第189話 風向きが変わり

 そこに現れたのは佐伯だった。


「おかしいだろ?! こいつは京極を殺したんだぞ?! 何で無罪なんだよ?! なんで何もとがめらてねえんだよ?! グレイベルクだってそうだ! あの日、王城を消したのもこいつの仕業だろうがぁああ! そんな奴が無罪な訳ねえだろおおお?! こいつは正真正銘『龍の心臓』だぞおお?!」


佐伯の叫びが会場に響いた。


佐伯は激昂していた。

息をきらし、肩を揺らしながら会場中を睨みつけていた。

それは主に、目の前の王たちへ向けられたものだ。


耳の良い俺には離れた場所にいる王の呟きが聞こえた。

数名の王は、険しい表情で佐伯を見つめ、とある2人の王は「何も知らぬ青二才よん」「代わりにあの者の死刑で我慢するか?」とニヤつく。

大柄の王は「元気のいい若者だ」と完全に見下し笑っていた。


俺は少しすると、自分が無罪となり、世界に罪人ではないと認められた事実を認識し始めた。

すると急に、目の前の佐伯が滑稽に見え始める。


……いい気味だ。


するとそこへグレイベルクの王が傍聴席より降りてきた。


「佐伯くん、少し落ち着きなさい」


すると話しかける王に、佐伯は一瞬、反射的に鋭い目つきを向けると、直ぐに気づいたように表情を穏やかにした。


「あなたは……」


「アーサー・グレイベルクだ。久しぶりだね、佐伯くん」


「……」


すると佐伯はどう答えていいのかと戸惑っている様子だった。

会釈するだけで何も答えようとしない。


「佐伯くん? 少しいいかい? 君と話がしたいんだ。今回の異端審問についても教えて上げられるから、少し外に出よう」


と言っても、ここは外な訳だが。


すると佐伯は、グレイベルクの新たな王に連れられ、そのまま会場の外へと姿を消した。

去り際、俺を睨みつけながら……

――――。


「ニト殿――」


するとそこへ、俺の目の前にマニョスカが現れた。


「少しお時間良いですかな?」


さっきまでと話し方の違うマニョスカ。


「はい」


俺は安易に頷く。


「実は重要な言伝ことづてがありまして、今回の異端審問におきまして、無罪という判決を下しておきながら、このようなことをお話しするには心苦しい部分もあるのですが……」


「……」


「今を持ちまして、ニト殿含め、トアトリカ殿、ネム殿、スーフィリア殿につきましては、ハイルクウェート高等魔法学院を退学となります。つきましては……」


「……」


そうか……退学か……そうだよな。

いや……

元々、去るつもりだったし、別にいいか……


「ハイルクウェートとフィシャナティカの2校におきましては、オズワルド・セイバーハ―ゲン。そしてサブリナ・キッドマンが管理をしておりますが、責任者は『八岐の王』となります」


「……」


「という理由もありまして、王として、正当ではない殺人を行った者の在学を認めるというのは、何かと問題として追及される部分ではありまして……」


イメージ的な問題だろうか?

コンプライアンスとかいう言葉を以前、何かで聞いたような気がするが、そういうことだろうか?


「つきましては、3日以内に本校を立ち去っていただきたく思います。また今回の退学は永久退学及び、永久的な出入りの禁止を意味します。今後は、両校へ立ち入らないよう、お願い申し上げます」


するとマニョスカは、言伝を終え、そのまま颯爽と会場を立ち去った。


……


特にショックを受けている訳ではない。

当然の結果だと思うし、そもそも京極を殺した時点から分かっていたことだ。

俺はある程度、覚悟して殺した。

あの時点での最大のリスクを回避した結果だ。


「……」


俺は振り返り、3人の待つ場所まで歩いた。


「――退学だ」


俺がそう告げると、3人は優しく微笑んでいた。


「仕方ないわよ、それにもう、ここは飽きたわ」


「ネムはご主人様と冒険がしたいのです!」


「わたくしはそもそも、学校などという牢獄は嫌いです」


皆、本心はどうなんだろうか?

