第278話 裏の顔

「このままだとトアが……」


 政宗にはその先の言葉が言えない。

 深呼吸し、そしてもう一度、ルシウスと向き合った。


「旅の途中に星読術師にあいました」

「説明はいい。それで分かった」

「……はい。そういうことです」


 今の一言でルシウスはすべて理解した。


「……いつだ」

「分かりませんが。ネムが大人になる頃には」

「ネムくんは獣人だろ。獣人は成長が早い。手掛かりにはならない」

「ルシウスさんは戦争に参加することになるそうです」

「……なんのだ」

「わかりません。おそらく人間の戦争かと」

「なるほど。そういうことか。だから君は人間を殺すのか」

「……はい」


 だが人間を標的にした理由はそれだけではない。

 政宗はそれを話そうとはしない。


「私が起こす戦争かどうか、分からないってことか」

「首謀者は佐伯だそうです」

「誰だ」

「俺と同じ異世界人です」

「私はその佐伯とやらを相手に戦うということか。……そうだな。確かに。私が戦争に参加するほどに、人間に悪意を感じる可能性。確かにそれはトアの死しかない。つまり人間がトアを殺すと、君はそう思っているんだな」

「はい。でも人間でもない、とも思ってます」

「どういう意味だ」

「分からないんですよ。俺には」

「分からないと言われても分からないだろう」

「本当に分からないんですよ。誰が……なんでトアが死ぬのか。でも星読みではそう出たんです」

「星読術師は深淵と同じくらい謎に包まれている。そう言っても過言ではない。仕組みは解明されておらず、サンプルとしても見つけずらい。まず数百年や数千年に一度しか生まれないという記述まであるくらいだ」

「……俺が見た光景はリアルでしたよ」

「リアル?」

「まるで真実であるかのように感じました」

「だろうな。でなければ君がここまでするはずもない。だが魔法とはほとんどの場合そういうものだ。現象は幻想的で、種は魅せられる。だがだからといって、その未来が本当に起こりえるものだという確証はない」

「術者本人から聞きました。起こりえる未来だと」

「本人はそう言うものだ」

「……俺が間違ってるっていうんですか? じゃあルシウスさんならどうしましたか? このまま何もせず、確証がないからとトアがその時を迎えるまで待つんですか?」

「だからといってこれはやり過ぎだ。もちろん咎めるつもりはない。人間の世界でのことだ。私には関係ない。だが君はトアが選んだ男だ。マサムネくん、やめておきなさい」


 ルシウスは、まるで親のような目線で諭した。


「世界の混乱こそ予期せぬ死を招く。招きかねない」

「もう一つあるんですよ」

「なにがだ」

「人間を殺す理由です。俺が手を下しているのは、すべて他種族を虐げたことのある人間です。そしてその土地に住むもの。傍観し、見て見ぬふりをしてきた人間です」

「……そうか」


 ルシウスは見えなかった。だからといって、そんなことをしてどうなるのか。


「カトレアは……」

「え」

「例えば、カトレアを襲ったのはなぜだ」

「……あの国は奴隷制度を公然と認め、王はちまたで奴隷王と呼ばれているほどでした。その対象は主に獣人ですが、中には魔族やドワーフいました」

「ラグーは」

「……魔的通信に載ってたんですか?」

「ああ」

「そうですか……取り逃がした奴がいたんですかね」

「なぜ襲った?」

「……八岐の関係者だったからです」

「どういうことだ」ルシウスも知らない情報だった。

「あの町には人間しか住んでません。どの国からも遠く離れた荒地にあり、休憩所の呼び名で知られているほどだというのに、人間しか住んでないんです」

「完結的に話してくれ」

「獣人を横流ししてたんですよ」

「……なるほど」

「あの町へ訪れた人間以外の種族は、二度とあの町を出られません。住み着いた者もいずれは……。獣人は人間に差別されていることから同種で群れる。だから横のつながりがある。直ぐに殺しておかしな噂が広まっても困るわけです。だからそれなりに下調べが必要になるそうですが、どれだけ時間がかかっても必ず横流しにあうか殺される。容姿端麗なものはパスカンチンへ送られトンパールのコレクションに。それ以外の者は獣人などの肉を好むユートピィーヤの王――ナッツの元へ送られます」

「……魔族もか」

「もちろん。美形の魔族はトンパール。まあ、魔族は魔力の質が高いことから労働に回されることもあったそうですが。知ってますか。ナッツ王は魔族の肉も食べるんですよ」

「……」

「獣人だけじゃないんですよ。たまたま人間の次に数が多いのが獣人だったから。だから獣人の奴隷が多いく、目立つだけです。それに人間よりも楽だそうです。獣人なら足がつかなくて済むと、奴隷商人やラグーの住民は言ってました。人間以外なら誰でもいいんです。まあ、中にはもちろん人間もいましたけど」

「そうか。だから八岐を……。ん、ではダームズアルダンはなぜ襲った?」


 ダームズアルダンの一件も記事になっていた。

 だがそこに記されていたのはシュナイゼルが子供を殺し、子殺しと呼ばれている。という記述だけだ。

 ただしその数日前、町で白い身なりをした集団がシュナイゼルの裏の顔について演説を行っていたことも記されており、後は読む者の判断だが、ルシウスなどは慈者の血脈が関与していたと、そう受け取った。


