第305話 教会と協会

 勇者協会議事堂とは、勇者協会本部の構える町「セントラルワールド」の中央に位置する施設、その屋外に建設された日の当たる多目的ホールのことだ。

 バツ印を描くように交差した2つの道は、合計4つの通路を作り上げ、通路の先にはそれぞれ出入り口だ。

 バツ印の間には階段席が設けられ、合計4つ。

 交差した中央の空間には、背もたれのある立派な椅子に囲まれた円卓が置かれている。


 勇者協会と教会各位による、ある重大な話し合いが始まろうとしていた。

 用意された椅子は6つ。

 左の3席は教会側だ。

 そこには既に何者かの姿がある。


 勇者協会側である右の3席の内一つはまだ空席だ。

 2席はうまっている。


「そろそろ始めてはどうかね、ん? これはなんだ、なにかの時間稼ぎかね」


 冒険者ギルド教会マスター長、代理――スクラッチ・ダマンスキャナー。

 彼は音楽室にかざられた音楽家の肖像画のような服装をしていた。

 フランス貴族のようだ。

 教会側の左の席に座るスクラッチは、椅子の肘掛けに頬杖をつき、自分から見て向かい、その左の席に座る女性へ問いかけた。


 それは勇者協会――二席。

 幹部――ひいらぎ朱音だ。


 だが彼女に代わり、中央の席に身を置く男――園田健四郎が口を開いた。


「話し合いを持ち掛けたのはそちらだ、我々はまったくこの時代の状況に危惧していない。苦労もない。うちの三席が来るまで待っていただこう。それができない場合はこの会談は中止ということで――」


 園田は勇者協会の一席にいる。

 肩書は組織内の最高権力者だ。


 園田の背後にはレイド・ブラックが護衛のように待機していた。

 柊の後ろには加藤詩織が待機している。

 詩織がティーカップに紅茶を注ぐと、柊は小さな声で「ありがとう」と言った。


 他に階段席には、かつてのグレイベルクの勇者たちの姿があった。

 神井絵美、御手洗千春、長宗我部晴彦、山中ジェシカという4人だ。

 階段席のうちの一つに固まって座り、傍聴席と化していた。


 園田の言葉に「失礼しました」と落ち着いた声色で答えたのは、教会側の中央席に座る何者かだ。


 初体面時、園田が名を訊ねることになった際、彼は「私は名を持ち合わせていないのです。なにしろ私は魔導師教会の総意のもと、ここに立っておりますので」と今と同じ声色で言った。

