狩りと流星群 ③
野外に設けた宴会場では、松明がこうこうと燃え、並べられた料理は国賓を迎えるにふさわしいものだった。今日仕留めた
早朝、政務をこなしてから狩りに出てきたせいだろう、疲れて眠くなってきた。貴族たちに軽く挨拶をして天幕に引きあげる。ひときわ大きな王の天幕は、白地に金の糸で星の刺繡がしてある。なかも同様で、華美ではないが快適なしつらえになっていた。
考えることはたくさんあった。
イーサー公子と
国防といえば、つい二月前に国境沿いの街ケイエを襲ったデーグルモールたちの行方も知れない。南部の領主であるエサル公が調査に当たっているが、彼にもそろそろ一度報告を促すべきだろう。
ケイエを襲ったデーグルモールたちは、自分の故郷である〈隠れ里〉を急襲して焼き払った仇でもある。その背後には、人間の国家アエディクラかイーゼンテルレの指示があるはずだとリアナは読んでいた。しかし、いまのところ証拠となるものは得られていない。
竜術で冷たく冷やした茶を飲みながらつらつら考え事をしていると、デイミオンがやってきた。
「少し外に出ないか」
リアナは微笑んで、クッションから身体を起こした。デイミオンが手を貸して立たせてくれる。
疲れていても、好きな人に会うのはうれしい。現金だが、事実だった。
天幕から少し離れて、黒竜アーダルが身体を休めていた。大きな身体が、松明の光を遠くに受けて固い鱗を金色に輝かせていた。ちらりと目を開けて二人を見はしたが、興味がなさそうにまた伏せられる。鞍袋は下ろしてあったものの、天幕には運んでいないということは、彼はまたすぐに城に戻るつもりなのだろう。巨竜の身体に背をもたせて地面に座ると、デイミオンは荷物のなかから自分のマントを出して彼女ごと自分をくるんだ。二人はそのまま、しばらくじっとしていた。
「ハダルクが、今夜は流星が見えると言っていた」と、デイミオンが言った。
「そうなの?」
「ああ」
それなら、もっとはやく教えてくれればよかったのに、と、リアナはうらめしく思った。こんなところで接待の狩りなどしているより、城でデイミオンと星を見るほうがずっとよかった。日程上、避けられないことではあったが。
「イーサー公子は、
「うん。この狩りが終わってからって言ってたから……」
「おまえの即位の祝いに来てからの滞在だから、長かったな」
「そうだね」
若い公子は滞在中にタマリス近郊を訪ねて歩いたり、竜の飼育場を見学したり、社交に励んだりと忙しかったので、いつも顔を合わせるわけではなかった。それでも、外国の大使がいるという状況に、即位したばかりの王リアナは緊張することが多かった。イーゼンテルレとは表向きの交流はあるが、その背後にあるアエディクラとは休戦状態に過ぎず、事実上の敵対国家であるというのも大きい。
「ケイエでの一件もあるし、おまえはなかなか食えない王だと報告されるだろうな」
「だといいんだけど」
しばらくすると、流星雨がはじまった。リアナはつぎつぎと落ちていく星よりも、隣の男からつたわってくる体温のほうに気を取られた。温かくて固く、よくわからない良い匂いがする。体温に混じった革と香油と、かすかに彼自身の匂いもする。
「だいたいおまえは、無茶をしすぎる。ケイエの一件だけじゃないぞ」
せっかくいい心地に浸っているのに、ハンサムな王太子はお説教モードのようだ。声もいいな、とのんきにリアナは思った。低くて、甘さはなくて、怒ると熊がうなっているみたいで。
王と王太子の間には、〈血の
「……だから、狩りには俺が出たほうがいいと言ったんだ。動きの鈍い
「でも、わたしが相手のほうが、イーサー公子が機密をもらしやすいだろうっていうのは、当たってたじゃない。だから〈黒竜大公〉ではなくてわたしが狩りの接待をする。二人でそう決めた、でしょ?」
言い返すと、デイミオンが身体を寄せてきた。
「とっさの受け身もとれないくせに。そんな生意気を言うのはどの口だ?」
流星群の明かりが、彼の頬の上で踊っている。
ゆっくりと顔が近づき、濃紺の目のなかに星がきらめいた。唇に彼の息がかかった。そして、唇が触れた。
一度離れてから目を合わせ、今度はなぞるように、しっかりと唇が合わさる。キスされているという事実に驚くよりも、もっと続けてほしい気持ちのほうが勝った。……だが、味わうよりも前にデイミオンはそっと唇を離し、「不思議だな」とつぶやいた。
「正直いまでも、俺が王であるほうが国政は円滑に進むと思っている」
大きな手に顔をつつまれて、リアナはその声に聴き入っていた。いまなら、明日の天気について語られても、うっとりと耳を傾ける自信がある。
「だが、王をやるには俺はしがらみが多すぎるのかもしれんと思うことがある。だから、おまえが五公会も
「『嫌いじゃない』?」リアナは言葉尻を捕らえた。黒竜大公はまちがいなく、彼女のことを特別に好きだ。そうでなければ、このプライドの高い男が自分の
なにを言いたいのか、言ってほしいのか伝わったのだろう、デイミオンは口の
「この先は、おまえの準備ができてからだ」取りなすようにそう言うと、身体を離した。
握られたままの手から体温が伝わってくる。夜空に降る星の雨を、二人で眺めている。リアナは孤児の女王だった――故郷は焼き払われ、養い親は自分を捨てて出ていった。親しかった里人たちと死に別れ、その子どもたちの一部はいまもとらわれたままだ。涙が渇いたあとには大きな穴があいて、なにものでもそれを埋められそうにないと思うこともある。けれど手のぬくもりは、デイミオンだけは違うかもしれないと感じさせてくれた。それは、少なくともここ数か月の間では、もっとも心が落ち着く瞬間だった。
だから、そうかもしれない、とリアナは思った。いずれは自分にも
だが、デイミオンとの恋の行く
彼女にとって、それはこの春ではないからだった。
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