6-3. 研究者たちと竜
「小さな里の、街道近くの墓地に棄てられていたらしい」
治療用の洞窟は、アエンナガルでもっとも奥深くにある。再生中の死者の前に立って、王は息子に説明をしだした。
「正確には、土中に埋められて火を
死者は、蚕の繭のように、ふっくらと冷たく静かに眠っている。
「その里に、ほかにも不死者が?」イオが不審げに繰り返した。この変化は、一般には孤発性だとイオは考えていた。仮に疫病などで多くの竜族が死んでも、デーグルモールとして再生するものは一度に一人だと。
だが、ダンダリオンは首を振った。
「一人が蘇り、あとの者を襲う。そうすると、なかには自然に半死化するものが出てくる」
「そういうケースもあるのか……」イオは感嘆した。
「そうだ。初期にはそういう者が多かった。私もそうだが」
「えっ……」
思ってもみない事実に、イオは言葉を失った。「父さんが?」
王はかすかにうなずく。
「
イオはおし黙り、目の前の死者に目を落とした。
かつては今よりもずっと
「ガエネイスの命で、混血の子どもをさらったとき……ケイエで、あの白竜の王と対峙した。話したでしょう? あのとき、白竜の王は〈霜の火〉を使ったんだ。〈生命の紋〉が身体中に浮き出ていた。顔にも」
「断定はできんな」ダンダリオンは首をふった。
「竜族の身体は、病に抵抗するためにさまざまな機能が備わっている。〈生命の紋〉もそのひとつだ。白竜の王は、単に病で死にかけているのかもしれん」
「だけど、〈霜の火〉は――」
ダンダリオンは、ふと息子に顔を向けた。「白竜の王といったな。エリサの子か?」
イオがその質問に答えようとしていると、ふいに、二人の背後から男の声がした。
「興味深いお話です」
「キャンピオン」イオが憎々しげに呟く。
アエディクラ軍のクリーム色の軍服を着た男が近づいてくる。無精に伸びた髪と髭を、銀やら青やらで染めわけており、顔立ちも奇妙に個性的な男だ。
「続きをもう少しうかがっても?」
「いや、ここまでにしておこう」ダンダリオンは静かに言った。「ご用件は何かな、キャンピオン殿? ごらんのとおり、同胞の治療中なのだが」
「申し訳ありません」キャンピオンと呼ばれた男は軽く頭を下げた。「ですが、ぜひダンダリオン様のお力をお借りしたいことがありまして。閣下の、というか、閣下の竜の、ですが」
♢♦♢
かつて竜の巣があった場所の真下に、かなり開けた一画がある。アエンナガルの全体からすればほぼ中央に位置するが、陽が射すためにデーグルモールたちは足を踏み入れず、竜たちが日光浴をするのに使っている場所だった。今はその場所に、ガエネイスの部下たちが詰めている。暗い通路側から、明るい広間の下で立ちまわっている人間たちの姿が七、八人ほど見えた。仮天幕のなかで作業をしている人間も含めれば、常時十五人ほどが滞在している。ダンダリオンは息子に、日光を遮断する防護用の頭巾を渡して、自分も同じものをかぶった。首や腕も同様にすっかり覆ってから広間へと出る。
こんなところにやつらを招き入れるなんて、頭領はどうかしている、とイオは思った。
アエンナガルは、竜の国オンブリアを追放された元竜族である
「ここをお借りできて幸いでした。なにしろ、カンナルの研究所はすっかり破壊されてしまいまして。雷雲が起こり、嵐がやってきて一向に立ち去らない。建物はすべて吹き飛ばされ、研究員も死んで、貴重なデータが失われかねないところだった」
キャンピオンは大げさに身ぶり手ぶりをくわえた。
そうなってしまえばよかったのに、とイオは内心で毒づく。半死者とはいえ、デーグルモールは古竜を使役する竜の末裔だ。竜を研究対象にするなど、神を恐れぬ行為に思える。
「カンナルの付近は天候が混乱して、異常気象に見舞われています。本来なら夏の初めにはまとまった雨が降るのですが、すっかり干上がっていましてね。おそらく、白竜の力の反作用でしょうが。どれほどの影響があるのか兵士たちに調べさせていますが、正直、範囲が広すぎていくら人手があっても足りないというのが現状でして」
上機嫌にしゃべり続けるキャンピオンとは逆に、ダンダリオンは黙ったままだ。
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