 園田は一片の動揺も見せず「そうですか。ではこちらへどうぞ」と議事堂へ彼を手招いた。


「彼の代理であるということをご自覚なされてはどうですか、スクラッチ殿」


 教会側の右の席に座る男が答えた。

 商人ギルド教会統括――ウィリアム・ベクターである。

 政宗がこの世界へおとずれ、初めて世話になったあの男だ。

 背後には護衛のケイズの姿もあった。


「なんだと?」


 スクラッチはバトラーを横目で睨んだ。

 間に挟まれた魔導師教会の者は動じない。

 またバトラーは見向きもしない。


「代理ということですが、普段はどなたがお務めになっているのですか」


 柊朱音が訊ねた。

 それにはバトラーが答える。


「いえ、彼は長らく代理です。普段も彼が務めています」

「なるほど」


 柊は紅茶を一口飲んだ。


「6年前、マスター長を務めていた者が失踪しまして」

「失踪?」

「はい。以来、マスター長の席は空席となっているのです」

「その、どういった方だったんですか?」

「おや、ご存じありませんか?」

「はい」


 柊は苦笑いした。


「そうでした、皆さんは別の世界から来られた、異世界の方々なのでしたね。無理もありません」


 バトラーは「失礼しました」と話を進めた。


「彼の名はブラームス・ハーミットと言いまして、バノーム大陸全土において、数少ないSSSトリプルSランク冒険者の称号を持つ者でした」

「……なるほど」


 柊は冷や汗をかいた。


 脳裏を過ったのはまだフィシャナティカの学生だったころのこと、初めての対校戦の最中に、魔王軍が攻め込んできた時のことだ。

 あの場にブラームスはいた。

 そして彼らの目の前で魔族の侵攻に立ち向かった。


「一度だけお会いしたことがあります。まさか行方不明だとは……」

「彼には放浪癖がありましたし、おそらくまたどこかを散歩しているのかもれませんが。そういった経緯から空席なのです」

「経緯とは?」

「ああ、すいません。うっかり話を見落としてしまいました。誰も彼以外の者をマスター長とは認めたがらないという経緯です」

「な、なるほど」


 柊を含め、傍で話を聞いていた園田も感心したような表情を浮かべた。

 だが内心では共にバトラーの話を疑い馬鹿にしている。


 あの、魔族に刃の立たなかった男が、まさかそれほどまでに支持されたとは、と。


 そこへこつこつと靴音が聞こえた。

 一同は、音のする通路へと目を向けた。


 園田は薄っすらと微笑み「来ました、彼がうちの三席です」と紹介する。

 そして彼は円卓の前で足を止めた。


「遅くなってしまい申し訳ありません。勇者協会、三席――日高政宗と申します」


 政宗は一片の陰りもない穏やかな笑みで、それぞれの顔を見つめた。


 政宗が席に着くなり会談は始まり、すると魔導師教会の者は議題を告げた。


「是非、勇者協会の皆様方には教会に属していただきたいのです」

「同盟、ということですか」


 園田が訊ねた。


「同盟とは違います。教会は一つです」

「……なるほど」

「魔導師教会、冒険者ギルド教会、商人ギルド教会……」

「奴隷商人教会」と政宗が付けた加えた。


 その視線は卓上を見つめており、魔導師教会の者に無言の圧力を与えた。


「はい、奴隷商人教会もその一つです」


 魔導師教会の者は政宗の言葉をあっさりと認めた。

 その言葉に政宗はなんの反応もみせない。


 園田が言った。

「つまり組織の一員になれ、ということですね?」

「いかにも」

「ふざけた話だ」


 園田の後ろから声が聞こえた。

 レイドだ。


 教会側の視線がレイドへ集中する。

 魔導師教会の者は、視線で園田に彼の発言は聞くべきかどうかを問う。

 席に着いていない者の発言も認められるのか、という意味だ。


 園田が視線で頷くと、彼はレイドへ再び目を向けた。


「つまり買収されるようなもんだろ、あんたら勘違いしてねえか? 俺ら勇者協会は好調なんだ、満足なんだよ。冒険者たちも支払われる報酬に満足してる。何故かわかるか?」


 教会の3人とも、レイドの問いには答えず言葉を待った。


「冒険者ギルドが報酬のほとんどを持ってっちまうからだ。対する俺らは、ちゃんと報酬を払ってるからだ。俺には正直、今日この場に商人ギルドや魔導師教会がいる意味がわからねえ。冒険者ギルドだけで十分だ、つまり問題はそういうことだろ。俺らに冒険者を持っていかれたから、それを解決したいがための会談だろうが」


 柊が「レイドさん、言葉遣いが荒いですよ」とたしなめる。

 レイドは「なめた相手に敬意もクソもねえ」と一蹴りした。


「狂炎のレイドさん、でしたか」


 魔導師教会の者が訊ねた。

 レイドは一瞬にらみを利かせ、「ああ、そうだが?」と喧嘩腰に答える。


「レイドさん。確かに、それは間違いではありません。我々は冒険者ギルドの行く末を危惧している。先ほども申し上げましたが、ここいるスクラッチは代理であります。なので一人では心もとない。私とベクターの同席はそういった理由からです。通常であればブラームスに任せっきりですよ、私たちは」

