第49話 絶望、そして絶望。

「《稲妻ライトニング》!」


シエラを叩き飛ばしたワイバーンはトアの雷撃に撃たれ、体を痙攣させながら地に伏した。


「……流石です、トア」


 その魔法に安堵の表情を浮かべるシエラ。差し出されたトアの手を掴む。


「流石にこの数はきついわね」


「ネムの猫拳を食らうが良いのです!」


 ネムは意気込むように爪を構えている。


「ネム。確か数時間前は、マサムネが戻らないと元気がなかったはずですが……」


「ご主人様の帰りが遅いとネムは悲しのです。でも、今はそれどころではないのです! ネムは怒っているのです! シエラを傷つけたら許さないのです!」


 その言葉にシエラは安堵の笑みを浮かべた。


「ネム、油断は禁物ですよ。Aランクは多数、それにヌートケレーンもいます」


トアの目線の先には先日対峙したばかりの精獣がいた。


「何であんなに……」


「おそらく何者かがここへ招いたのでしょう。ですが気配がありません。それに少しモンスターの様子がおかしいんです。まるで痛みを感じていないような、そんな気さえします」


トアは蛇剣キルギルスを抜いた。


「シエラ、とりあえず片付けるわよ。私も気配を探ってみるわ」


「お願いします」


三人は互いに顔を見合わせ確認し合うと、逞しい表情のまま戦場へと駆けて行った。







「これでワイトは全部か?」


ワイトとは鎮座した状態で浮遊する骸骨だ。肩からボロ布のようなローブを纏い、雑多な木製の杖を片手に魔術を扱うAランクモンスターである。個体によって使用する魔術の種類が違う。

ラインハルトは空中を浮遊していた一体のワイトを仕留めると、足元でカタカタと痙攣する白骨死体を他所に、息を切らしながら辺りを見渡した。


「ああ、もういないようだ」


答えたのは残った冒険者のうちの一人だった。

先ほど、何人かの冒険者が連携を組み、ラインハルトの事前の指示を無視してヌートケレーンに挑んだ。ここに集まっているのは返り討ちに遭ったところをラインハルトに助けられた者たちだ。


「ならば次は精獣だ」


「にしてもワイトだけ一体ってのはどういうことなんだろうな。いい加減過ぎないか?」


「……同感だ」


 戦場を見渡すと、モンスターは一種類につき複数発生しているようで、冒険者たちはそこに何らかの規則性を感じていた。だがワイトだけ一体のみだ。


「ラインハルト!」


 そこへ応戦中だったヌートケレーンから一度距離を取り、レイドが合流する。


「敵の位置はつかめたか」


「いや、おそらく認識阻害か、もしくは何らかの魔法で気配を消しているのだろう」


白王騎士全員が《索敵》などの感知系スキルや魔術を駆使して敵を探していた。だが反応がない。そういった場合、ベテランの冒険者は相手の魔力を探る。これはスキルや魔術とは違った方法だ。


たとえば森で甘い香りがすると、冒険者たちはそれが果実によるものなのか、もしくは匂いで獲物を誘うモンスターがいるのではないかと考える。経験を積んだ冒険者はそれが害のあるものかどうかということを判断し、さらにそれがモンスターの発する臭いであった場合、その種類まで理解するのだ。魔力感知もこれと似た部分があり、経験を積んだ者は対象の魔力から漏れる波動で位置を把握し、その魔力量で相手の力量を計る。


「モンスターであれば森の中にもいくつか確認できる。だがこれは首謀者のものとは無関係だろう」


 ラインハルトが頭を悩ませているように、白王騎士全員が首謀者の魔力を感知できていなかった。


「《風の乱舞フェザード・サルト》!」


平原を駆け回りながら、トアは風の刃でBランクのモンスターを一掃していた。ラインハルトたちが頭を悩ませている一方で、薄いピンク色の髪をなびかせ戦う少女に向けて、冒険者たちから歓声が上げる。聞きつけた白王騎士たちはその姿を窺っていた。


