第291話 友達

 ギルドには以前ほどの賑わいはない。

 帝国による2度の襲撃が作用し、冒険者は次々と別の国へと移っていったそうだ。今やヨーギやセドリックもおらず、騒がしくしているものの姿も見えるが静かなものだ。そのどれもが数カ月前には見なかった顔ぶれであり、おそらく他所から来たのだろう。難民かもしれない。

 ここも、変わってしまったものだ。ギルドの潤いは今やこの他所者たちが補填しているってわけだ。


 円卓を囲み、各々飲み物を持ち寄る。ネムはいつも通りだが、二人は俺と一条の様子に敵地で潜んでいるかのような静けさを保っていた。


「園田に聞いたんだろ」


 俺は尋ねた。


「……話は聞いた」

「お前が何か聞くほどのことを俺はあいつらに話していない」

「……なぜ隠していたんだ。あの時も……あの時も……」

「アルテミアスを襲撃した時か」


 一条が横目でスーフィリアを見た。


「対校戦の時か。アマデウスの相手を代わりにしてやった時か」

「全部だ」

「…………なるほど」

「死んだと思ってた」

「やっぱりな」

「いや、そういう意味じゃない」

「咎めるつもりなんかさらさらない。それよりその腕、悪かったな」


 一条は腕のない左肩を感慨深そうに摩り、「いまさら咎めるつもりはない」と、俺の言葉を真似するように言った。


「聞きたいことはいくつかある。あのあとどこで何をしていたのかとか、なんでヒーラーの君がそんな力を持っているのかとか……。だけど、あえて聞かないことにする。それよりもこれからのことが知りたい。日高くん、君は、俺たちに復讐するつもりか」

「アリエスみたいにか?」わざと煽るように、にやっと笑ってみた。

「…………悪ぶるのはやめろ。言っただろ、咎めるつもりはないと」

「どうだろうなあ」

「正直、今の君に勝てる者がいるとは思えない。俺でも勝てない。だがだとすれば、復讐するつもりなら俺がいま生きてここにいるのはおかしい。西城さんや河内は分からないがフィシャナティカの皆は無事だった。グレイベルクにいる佐伯の安否の確認してる」

「会ってきたのか」

「ぴんぴんしてたよ、婚約者までいるそうだ」

「おめでたい話じゃないか!」


 その吉報に、思わず歯茎が剥き出るほどの笑みが浮かんだ。

 佐伯の婚約者というのは、貴族の女だ。

 物好きがいたもんだ。その女には同情する。


「……そうだな。召喚されたばかりのあの頃なら考えられなかった」


 俺はグラスの中のラズビールを一気に飲みほした。

 そこでスーフィリアが。


「マサムネ様、アマデウスの相手をしてやったとは、どういうことですか」

「ん、どういうって?」

「アマデウスと言えば、以前ラグーの町で会ったことのある、あの慈者の血脈の最高指導者の名です」


 魔的通信でも読んだのだろうか。詳しいようだ


「別に。何でもない。龍の心臓でのことだ、大したことじゃないよ」


 何を確認したかったのか知らないが、スーフィリアは「そうですか」と下がり、ワインを一口飲んだ。


「今やその龍の心臓も抜けた。一条、俺とお前の間にはもう何もない。腕を返せとか言うなよ、義手はまだできてない」

「期待してない」

「そうか、なら余計に話すこともないはずだ。何しにきた?」

「確認しにきたんだ」

「復讐か?」


 一条は目で頷いた。


「君はあの時、俺たちの脳裏に刻んだ」

「園田から聞いたんだろ」


 その言葉の先にある展開は見えている。

京極を殺した理由について話すのはもおう面倒くさい。その次は小泉たちについてだ。


「となれば、一条、今お前が生きていることが何よりの証明じゃないか」

「殺す気はないと、そう言いたいのか」


 どうもこいつは俺に言わせたいらしいが……。


「お前に今見えているもの、それが俺のすべてだ。俺はあれから旅をして、みんなと出会って、あの時死なずに済んで良かったと思えるだけのものを手に入れた。ほら、復讐からは何も生まれないとかって言うだろ。俺は復讐なんかよりもっと大切なものを手に入れたんだ。佐伯がどうとか、殺す気がどうとか、もうそんなことどうでもいい」


 俺がそう言うと静かだったトアの表情が緩み、トアはジュースをすすった。そして静かに席を立ち追加でワインを頼みにいった。


 しばらくして、一条も安心したように「そうか」と微笑む。感情感知によると表情以上に幸福で満たされているのが分かった。お人好しは健在らしい。


 トアに呼ばれてスーフィリアも席を立った。受付で、何やら楽しそうにメニュー表を見ている。肉でも頼むつもりだろうか。屋敷に戻ったら晩御飯があるというのに。


「じゃあこれからどうするんだ。今はどうしてる?」

「……ボランティア」

「ボランティア?」

「旅をしながら各地の人間を助けてる」


 できるだけ穏やかに笑顔をつくって見せた。エルフェリーゼ卿による総合演出の力で身に着けたものだ。魔術やスキルの類でこの作り笑顔は発動できない。


「そうか……人助けか」


 しみじみと優し気な表情で耽る一条の顔に、思わず吹き出しそうになったが、喉の奥で止めた。傍にディーンがいたなら、真っ先に腹を抱えて笑い泣きしていたことだろう。俺もつられて笑っている様が想像できる。


「変わったんだな、日高くん」


 ダメだ……この表情、面白過ぎる。俺は心の中で腹を抱えた。


「……人は変わるさ、みんな」


 だが一条は悪ではない。圧倒的に悪でない位置にいると断言できる。

 無知なんだ。人の暗さを、うみを知らないんだ。無知が罪であるなら仕方がないが、その基準はもはやどうでもいい。こいつにも誰にも、もう望んでいない。

 望むなど馬鹿げている。


 誰にだって、人は救えやしないのだから。

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