第213話 復讐という美徳に呑まれた哲学者

 豊国ダームズアルダン。シュナイゼル率いる金騎士団は、現在、パスカンチンからの要請を受け、一時、国を離れていた。そして王の広間には、トア、ネム、スーフィリアの3人が、金騎士長レオナルドに警護され、政宗の帰りを待っている。


「遅い、遅いわ」


政宗がフィシャナティカに行くと言って消えてから、およそ1時間近くが経過しただろう。だが政宗は一向に戻ってこない。


「大丈夫です、もう戻られるでしょう」


スーフィリアはトアと違い、落ち着いた様子で椅子に座っていた。その隣ではネムが退屈そうに、足をぶらぶらとさせながら自分の太ももを眺めている。


「ご主人様……遅いのです」


ネムは先ほどから、何度もそう呟いている。その様子をレオナルドは命令通り、ずっと見守っているのだ。

するとその時、大扉が豪快に開くと、広間に騒がしい声が響き渡った。


「父上! 父上はおられるか?!」


そこに現れたのはシュナイゼルの馬鹿息子、クリストフだった。


「お! レオナルド! 父上の姿が見えないが、どこにおられる?!」


相変わらずの不必要な声量。そしてこのニヤけた面。大きく見せたいのか、それとも過信か、いずれにしろこの威張ったような胸の張りようと、無駄な声量、そして王子には相応しくない王族としての様式の所々に見えるボンテージ感のある服装。これらは不要だろう。


「クリストフ様――」


レオナルドは深々と頭を下げる。これでもこの国の王子なのだ。レオナルドの様子は当然のモノと言える。


「ああもうそういうのはいいから、父上はどこだ?」


レオナルドの敬意を面倒臭そうに、粗末に扱うクリストフ。するとクリスは、レオナルドの次に、傍の長椅子に着いているトアに気づく。


「おっと! これはこれは、先ほどの美人さんじゃないか? なんだ、さっき一緒にいた鬱陶しい奴はいないのか?」


“鬱陶しい奴”とは、政宗のことである。


「だったら俺と遊ばないか? 俺は王子だ、なんでも望みのものを与えてやれるぞ?」


トアを見つけなり近すぎる距離で、トアを口説くクリス。だがトアは――


「遠慮しておくわ」


だがトアはクリスに、まったくと言えるほど興味も見せず、ただただ政宗が早く帰ってこないかと待っている。


「は?」


だがクリスはその言葉に表情を一変させた。


「王子であるこの俺の誘いを断るってのか?! 平民の分際でぇえ!」


すると、容赦なくトアの腕を強く掴むクリス。直ぐにレオナルドが止めに入った。


「クリストフ様! トア殿はご客人です! それもシュナイゼル様より直々に城へ招かれた大魔導師ニト殿のお連れ様です! そのようなことは!…「うるせええ!」


だがクリスはレオナルドを睨み、言葉を吐き捨てた。


「レオナルド? てめえ、誰に言ってんだ? 俺は王子だぞ? この国に仕える金騎士長が、王子であるこの俺に指図するつもりか? 黙って引っ込めぇえ!」


「ですが……」


レオナルドは言葉を詰まらせた。こんな者でも王子。立場的には圧倒的に上なのだ。レオナルドは間違っても逆らえなかった。だがレオナルドはそこに片膝をつき、すると敬意をはらい、口を開く。


「クリストフ様、お願いします。その方はただのご客人ではございません。先程、我が国と同盟を結ばれた大魔導師ニト殿のお連れ様です。王子であれ、不敬を働けば、最悪の場合、戦争を招くことになりかねません」


「はあ? 戦争だぁあ? てめえさっきから何を言ってやがる? ニトって誰だよ? 間抜けな名だなぁ?」


クリストフは情弱だ。魔的通信などは一切見ない。それどころか国の現状にすら興味がなく、好きなものは女と酒、そして贅沢だ。気に入った仲間を集めてパーティーを開くのが日課だった。そんな者が『英雄ニト』の名を知っているはずもなかったのだ。


「ちょっと止めてよ! 離して!」


すると腕を振りほどこうと嫌がるトア。


「トアを離すのです!」


その時ネムが椅子から立ち上がり、するとクリスを威嚇した。ネムは既に猫拳の構えにはいっている。


「ぁあ?! なんだこのチビは? 獣人の分際で俺に逆らうつもりか?! てめえら獣は獣らしく、人間様の奴隷でもやってりゃいいんだよ! 分かったらそこに座ってろぉお!」


