛竜ピーウィを駆り、体当たりして走枝ランナーの直撃を避けさせた。だが一本の蔓が彼女のバランスを崩し、あっと思う間もなくピーウィの背から転がり落ちてしまう。


 落下そのものは、竜騎手ライダーにとっては恐ろしいものではない。だがそれは、風の流れどころか空気の組成と分圧すら変えてしまう古竜の神話めいた力があってこそ。そして、いまこの場に、リアナの古竜レーデルルはいなかった。


(落ちる――!)


 背中から風圧を感じながら落ちていくリアナにできることはいくつかあったが、レーデルルがいないパニックでができない。(無理、ほかの竜騎手ライダーの〈ばい〉を奪うなんて)

 

 ほんの二月前に、混乱の火事場でそれをやってのけた男のことが脳裏によぎった。彼にできることなら、自分にできていいはずなのに――


 なすすべもなく落ちていくほんの2、3秒。そして次の瞬間、リアナの背はどさりとなにかに受けとめられた。身体が重く沈みこみ、怒りに満ちた青色の目とかちあう。

「〈ばい〉を使えと、何度も言ったはずだがな」


 それは、オンブリア随一の黒竜アーダルに乗った〈黒竜大公〉にして王太子、デイミオン・エクハリトスだった。

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