「だから?」

「……少し話を続けさせてくださいますか」


 魔導師教会の者はレイドの言葉を遮るように、質問には答えず自身の話を続けた。

 沈黙のあと、魔導師教会の者は口を開いた。


「何か、勘違いしていませんか?」


 場の雰囲気が変わり、それはわずかに凍り付いたものに近い。

 またしても沈黙が流れた。


 魔導師教会の者の表情は読みにくい。

 それは白粉おしろいを塗りたくったようなその肌のせいだ。

 あまりに白いので表情に感情があらわれず、あらわれていても察知できない。

 読み取りづらいのだ。

 修道女のように髪も耳も布で隠しており、頭のほとんんどが見えない。

 白いキャンバスに浮かぶ見開いた目だけが、勇者教会の3人を見つめていた。


「勘違い?」


 園田は不思議そうな表情を浮かべた。


「説明していただけますか」

「言いましたでしょう、教会は一つだと。ここにおります商人ギルドも冒険者ギルドも、そして魔導師教会も、すべては一つなのです。つまり冒険者ギルドと勇者協会の間で行われている話ではない、ということです。言っている意味はわかりますね?」


 園田は「はい、わかりますよ」と落ち着いた様子で答えた。


「レイドさんを見習い、もっと直接的に言いましょう。あなた方もこのような話、早急に終わらせたいでしょう」


 前置きするように言ったあと、魔導師教会の者は告げた。


「教会の勢力はあなた方よりも遥か彼方……。比べるようなものではありません」


 その言葉に部屋の空気は張りつめた。

 部屋とはいえここは解放された空間だ。

 屋外であり、日も差しているがまるで曇り空のようであり、涼し気なそよ風も冷たく感じられた。


「あなた方はこの地の一帯を治められている。もしくは治めようとしている。そしてゆくゆくは全土へと手を広げる算段だ。上手くいきすぎているがゆえの安易さ。短絡的な計画。別にそこはあなた方の問題ですから、とやかく言うつもりはありません。我々には関係がない。ですが、だとすれば分かるはずなのですよ、我々教会とあなた方との間にある関係性というものがね」


 園田は口を開くと煽るようにこう言った。


「すいませんが、レイドさんを見習い、はっきり言ってはいただけませんか」

「教会は既に全土を支配している。これから始めようとされているあなた方とは根本的に違います。比べようのないものなのです」

「支配だと? おいおい、何の冗談だ」


 レイドはバカにするように微笑んだ。

 園田も「教会が全土を? 耳を疑う話ですねえ、バノームを治めているのは八岐の王であり魔王でしょう?」と半ば馬鹿にした。


 柊は意味がわからず戸惑い、それぞれの反応に答えを見出そうとした。


「確かに教会関係の支部は、大きな町には必ずと言っていいほどありますよねえ。ですが、だからといってそれを支配というのはどうなんでしょうか。虚勢を張っているだけのように見えますが」


 園田は純粋な疑問を投げかけた。

 傍聴席の勇者たちもくすくすと笑っている。

 誰もが教会側を小物の戯れ言だと嘲笑った。


 だが一人、政宗だけは笑うこともなければ表情を変えることもなかった。

 ただ椅子に背中をぴったりとつけ、肘掛けに腕をのせ、それらの嘲笑も込みで会談の様子を窺っていた。

 その様子に気づいた魔導師教会の彼は訊ねた。


「ヒダカ……マサムネさんでしたか、あなたは私の言葉の意味をご存じなようですね」


 問われた政宗は、ゆっくりと視線を彼へ向けた。


「喩えるなら大陸と小国。これが教会と勇者協会の関係だ」


 政宗は静かにそう言った。


 教会側の3人を除いたすべての者が、徐々にその表情を歪めた。


「……マサムネ、何を言っていやがる」


 レイドは動揺した。

 それはラズハウセンという田舎の小国にいたレイドにも、知るすべのない話だった。


 魔導師教会の者は、それまでと同じ淡々とした声色でレイドに告げる。


「物事には表と裏があるということです」

「……なにが言いてえ」


 既に空気は教会側のものだった。

 そうさせたのは政宗である。

 この空気感は、政宗に対する信用の表れだ。

 誰一人、政宗の神妙な様子を茶化す者はいない。

 政宗の考えや判断を疑っていないのだ。


「魔族以外のことには無関心。隠居状態の魔王が、バノームを治められると本気でおもっていたのですか?」

 