「聞きずてなりませんねぁ」


するとクリスのその言葉にスーフィリアは苛立ちを覚え、立ち上がると、その手には既に白い杖『聖女の怒り』があった。

クリスはスーフィリアの反抗的な目に気づくと、片手に携えた白い杖にも気づき、ニヤけた敵意の表情を向けた。


「なんだ? お前も俺とやりてえのか? それより見てみりゃあ、お前も上玉じゃねえか? どうだ? 俺と一緒に遊ぶか? 大事に可愛がってやるぜ?」


ニタニタと汚い笑みを浮かべながら、いやらしくスーフィリアを眺めるクリス。トアは今も腕を掴まれたままだ。


「けっ……おい! いくぞ! 今日はお前だけでいい、さあ俺とこれから楽しいことをしようぜ?」


「離してっ!」


逃れるためにクリスの手を振りほどこうとするトア。だがその時だった。


「じっとしてろ! このクソ女がぁあ!」


――クリスがトアの頬を強く叩いた。


「うっ!」


衝撃でバランスを崩し、床に両手をつくトア。魔族だというのに、何故、反撃しないのだろうか? クリスはその様子に何が楽しいのか、大笑いしていた。


「トアっ!」


ネムがトアの名を呼んだ。その表情には怒りがこみ上げている。


「クリストフ様! なんということを!」


レオナルドは気づくと、腰の剣に手が触れていた。するとクリスがそれに気付く。


「おい、レオナルド、何のつもりだ? まさか、王子であるこの俺に背くつもりじゃねぇだろうなぁ? 反逆だぞぉお?!」


大声で怒号を飛ばし、するとニヤリと笑みを浮かべるクリス。


「立て!」


するとクリスはそう言い放ち、トアの腕をまた掴もうとした。

だがその時――


「なんだ?」


――トアの左手薬指に見える金色の指輪。そこから突然、赤黒い影が飛び出したのだ。風に流れる砂のようなうねりを見せる、赤黒い影。だが砂よりもはっきりと見え、それは黒く、そして紅い。


「うわっ! な!? なんだよ!?」


それは噴き出すように飛び出すと、トアとクリスの間に壁を生み出し、すると影は広がり円を形作る。そしてそれは赤黒い魔法陣に変わった。本来、魔法陣の様式は、光で描いたような文字だ。光の文字が円を形作っている。だがこの魔法陣には光がない。砂鉄のように黒く、マットがかっている。薄らと垣間見える赤が現れては消え、まるで魔法陣自体が生きているようだ。だがそこには、やはり光などない。生命の光も放たず生きている。そして闇に覆われている。


「は?」


いきなりのことに間抜けな表情を浮かべるクリス。影の動きが止まったことで、少し余裕が見え始めていた。


「こ、これは……」


レオナルドは目を奪われ立ち止まっていた。するとその瞬間、魔法陣からクリスに向かって、無数の白い腕が飛び出した。


「う! うゎぁああああああああああ!」


白い腕はクリスを捕え、足、腕、腰、首に巻きつくと、頭にも巻き付き、指一本しか動かせない程に王子を拘束した。そして最後にクリスの口に手の平がかぶさると、もはや話すことも出来なくなった。するとその時だ。トアの真横に黒い渦が現れる。


「え…………ニト?」


床に尻餅をついた状態のトアは、茫然としながら渦を見つめる。だが直ぐにそれが、ニトが移動手段に使う、『ダンジョンの渦』だと気づいた。すると予想通り、そこから茶色いローブを纏った政宗が現れる。


「……」


政宗は渦から出て来るなり、紅い眼を光らせた状態でトアを見つけると、直ぐに治癒魔法をかけた。どうやら事の詳細について、既に理解しているらしい。その間にも、トアの指に見える指輪からは、政宗の眼と同じ紅い光があった。


「トア、その頬はどうした?」


するとトアは政宗の問いに答えず、黙ったまま拘束されているクリスの方を見た。


「……そうか、こいつにやられたのか」


政宗は直ぐに理解した。いや、すでに理解はしていたのだろう。


「ニト殿! 申し訳ありません!」


自分の不甲斐なさから深々と頭を下げるレオナルド。だが政宗は見向きもせず、その視線はすでにクリスを見ていた。


「シュナイゼルの子供か……」


すると次の瞬間、何の前触れもなく、クリストフの右腕がはじけ飛んだ。


「ぎゃぃぁああああああああああああ!」


急な出来事だった。無論、政宗の仕業である。激痛のあまり絶叫するクリストフ。だが拘束された状態では身動きも取れず、悶えることすらできない。右肩から先だけが不自然に消失し、後には肉片もなく、ただ腕のない肩から血が滴り落ちているだけだ。そして恐怖と痛みにより、目から涙を流すクリストフ。その一瞬に、一体何が起こったのか? それは政宗にしか分からない。辺りには霧吹きで吹きかけたような微かな血の跡がついていた。


