第276話 未熟ときどきアマデウス
翌日。
ルシウスさんと話し合い、トアを元気づけようと庭でバーベキューを開くことにした。
魔族にはバーベキューの習慣がなく初めは伝わらなかったが、「やってみよう」の一言で決定した。
元はシエラは父親であるブラウンさんに教えてもらったことだ。
もちろんそれ以前から知っていたが、俺はどちらかと言えばインドアであり、バーベキューを好むタイプでもない。
ただこの澄み切った異世界の空の下では、また違った感覚を抱いたことを覚えている。
今回は魔国の空か……シエラも連れてきたかった。
「トア、調子はどうだ?」
特に悲壮感を漂わせるようなこともなく、いつもと変わらない表情でトアは庭園に面したバルコニーの階段に座っていた。
「元気よ」
「トア、その、昨日のことなんだけど――」
「分かってるわ」
「……」
「行ってきたのよね、ラグパロスに」
「……ああ」
「ごめんなさい」うつむくトア。「私のせいで、殺させてしまって」
「……いんだ。俺は気にしてない。もう、ラグパロスに魔王はいないから」
「うん。ねえマサムネ、その、《支配》のことなんだけど。私、よく覚えてないの」
「今は俺の中にある」
「うん、父様から聞いたわ。マサムネが取り除いたって。でも大丈夫なの? あれは――」
「なんともないよ」
「……ホント?」
「ああ」
園田がくそ真面目な顔で説教してきたときは危なかった。
やはり直ぐに使いこなすのはいくら何でもきつい。
そこへルシウスさんがお皿に肉をのせて持ってきてくれた。
眉毛のない魔王が配膳の手伝いとは違和感しかない。
だが、それだけこの人もトアが心配なのだろう。その表情はいつになく上機嫌を装っていた。
「トア、お肉が焼けたよ」
「ありがとう」
ルシウスさんと交代で入れ替わる。
庭園の傍ではネムがリサさんに剣の稽古をつけてもらっていた。
知らない間にネムは随分と成長しているみたいだ。
スーフィリアは木陰で相変わらず読書にふけっていた。
そっと近づいてみる。
「トアを見ていなくてよいのですか」
「え……。今はルシウスさんが見てる」
「そうですか。大変ですね」
やけに機嫌が悪い。
「研究とやらは順調か?」
「……どうでしょうか。あとは好機あれば、というところです」
「好機?」
「そんなことよりマサムネ様。マサムネ様はずっと、魔国にいらしたのですか?」
「ああ、ずっといたけど」
「そうですか」
「え、何の確認だ?」
「いえ、お尋ねしてみただけです」
「どこか行きたいところでもあるのか?」
「いえ、そうではありません。書庫は興味深い書物で溢れていますし、わたくしはもうしばらくは……」
「……そうか。分かった」
会話がはずまず、その場を後にする。
母親と父親にはさまれたトアの笑顔が微笑ましい。
ただ、トアは今悲しみに悩まされているはずだ。
姉の死とカサンドラを殺したことへの罪の意識。
微笑ましいが、俺はトアの表情をそれほど見てはいられなかった。
感情感知を使う気はなれない。
トアの心を俺は、自分の感覚で理解すべきなんだ。
とその時、森の方から急に、一斉に何かがとびだった。
その騒々しさにその場にいた全員が空を見上げた。
「なんだ……」
ルシウスさんは立ち上がり、トアの傍を少し離れる。
「ルシウスさん、俺は見てきます」
「だが……」
「いいんです。今日はパーティーなんですから。家族水入らずでこの時間を楽しんでください」
ネムやスーフィリアにも笑顔で「問題ない」と伝えた。
そして出来るだけ悟られないように、普通を装った。
▽
魔王城を離れ森に入り、政宗は町とは違う別の方角へしばらく歩いた。
そしてふと立ち止まる。
「どういうつもりだ。接触の際は――」
「アドルフがいた」
「……は?」
白き者――アマデウスと政宗は、木漏れ日の差す森の中で向かいった。
「負けた」
「待て、アドルフだと?……どういうことだ。今まで何をしていた。あれから一体……」
「魔法を解除しろ、その方が早い」とアマデウスは政宗へ手を伸ばした。と、その時背後から物音が聞こえた。
「誰だ」と政宗。一瞬で空気が殺気を帯びる。
だが木の陰からルシウスが現れたことで、その殺気も消えた。
「これは、どういうことだ。彼は確か、慈者の血脈の」
人間に興味がないと言いながら、人間の土地の事情について詳しいルシウス。
政宗はじばらく前から疑問に思っていた。
「ルシウスさん……」政宗は『なんでついてきたんだ』と深いため息をついた。
「ルシウスさん、俺です」とアマデウス。白いマスクは粒子となる
その声にルシウスは疑問を浮かべた。だがアマデウスの素顔が晒されると、徐々に険しい驚愕の表情へ変えた。
「……同じ、顔。マサムネくん……なのか?」
そこには二人の政宗がいた。
一人は肩幅のある白いローブを纏い、もう一人はルシウスが普段みている政宗だ。今は茶色いローブを纏っている。
「これは一体……」
ルシウスはただただ困惑した。
いくら考えを巡らせても答えはでない。
だがアマデウスと政宗が手を取りあい、「こういうことです」と言った直後、アマデウスの体がぐにゃぐにゃと折れ曲がり政宗の中へ入っていくと、そこには茶色いローブの政宗一人のみとなる。
「馬鹿な……これは」
政宗はうつむき、しばらく黙っていた。
「まさか君が――」
「アンク・アマデウスは俺です」
ルシウスの表情が徐々に険しさを増した。
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