第292話 当然の自覚
一条に出くわしてしまったからこギルドへ場所を移した訳で、孤児院への訪問は明日にまわそうと話したはずが、ネムは「今日いきたいのです」と聞かず、仕方なしにその足で向かった。
シエラもまだ帰ってないだろうから別に構わないが、なぜ 一条までついてくるのか。
久しぶりに見たシスターは「英雄様」と俺を敬い、歓迎してくれた。その時の一条のにやついた視線が痛く、気持ち悪かった。
「思えば冒険者ニトはこの国の英雄で、以降の功績も数知れない。でもあの日高くんが今や英雄なんだと思うと、誇らしくもあり、同時になぜかむず痒さを覚えるよ」
孤児院の獣人たちが温かいココアの様な飲み物を持ってきてくれた。
ネムやトアは、シスターや子供たちと遊んでいる。スーフィリアは相変わらずだ。一人離れたソファーに座り、ココアをすすっている。
「日高くん、なぜ、アルフォードさんの葬儀にこなかった」
こいつの中には、いくつか俺への不信感があるようだ。だからついて来たのだろう。
「あいつらと出会ったのはアリエスに追放されてすぐのことだった。仲間になれの一点張りで、だが俺には興味がなかった。異世界の空を見上げ、空気を感じ、今しばらくは、憧れの中に身を潜めるように、休ませていたかった。だが人と関わると思い出すのは佐伯の顔だ。俺は自分が思う以上に復讐に憑りつかれていた」
「では、やはり佐伯を」
「殺さないと言っただろ、俺は殺さない」
「園田が疑っていた」
「……あいつは疑い深い奴だからな。基本的に会話が少なくコミュニケーションは希薄で……そういう奴は内的な会話が多いんだ。一日中自分と話しているような奴だ。だから埒が明かず、だから俺への疑いとやらも深まってしまったんだろう。一条の言うように俺はみんなに殺すと宣言した。それがネックになっているんだろう、園田にしてみても、俺が殺しに来ると断定してしまった方が納得しやすいんだ。それでちっぽけな罪悪感は拭えるだろう、責任転嫁し、次は逆恨みでもしてくるんじゃいか」
俺は軽快に笑ってみせた。
ココアを飲み干し、懐からオールドゲルトを取り出し、底にココアが残った状態でワインを注ぐ。飲む。
「中には日高くんから恨まれる筋合いはないと、そう言っている者もいる。園田は……いや、園田のことはいい。あいつは少し他の生徒と意見が違った。他は八つ当たりの様だったが、園田だけは確信しているように思えた。日高くんの言うように、会話が少ないことが原因なのかもしれないな」
「一条、 俺を譲歩するのはやめろ」
「……」
「その同情もだ。かつてのシエラを見ているようだ」
「シエラ?」
「なんでもない。一条、はっきりお前の思っていることを言い当ててやる。あの時点で逆恨みをしたのは俺の方だ。そうだろ?」
「……追放された時か」
「俺もそう思ってる。いつもは綺麗ごとを並べる河内を含め、あの時俺を助けようとしたものは誰一人いなかった。だが当たり前だ、俺でも他人は助けない。他人だからなあ。そうだろ?」
「…………ああ」一条は降伏したように頷いた。
「だからだ。だから俺は誰も殺すつもりがないんだ、論理的だろ。悪はアリエスであってお前らじゃない。そして原因を作ったのは俺だ、俺が無能だったのがいけない。ヒーラーの無能さは旅をしてよく分かった。だから、今さら、俺はお前たちを恨んだりはしない。今の俺は、お前たちに何の怒りも抱いてはいない」
「だが……」一条は歯切れが悪かった。
俺は《感情感知》で一条を探った。
「……俺の顔に何かついてるか」
「…………なぜ、そんな目をしている」
「目?」
「園田も言っていた」
「人殺しの目だと言いたいのか」
「いや、園田がな……」
「ああ、そういえば言ってたなあ、そんなことを」
「組織にいることよりも、俺は各地を歩き回っていることの方が多かった。日高くんみたいな目をしている者にも何度もあった。だが……そうだな、外見で人は判断できない」
「判断はできるだろ、結論は出せないってだけだ。だがそれも人の都合次第。ま、俺には関係ない。園田の話を信じたいなら好きにしろ、学生に構っている暇はない」
俺は席を立った。
「これからどうするんだ」
「旅をするつもりだ」
「旅か……」
「世界を見てまわる、みんなと、それから」
「……」
「時期を待つ」
「時期?」
「……それまでは憧れに身を潜める。それだけだ」
一条にその一端でも喋ってしまうことは、もう、弱さだとしか言いようがない。
「日高くん、できれば俺も――」
一条が何かを言いかけた時だった。部屋のガラス窓が割れ、室内に飛び散り、そこから人影が現れた。
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