「これでもう、その手で誰も叩くことはできないだろ?」


政宗はトアの少しだけ赤くなった左頬を見た。魔族である以上は特に心配する必要もないだろうが、その跡から、クリスが右手を使って叩いたことを頭の中でイメージしたのだ。だから右肩から先を消し飛ばした。それだけの話だ。


「俺の……せいだ」


政宗はしゃがみこみ、地面に腰を下ろすトアの顔を見た。そして右手でトアの頬に触れながら、紅い瞳でトアの目を見つめていた。


「……ニト?」


トアは戸惑い、政宗の赤い瞳を見つめ返す。その目には怒りと悲しみと殺意と……幾度となくトアを危険に晒していることから生まれた、自身への失望があった。だがトアには分からない。


(こんなことばかりを続けていては、いつか……トアが死んでしまう……)


政宗の失望は、恐怖へと変わった。トアを失う恐怖だ。だがそれは常にあった。未来を知った時から常に恐怖はあったのだ。だから政宗は一度、深淵に呑まれた。トアを救えるだろうかと自問自答し、そして自分を疑ったのだ。政宗は一条の腕を侵した時の映像を思いだし、直ぐに頭の中の恐怖を消し去る。そして、目の前のトアに手を差し伸べた。


「……もう大丈夫だ」


政宗自身、魔族であるトアならクリスに劣るはずはないと思っていた。だが結果、トアは尻餅を尽かされている。何故、抵抗しなかったのか? ――とは、政宗には聞けなかった。トアは色々と精神的に不安定だというのが政宗の認識だ。レベルの上がった政宗が精神面の進歩を得られていないように、トアに関しても、精神面はレベルに応じて成長するものではない。政宗はトアの状態を考察し、自分なりの解釈で納得した。するとさらに怒りがこみ上げてくるように、拳を握っては開きを繰り返す政宗。様子がおかしいことが見て取れた。先ほどの殺したくても殺せなかった者たちのことを思いだし、相まってか、政宗の中には複雑な憎悪が立ち込めていた。だが怒りに呑まれてはいけないことも分かっている。それは深淵とは関係なしに、復讐とは怒りのままに行うものではないという、政宗の哲学によるものだった。復讐対象はクリストフ。


(怒りのままに癇癪を起こし、殺すべきではない。復讐とは、奪われたモノを奪い返すということだ。そして相手にも同じかそれ以上の苦しみと、虐げられた感触、苦悩を味合わせることだ。そして一瞬であっても、虐げたことへの後悔を味合わせる。感じさせる。そして分からせる。――自分が悪かったと、悪いのは自分だけだと、分からせる。後悔させる……それが復讐だ。怒りのままに殺れば、俺はアリエスを殺した時のように、また後悔してしまう。復讐は一回きりだ。俺はもうアリエスに復讐できない。アリエスはもう、死んでしまったのだから)


だが政宗の後悔はアリエスだけに止まらない。小泉や田所、橘や京極もそうだ。京極に関しては面識もなかったため復讐心はなかったにせよ、あの3人だけは殺すべきではなかった、政宗は後悔している。


「立てるか?」


「……うん」


トアは政宗の紅い目を見つめていた。そこから感じ取れた微かな悲しみに、トア自身も申し訳ない気持ちでいる。頭の中でもう一人の自分が、“政宗を殺しに巻き込んでいるのはお前だ”と、そう呟くのだ。政宗とトアは、お互いに誰も知らない罪悪感を抱えていた。

すると政宗はクリスを真顔で見つめる。その視線は不可解で、クリスの“頭上”を見ているようだった。


「お前……獣族か誰かを虐げたか?」


おかしなことを尋ねる政宗。だが尋ねられた本人は腕を失いそれどころではない。


「なあ? 虐げただろ?」


確かにクリスは先程、ネムを獣人という理由で差別した。それを虐げたというならそうだろう。政宗はそのことについて言っているのだろうか? しかしその時、政宗はまだここにはいなかった。だから知っているはずがないのだ。


「分かるんだよ……俺にはお前の“影”がはっきりと見えてるからなぁ」


影……それは対校戦の最中、政宗の視界に現れた、あの影のことだ。対校戦のために集まった観客たちの頭上に現れた、黒く蠢く砂のような影。クリスの体からは、それと同じものが噴き出し、頭上に舞っていた。政宗はそれを見つめているのだ。


