第306話 幻想の崩壊

「このままでは秩序が失われるから仲間になれ、そういうことですか」


 政宗が口を開いた。

 魔導師教会の者は首を政宗に向け、「はい、そう言いました」と告げた。


「断るなら世界的勢力でもって――」

「それは少し乱暴な言い方です。秩序を保たせていただきます、と言っておきます」


 彼は否定した。


「なるほど。一つ確認したいことがあります」

「なんでしょう」

「先ほどあなたは、はっきりと教会と八岐を比較し、自分たちの方が上に位置する存在だと言いました。それはどういう理屈ですか?」

「理屈?……いえ、理屈もなにも、そうなのですから他に言いようが――」

「八岐同盟は八岐の白龍討伐をきっかけに、8人の王で立案し交わされたものです。それすらも支配下にあるというのは、つまりどういうことなんですか。教会が発足に関わっているということなのか、もしくは後に吸収したということなのか……」


 無論、政宗はわかっている。

 八岐同盟の発足を提言したのはエルフの王――ゼメキスであり、つまり魔導師教会であるということを。


「条約を結んでいるのです」

「条約? 何の、いつ交わされた条約ですか? それは世間にはない情報です。それに勇者協会の者は、私を含めこの世界の情勢に疎い者で構成されているので、その辺りは知らないのです。ただ組織に加わるとなると知っておく必要があります」

「……何のためにですか」

「何のため? いえ、単純に、私共はただ勇者協会という、冒険者に仕事を斡旋する組織を作っただけです」


 魔導師教会の者は「ですから――」と苛立ったように対話するも、政宗は遮り、意見を続けた。

 そんな話をしても意味がない、そう言われるとわかったからだ。


「ですから合併でも吸収でも何でもいいですよ、組織に加われと言うなら加わります。ただし“支配下にある”というその言葉の指し示す意味を、もう少し詳しく知る必要があるのです」

「ちょっと日高、そ、それでいいの? 勇者協会がなくなっちゃうのよ」


 柊は反対した。


「園田も俺と同じ意見だ」


 政宗は突き放すように言った。

 柊は園田の顔を見た。

 園田は微かな笑みを作り、黙っている。


「園田、それでいいの?」

「日高に任せろ」

「え……うん。あなたがいいというなら、私は否定しないけど」


 どうやら個々においては優先順位が違うようだ。

 柊は政宗よりも園田を上に見ている。


「いいでしょう」


 そこで魔導師教会の者が切り出した。

 彼は話してもいいと言った、ただし傍聴席の者と後ろの側近――レイドと加藤詩織を退出させろというのだ。

 園田、柊、日高にのみ教えるという。


 そして冒険者ギルド教会のスクラッチ、商人ギルド教会のフィリップにも退出を命じた。

 スクラッチは戸惑う様子を見せながらも、それぞれの者と共に部屋を出ていった。

 フィリップは円卓を前に一礼し、気品のあるいで立ちで堂々と退出した。







 部屋には4人だけが残された。

 3体1という構図になってすぐ、魔導師教会の者は話を持ち出す。


「取引きしませんか、ヒダカさん」

「取引き?」

「ええ、あなたに会いたいと言っておられる方がおりまして、少しご同行願いたいのです。それからお仲間である、イチジョウユキムラさんにも」

「イチジョウですか? なぜあいつを――」

「理由はいずれわかりますが、私の口からは……」


 魔導師教会の者は言葉を濁した。

 話すことを禁じられているということは、この者を使役している人物がいる。

 政宗はそう考えた。


「わかりました。断る理由もない。できるだけ一条も同行させるよう努力します。誰に会わされるのかは知りませんけどね」

「八岐の王を生み出したのは教会です」


 その即答に、政宗は顔色を変えなかった。


「なるほど」


 政宗は相づちで間をつなぐ。

 ロメロから知らされていた話ではあったが「初耳ですね」と政宗は言った。


「え、教会が王たちを!? そんな、まさか……」


 柊は動揺から、話を呑み込めなかった。

 園田は沈黙したままだ。


「彼らは同盟以前からそれぞれの地を治める由緒ある王でした。と、それ以上は言えません。その先は、のちほど向かう場所にてお伝えします」

「その場所というのが気になりますねえ。一体どこへ連れていかれるのでしょうか」


 魔導師教会の者はまるで迷いがあるかのように、たっぷりとした間のあと、口を開いた――。


「ビクトリアです」

「なるほど。結構です」


 その瞬間、銃声のような甲高い音が響いた。

 

 柊は背筋を張り、目を見開き硬直した。

 目の前の、魔導師教会の者が額から大量の血を吹き上げ、椅子の上で反り返っているからだ。

 額を天井に向け、顎の先がこちらに向いている。

 一瞬で彼はその姿になった。

 動かない。


「これ以上は話すつもりがないらしい……」


 声が聞こえた。

 柊は放心状態の中、園田の隣にいる政宗へ振り向いた。


「日高……あんた、何を……」


 政宗はピストルのようなものを右手に構え、銃口を魔導師教会の彼に向けていた。


「これ、ドワーフに作らせたんだ。これで二つ目なんだけど、やっぱりダメか。このざまだし」


 ピストルは土くれのように崩れ地面へ落ちた。


「魔力を玉代わりに使うから無限に打てる、でも俺の魔力ではどうも耐えられないらしい。せいぜい一発が限界か」


 政宗は耳元に手を当て「拘束しておけ、今行く」と呟いた。

 柊は不信感を表情に浮かべ、「何……何なの」と問う。


「ん? 何が?」

「なぜ彼を殺したの!?……」

「殺してない」


 疑問を浮かべ、柊は魔導師教会の者へ振り向いた。

 そこにあったのは溶解した物だ。

 彼はまるで蝋のように崩れ、人の形をしていなかった。


「用意周到だ。奴ら、話をのまなければ皆殺しにするつもりだったらしい」

「え……」


 柊は強張った表情で振り向いた。


「外に数百の魔導師部隊が潜伏していた。もう始末したが」


 途端に柊の体が宙へ浮かび上がった。

 まるで見えない何かに首を掴まれているようだ。

 彼女は苦し気な表情を浮かべている。

 その視線は真下の園田を見ようとしていた。


「園田……助、けて……」

「ああ、違うんだ、これは園田じゃないんだよ」


 柊は苦しい表情の中で、もはや政宗の言葉を理解できなくなっていた。


「園田なんて人間は、もう2年前からここにいないんだ」


 政宗は作り笑いをした。

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