「あの国はある犯罪組織の拠点になっているんですよ。名をガテラルと言います。結論からいうと、ラグーやその他の町に人を派遣しているのはガテラルです。つまりパスカンチンやユートピィーヤに横流ししている仲介業者の本部。ということになります」

「ガテラル……聞いたことがない」

「でしょうね。表向きはただのチンピラ集団です。チンピラもいれば少し規模の増したものもある。まあ組織といっても色々ですし、小規模なものならどこにでもあるわけですし、実害がなければ誰もなにも気にしない。有象無象に混ざって隠れてるんですよ。当人たちでさえ、まさか自分たちが巨大なシンジケート組織に入っているとは知らない。地元の大人たちからチンピラだと怪訝されるだけの輩だという自覚くらいしかない。でも各グループにはガテラルの役員がちょこちょこ混ざってるんですよ」

「待て、シンジケート組織とはどういう意味だ」

「ガテラルとは、いわば八岐の王たちの裏の顔です。彼らが公にできないような仕事をガテラルが代わりにやるんです。つまり、今は3つ消えて残り4つですけど。この4つの国の間で繋がった組織だということです」

「……そんなもの、どうやって見つけた。魔的通信にも載っていないことだ」

「偶々ですよ」

「偶々?」

「いずれは見つけた、というか、こんなことをしていれば向こう側から寄ってきたと思います。俺には、俺にとって都合の悪い者を視覚で判断することができるんです」

「……深淵の能力か」

「はい。極端な話、獣人に悪意を抱いているような者の背中には、黒い砂のような影が現れる。つまりどういうことかと言うと、影のない者は少なからず俺と意志を同じくしている、ということです。デトルライト共和国の国家主席のうちの一人に、ガテラルの幹部がいます。今はうちの組織の一員です」

「なるほど。そういうことか」

「はい」

「それで、君はどうするつもりだ」

「ガテラルと八岐の王をこの世から消します。ついでに帝国と、あと、シグマデウスも」

「……冥国というやつか。だがどうするつもりだ」

「なにがですか」

「この世界は、この大陸は今までそれでやってきたのだろう。マサムネくん、君はその歯車の中核を破壊し、この大陸を停止させようとしている。そんなことをすればどうなるのか、君はそのあとのことも考えているのか?」

「考えてません」


 ルシウスは険しい顔をした。


「でも、それなりにマシな世界にはなるんじゃないですかね」

「いい加減すぎる。君は……力でもてあそんでいるだけだ。私は話を聞いて、君がトアを殺すんじゃないかとさえ思えてきたよ。どうにも君を理解してやれない」

「理解しなくてもなるようになりますよ。生き物は生きている限りは死ぬまで生きようとしなくちゃいけない。そのあとの世界でも、どうにか生きられるようにします。整地ですよ、ルシウスさん」

「なんだと」

「整地。みんなが自由に虐げられない世界を作り始めます。その時、そこには種族の違いで他人を虐げるようなものはいません。獣人の体を小分けにして冷蔵庫に保存しているような王はいません。獣人の女をコレクションだとはべらせているような王もいなくなります。残るのは本当の意味での尊い命だ。異世界に人間は必要ない」


 ルシウスは話すことを一度やめた。

 空を見上げ、そして考えることもやめた。

 政宗は感情感知を働かせていたことから、ルシウスの心が突然にまっさらになったことに疑問を浮かべる。


「止められはしないのだろう」

「止めるというなら、今まさに獣人や魔族を虐げている奴らを止めるべきです。話している間にも獣人はどこかで死んでますよ」

「いや、いい」ルシウスは無表情だった。「話は終わりだ。言っただろ、止められはしないのだろうと。それが私の結論だ。いくら話を聞いて君を理解したところで、君への否定が強まるだけだ。だが否定しようと君のその強大な力の前には私は無力だ。君なりの覚悟はあったのだろう。でなければ普通、次の日には忘れて行動などしなくなっているものだ。でも君は組織まで立ち上げ事を為している。できればその力に甘んじることなく、そのような乱暴な手段ではなく、もっと……なにか別の道を選んでほしかった。トアが悲しまないような方法を……。もう、戻る」ルシウスは背を向けた。

「トアの元にいる。エレクトラやリサーナと一緒に。どうせ、私にできることはないのだから」

「ルシウスさん……」


 政宗にルシウスを否定する考えはなかった。

 価値観が違う。そのくらいの理解だった。


 左耳の金のリングピアスが光、茶色のローブから紅い形相へ変わった。

 小人族長の鬼面をモチーフにしたニトの身なりだ。

 またそこで姿は発光し、すると姿は肩幅の広い白のローブへと変った。

 頭に見えるのは、獣の口に人間の頭蓋骨を模した、額から捻じれた二本の角の生えたフルフェイスマスクだ。

 ――アンク・アマデウスの姿があった。


「会議を開く。全幹部はエヌマサン本部へ集結せよ!」


 政宗は念話を通し、招集をかけた。

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