「どうやらお前はこの世界に“相応しくない”らしいな……ついでに左腕も消しておこう。可能性を排除し、リスク回避だ」


政宗はトアを立たせると、クリスの方へ振り返りながらそう答える。すると次の瞬間、クリスの残りの左腕が消し飛んだ。


「ニト殿!――」


「ぎゃぁああああああああああああ!」


すると政宗を呼び止めるレオナルド。その後にクリスの叫び声が聞こえ、広間に反響する。レオナルドの声は馬鹿息子の悲鳴にかき消された。


「ん?」


すると無表情ながら目の据わった政宗は、振り向きもせずレオナルドの声に反応する。だが振り向きはしない。声で応えただけだ。

2つの瞳は紅く染まっているが、右目は揺らいでいる。まだ深淵に染まりきっていないのだろう。


「お許しください! クリストフ様の行いについては私から謝罪させていただきます! お願いします! どうかクリストフ様をお許しください!」


ひざまづくレオナルド。だがその様子に、政宗の表情も目も、まったく変化がない。何より政宗は振り返ってすらいないのだ。その瞳は、激痛で泣き喚くクリスを見ていた。表情は満面の笑みだ。だがその笑顔も不安定なものだった。怒りとは一定以上吹き出し、そして停滞するような、そんなものではない。吹き出し続け、感情も表情も破壊し、人格を破壊する、そういうものだ。政宗はクリスの苦痛に歪み、嘆願する顔を観賞し、噴き出る怒りを緩和していた。でなければ、少なくとも王城くらいは消し飛んでいただろう。


「レオナルド、国かこいつの命か、どっちがいい? 俺はどっちでもいんだが……選べよ?」


その言葉に目を見開き、顔を上げるレオナルド。


「く……国と……クリストフ様ですか?……」


「簡単だろ? 答えは国だ。こいつの命は国とは比べられない。なら俺に任せて殺した方がいいと思うんだが、お前はどうしたい? 今はシュナイゼルもいないみたいだ。ならお前が決めるしかないが、レオナルド? お前は国よりもこんなくだらない男を守るのか?」


「ニト殿……お願いします。クリストフ様をお救いください」


そういう話ではない。レオナルドは止めてほしいと、そう言っているのだ。怒りを治めてほしいとそう言っている。だが政宗はまるで感情がないように、惚けたような軽い表情をしていた。怒りを通り越し、表情の作り方など忘れてしまったのだ。

一瞬、レオナルドの方へ振り返った政宗。瞳は紅く、するとレオナルドはその目に困惑している様子だった。


「その目は……」


「どうでもいいことだ。お前は自分の国の心配をしてろ。言ったよな? 3人を頼むと、だがお前は……いや、俺のミスだ……俺が判断を誤った。ハハ……ハハハハハ……何を聞いているんだろうな? 俺はまた、トアを傷つけるつもりか?……」


まるで頭が狂ったように自問自答を始める政宗。笑みを浮かべては真顔になり、そこからは政宗の危うさが窺えた。


「ニト? どうしたの? 私はここよ?」


すると心配そうな表情で、傍らのトアがニトの手を掴む。その目はニトをしっかりと見つめていた。


「トア……」


政宗の目にはトアしか映っていない。いや、トアしか映したくないのだ。だから政宗は……


「ガハッ!」


――トアを傷つける者を許さない。

その時、突然、クリスの腹に、大きな風穴が空いた。まるでそこだけくり抜かれたようだ。


「ゴフッ!……カハッ!」


クリスはもう痛みも感じていないだろう。ただ死が迫っていることを感じながら、口から血を吐き、床に撒き散らしている。辺りには相変わらず肉片すら見えない。どこへ消えたのだろうか? おそらく肉ごと消滅したのだろう。


「クリストフ様ぁあ!」


王子の身を案じるレオナルド、だが仕方がない。クリストフはレオナルドの上司なのだから。


「ニト、もう……」


すると政宗の腕を掴み、これ以上は止めるようにと、そう言いたげなトア。だが政宗の考えはもう決まっていた。


「いや……トア、それは違う。それじゃあダメなんだ。俺はあの時、トアの言葉を聞き入れた。それがトアのためになるとそう思ったんだ。トアを守りたい一心で、“俺”は、誰の言葉も聞かず、きっと、自分だけの考えでトアを守ることにしたんだろうと……そう思った」


「ニト?……何をいってるの?」


トアには分からない。政宗は今、未来の自分について話しているのだ。未来の自分が何故、トアを救えなかったのか、それは自分の考えだけで物事を考えたからだと、そう思った。だからあの時、それだけが理由ではないが、一種の気の迷いから、トアの言葉を聞き入れ、魔族を逃がした。