「あれは確か……」


「例の少年といた女だ」


レイドがトアをけしかけ旧市街の広場で騒動を起こした時、ダニエルは住居の陰に隠れて覗き見ていたことから、トアの顔を知っていた。


「あの女……」


レイドは遠目にトアを睨んだ。


「ってことは、あのガキもいんのか」


レイドは瞳孔が開いたような目つきで辺りを探った。だがもちろん政宗の姿はない。


「《稲妻の咆哮ライトニング・ブレス》!」


トアは立てかけたように連なる二つの魔法陣を展開し、雷撃の光線をコカトリスへ放った。直後、一瞬にしてコカトリスの体の半分が消し飛ぶ。


「あれが全力か……」


レイドはその魔法に不敵な笑みを浮かべていた。それは怒りではなく称賛だ。


「俺たちも参戦しよう!」


ラインハルトへ冒険者の一人がそう言った。


「待て……彼女に任せておこう。下手に手を出しても足手まといになるだけだ」


 ラインハルトは無表情のまま、トアとその周囲の様子を窺いそう言った。


「まさか、あの女がここまでやるとはな。あの時は手を抜いてたってわけか」


レイドは前方のヌートケレーンを警戒しつつそう言った。


「レイド! さっさと戻ってこい! まだ二体残ってるぞ!」


 ダニエルの呼び声に応え、レイドはまた戦場へと戻って行った。







ワイバーンとコカトリスを殲滅したトア。だがそれはエミリーやエドワードがBランクのモンスターを狩り、シエラやトアへ寄せ付けないようにしていたからでもある。


「シエラ! 後はあいつらだけよ、一気に畳み掛けましょう!」


「はい!」


バイソンソルジャーが残り二体。思わしくなかった戦況は、トアの加勢により一変していた。


「《聖なる拘束セイクリッド・バインド》!」


ヒルダがバイソンソルジャー二体の動きを止めた。


「シエラ、今よ!」


「はい!」


ヒルダの後ろからシエラが現れる。


「《氷の大刃アイス・プロアギト》!」


シエラは氷の纏うレイピアを構えると、正面からバイソンソルジャーへ飛びつき勢いに任せ首をはねた。そして着地し体勢を整えると、もう一体のバイソンソルジャーの首筋に向けて直ぐにレイピアを振り下ろす。

その瞬間、大歓声が巻き起こった。冒険者たちにとって、それは二度目の勝利であった。


「この間は痺れる挨拶をどうも……」


トアに近づきそう話しかけたのはセドリックだった。


「それにしても君がここまで強いとは思わなかったよ。助かった、ありがとう」


トアへ頭を下げるセドリック。それはセドリックなりの謝罪と感謝だった。


「あなた……誰?」


しかしトアは自分が電撃を落とした相手の顔など忘れてしまっていた。


「ま、まあいい。とりあえず礼を伝えておきたかったんだ」


セドリックは苦笑いを浮かべ、ヨーギのところへ戻った。トアはその背中に首を傾げていた。


「終わりましたね、トア」


「うん……」


トアとシエラは微笑み、顔を見合わせた。だがその隣には顔を赤くし怒るネムの姿があった。


「ズルいのです! ネムは何もやっていないのです! 何をしに来たのか分からないのです」


トアが一人でモンスターを一掃したせいでネムは戦いに参加できなかったのだ。拗ねるネムをトアは困った表情でなだめていた。


「ですがネム、それはネムがまだ未熟だということです。冒険者の皆さんも今回ばかりは協力的でしたが、依頼では横取りされることだってあります」


ネムは頬を膨らませ、悔しそうな表情を浮かべた。


「トアも横取りするのですか?」


「え」


その質問にトアは言葉を詰まらせる。


「えっと、今回は私も悪かったというか。その、ちょっと力み過ぎたというか……」


「同じ仲間でも横取りするのですか?」


トアはたじたじだった。


「その……ごめんなさい」言葉が見つからず、素直に謝る。


「では罰として、トアの肉はネムが貰うのです!」


屋敷にはまだ昨晩の肉が残っていた。どうやらネムはそれを狙っていたようだ。


「ちょっと、ネム?」


見るとネムは口元を押え、笑いを堪えている。


「そ、それくらいネムに譲ってくれてもいいのです!」


「わ、分かったわよ……」


ネムは無邪気だった。トアに見えないように陰で悪い表情をするほどに。


「トア、あとはヌートケレーンだけです! 私たちも加勢しましょう!」


「うん!」


「次はネムも加勢するのです!」


 ネムは笑顔で飛び跳ねた。


 生き残った冒険者たちはその場に寝ころび空を見上げた。もう声を上げる力も残っていなかった。ヨーギとセドリックもそうだ。


「終わったな」


「セドリック、俺は久しぶりに生きてる気がする。前にもあった感覚だ。だが忘れていた」


「……そうか」


ヨーギの言葉にセドリックは笑った。二人は大空を見つめ、昔を懐かしむように笑った。


ヨーギがマサムネに絡んだことには理由があった。気に入らなかったのだ。夢を見て、これから冒険を始めようとしている冒険者が。ヨーギにとってはダンジョンに挑むなどと口にする連中も、ドラゴンを探しに行くと王都を旅立つ者たちも不愉快だったのだ。だが今は冒険がしたいと、心からそう思える気持ちが芽生えていた。


「セドリック、宴だ」


ヨーギにそう言われるのは何年ぶりだろうかと、セドリックは懐かしさに微笑んだ。

だが、疲れ切った冒険者たちの心を絶望へと突き落とすように、事態は急変する。


それは震動から始まった。一定のリズムを刻み、次第に揺れは大きくなると、それは姿を現した。


「おい……待ってくれよ。冗談じゃねえよ……」


――サイクロプスだ。

小高い丘からサイクロプスを含め、Sランクのモンスターたちが現れたのだ。先ほど倒し終えたばかりのコカトリスやワイバーンの姿もあり、冒険者たちは言葉を失った。もう驚きもせず、声も上げず表情も変えない。彼らは心のどこかで負けを認めてしまったのだ。それは行動に現れ、冒険者たちの目から自然と涙は零れた。







ギドは丘の上から遠目で楽しむように、騎士や冒険者の姿を眺めていた。


「これこそ絶望ですよ! もはや彼らは剣すら握れません。これこそが絶望なのです!」

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