今度は魔導師教会の者が半ば馬鹿にした態度をとった。


「もちろん大森林を含むあの地一帯は彼らの者ですし、我々にはどうすることもできません。挑んだところで返り討ちに遭うだけでしょう。そこは否定しません。そして八岐の王ですが、正直、私としては拍子抜けな者たちですよ。どこぞの宗教組織に翻弄などされてしまって……」


 園田は目を細めた。


「はっきり物を言わせる前に、あなた方が学ばれてはどうですか」


 魔導師教会の者は口調を強めて言った。

 園田は口を開かず、じっと彼の顔色を窺った。


「あのようなお飾りの王が、この広大な大陸を支配できる訳がないでしょう」


 魔導師教会の者は前かがみになり、それぞれを睨んだ。

 口元はにっと笑っている。

 代理のスクラッチはその不気味な横顔に肩をすくめ、唾を飲み込んだ。


「冒険者は古くから教会が管理しているのです。勇者協会はそれを横取りしている。今回、我々がわざわざこのような場所へ出向いたのは、長い目をみれば見込みがあると、あなた方を評価したからです。よくやっていますよ、あなたたちは。設立してまだ数年ではありませんか。この数年で、冒険者の半分はあなた方が所持することとなった。時代の変革期であるとすら思わされる現象だ。ですから私どもは大いに評価しているのです」

「冒険者は物じゃねえ」


 レイドが睨みをきかせた。

 魔導師教会の者は一瞬視線をレイドへ向けた。


「所持だの管理だの、薄ら寒い……」

「しかしあなた方のような輩はこれまでに何度も見てきました」


 言葉を遮られた、レイドの舌打ちが聞こえた。

 レイドを無視し、彼は話を続けた。


「ギルドの真似事をする者をこれまでに何度も見てきました。しかし続いた者はいない。間違っているからです」

「何を間違っているというのですか?」


 園田は相変わらず落ち着いている。


「その張り付けた冷静な表情だけは、立派だと褒めてさしあげましょう。ですがあなた方は冒険者という生き物をまるで理解していない。組織運営は慈善事業ではないのです、報酬を与えすぎている。ギルドが定める報酬額は何百年、何千年という月日における、経験から導き出された合理的な数字です」


「……勇者協会を設立して以来、冒険者たちの暮らしぶりには活気が溢れるようになった。彼らは満足している。対し冒険者ギルドには不満だらけだ。だから冒険者は勇者協会を頼るんですよ」


「あなた方は満たされた人間というものを理解していない。この大陸の経済を管理しているのは我々教会であり、かつてシステムとなる基盤を生み出したのも我々です。この大陸で最も労働者の多い職は冒険者だ。バノームは冒険者で経済が回っている。彼らは報酬次第でなんでもやります。しかし簡単な話が、しょうもない依頼で高報酬を手にしてしまうと、彼らも学習しますから、働かなくなるのですよ。いくら使えどふところは潤いっぱなしな訳です。これまでのように難易度の高い依頼は受けなくなる。楽に金を得ようと犯罪も増える。あなた方はとんでもないことをしでかしたのです。秩序を侵し、崩壊させようとしている。物事の全体像が見えていない。だから自身の行いが何に影響し何を引き起こすのかも分かっていない。力を持つのはいい、ですがその力を使いたくば、まずはその幼さをどうにかしてからにしていただきたい。勝手にこの世界の文化をいじくらないでいただきたい」


 魔導師教会の断固とした態度に、勇者協会側は沈黙した。

 レイドも一旦言葉をやめた。

 この会談の意図を理解したからだ。

 この世界に住み慣れ、かつてラズハウセンにおいて白王騎士という役職に就いていたレイドには、冒険者というものの在り方、つまり魔導師教会の言葉は、現実的なものとしてイメージしやすかった。

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