「選択が重要だ。選択次第で俺は……」


――トアを失う。だから“あの時”、些細なことではあるが、政宗はトアの言葉に従った。そういう面もある。

政宗は“自分”のことを知ったつもりでいる。未来の自分はトアを守れず、世界を破壊した。だから政宗はトアを救える方法を探した。魔法はみつかったが、それが正しいとは限らない。だから政宗は今も悩み、そして選択というものに関して、常に悩んでいる。バタフライ効果という考え方があるように、政宗は、自分の選択次第で起こりえる未来に怯えていた。


「こいつは今日ここで死ぬ。これでもう、こいつは誰も傷つけられない。これが最善であり、賢い選択だ。ふっ……合理的だろ? レオナルド?」


「ニト殿……」


だがレオナルドにも何のことかは分からない。レオナルドは今、目の前の狂人をどう対処するか、それしか考えていないのだ。


「何なら国ごと破壊してやってもいいんだ。レオナルド、シュナイゼルに言っておけ、今回は馬鹿息子の命一つで許してやるとな?」


「【悔恨の産声パルトゥーレ・ピグマ】!」


すると政宗は、不必要に魔法を詠唱した。もはや何を考えているのかも分からない。すると瀕死状態だったクリスが、顔を充血させ口を開く。そして徐々に顔の皮膚が裂け、すると強引に開いた口から2本の白い腕が飛び出してきた。次の瞬間、クリスの頭部が破裂し、すると姿を現す“白い子供”。


『生まれてしまった! 生れてしまったよ! ん?……ん?……あ! マスター!』


異常なほど痩せこけた体と特徴的な細長い指、そしてあばら骨の浮き出た脇腹。背丈に似つかわしくない背中まで伸びた黒い髪。すると絵の具で黒く塗りつぶしたような光沢のある黒い2つの眼が、政宗を見つめていた。


「フハハハハハ! 有効利用だ! どうせ殺すなら魔法の栄養源くらいにはしてやってもいいだろ?」


無論、政宗の中にはそんな親切心などない。政宗に言わせてみれば、目の前の愚物で何かを生み出してやる気はさらさらないのだ。政宗はクリストフの命を粗末にし、卑下し愚弄することで、復讐を完遂した。

だが愉快な口調である政宗の目は暗く、表情は沈んでいる。


「さあ、トア、ネム、スーフィリア、そろそろ行こうか」


頭部がはじけ飛んだことにより、辺りには肉片と血が散らばっている。もちろんクリストフのものだ。すると惨状に戸惑いながらも駆け寄るネムとスーフィリア。


「掃除は頼んだぞ、レオナルド。ああそれから、これが原因で俺に兵でも差し向けた時には同盟違反により、一人残らず深淵の餌食にしてやるから、何もするなと、そうシュナイゼルに言っておけ。戦争はお互い、望んじゃいないだろ?」


政宗はトアの手を取り、いたわるように手を繋ぎながら広間を後にする。

すると広間に残されたレオナルド。傍にはクリストフの死体が散乱しているだけだ。拘束していた白い腕も政宗が去ったあと姿を消した。だがレオナルドは一人ではない。


『ここにいろって言われても……どうすれば……』


辺りをギョロギョロと見回す“深淵の子供”。どうやら政宗の“意志”により、置き去りにされてしまったらしい。


「なんだ……」


レオナルドは、異常に白く、そして不気味なほど大きく真っ黒な2つの眼で見つめるその子供に、警戒していた。自分も殺されてしまうんじゃないかという恐怖だ。

するとしばらくして、ギョロギョロしていた子供の片腕が蝋のように溶け始める。


『ちぇっ! つまんないの……でも仕方ないか? 生まれてしまったのがいけないんだ。生まれてしまったのがいけない。生まれてしまったのが……いけ……な……い……』


子供はドロドロの蝋に変わりながら崩れ落ち、そしてゆっくりと姿を消した。それは呆気なく、儚さを感じるほどであった。


「これは、一体……」


残されたレオナルドは、しばらくの間、その場に佇んでいた。去り際の政宗の言葉を、レオナルドは一つたりとも理解できていない。深淵とは何か? それは金騎士長にも知らされていないことだ。そしてクリスの体を突き破り、目の前に現れた奇妙な子供。そのすべてがレオナルドには分からなかった。

するとレオナルドは壁際の椅子に腰を下ろし、目の前の状況を整理しながら、頭を抱えていた。

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