正直、俺は微妙な感じだ。

悲観しているつもりはないが、何というか微妙な感じがする。

複雑とは表現したくないような、悲観的なものだと認めたくないような、そんな感覚を覚える。


だが3人は微笑んでいた。


「おい――」


するとその時、俺の直ぐ隣に、突然2メートルを優に超えるほどの巨大な男が現れた。

もみあげと繋がった赤い髭は、後ろへ流れるようセットされた赤い髪と交わり、まるで獅子をイメージさせる。

鍛え抜かれた筋肉は、さらにこの男を大きく見せていた。


――7人の王の1人だ。


すると王は、顎に手を添え何かを考えながら、じっとスーフィリアの顔を窺っていた。


「あんた……スーフィリア・アルテミアスか?」


――悪寒が走った。


「いえ……違いますが」


だがスーフィリアはまったく取り乱すことなくそう答える。


「……」


すると王は俺とスーフィリアを交互に見た。

何を確かめているのか? その行動の意味は分からない。


「……なるほどな……そうか……」


すると何やら納得する王。


「フレデリックの件は残念だったな?……」


「……」


フレデリック……確か、あの時、ジークが殺したアルテミアス王の名だ。

つまりスーフィリアの父親。


すると男は、俺の方をギロッと見た。


「あの2人に賛同するのが癪だったから無罪にしたが……判断を誤ったか? ふ……案外、さっきの小僧の言い分は当たっているのかもなぁ……」


「……」


さっきの小僧? 佐伯か?


「なあ? 聞きてえんだが、アリエスとヨハネスを殺したのは、お前じゃねえよなぁ?」


「は?」


「お前……龍の心臓か?」


「一体、何の話でしょうか?」


「……」


「……」


すると男は、ギラついた目で、俺の仮面をじっと見た。

その口元はニヤつき、何を考えているのか分からない。


「ハッハッハッハッハッハッハッハッ! 冗談だ、冗談! 忘れてくれ英雄!」


すると男は体を反りながら豪快に笑った。


そして男は突然、笑うことを止め、表情も“目つき意外”は無に戻った。

そして通り過ぎていく一瞬、俺にだけ聞こえる程の声で囁く。


「じゃあな、深淵の愚者……」


声に圧力を感じた。


――“王”だ。


それを一瞬で、認識させられた。


「武王グラム……豪国ラトスフィリアの王です」


するとスーフィリアが答える。


「アルテミアスとは隣国であり、友好関係にありましたが、今はもう解消されているでしょう」


武王か……大層な異名だ。

肥大した筋肉は、まるで獣人のようだった。


「3人共、荷造りだ。今日、学院を発つ」


「え、今日?」


するとトアが聞き返してきた。


「ああ、もうここに用はない。それなら別に名残惜しさもないし、今日にしよう。そして魔国に行く」


「魔国に?」


「ああ。一度、トアの故郷に行こう」


まずは魔国に行くべきだ。

そして魔国がどういう国なのかを知るべきだと思う。

魔族についても知るべきだ。

俺はトアのことを何も知らない。

トアが抱えている何かを解決してやりたいが、このままでは何もできない。


「ネムとスーフィリアはそれでもいいか?」


「ネムはご主人様がいるならどこでもいいのです!」


「お傍においてください。命尽きるその時まで……」


おそらく2人は、俺が見捨てると思っているのだろう。

だから心配している。

実際、俺はそう言った訳だしな。


だが強制的に突き放すようなことはしない。

最終的には選ばせる。

それでも俺といたいと言うなら……


いや……


それはその時にでも考えよう。











 話があると言うアーサー王。

だが佐伯は戸惑っていた。


するとアーサーは会場の外で止まり、そこで佐伯の顔を見た。


佐伯の視界、その奥に、突然、白装束の者が現れた。

おそらくアーサーの護衛だろう。

腕を組みながら、少し離れた場所に立っている。

佐伯は一体いつ現れたのかと、さりげなく驚いていた。


「佐伯くん、グレイベルクに来ないか?」


「え?」


「以前は国の状況も悪かった。直ぐにでも君たちには知識が必要だと思い、オズワルドに頼んで引き受けてもらったが、今は余裕が出てきてね? 国の状況も安定しているんだ。だが騎士が足りない。以前、ヨハネスは王直属の部隊として『王剣騎士』を設立した。だがその実態は杜撰ずさんなものだった」


するとアーサーは改まったように答える。


「実は新たに、ある部隊を立ち上げたんだ。名を『聖騎士』という。そして近々、聖騎士を強化する目的で、腕の立つ魔導師や騎士を募集しようと思っていね。是非、佐伯くんにもその試験に参加してほしいんだ」


「試験ですか?」


「ああ。だがもちろん強制じゃない。前にも言ったように、君達はもう自由だ。試験は近々始まるが、ここで残りの4年間を過ごしてもいい。聖騎士は随時募集するつもりだから、4年後参加してくれてもいいが、君には是非、今、参加してほしい」


佐伯はアーサーの言葉を聞き、そして戸惑っていた。

何故、この人は自分にそこまで入れ込むようなことを言うのだろうかと。


「その……なんで俺なんですか?」


「……そうだねぇ……実はついさっき決めたことなんだ。君の訴えを聞いてね? それで分かったよ。君がまだ、アリエスに囚われているということが」


「……」


「そういう者は少なくない。これまでも何人も見てきた。アリエスは才色兼備などという言葉では表現しきれないほど、優れていたからねぇ。だから彼女に呑まれる者はそれだけ多かったんだ。未だに君以外にも、彼女に忠誠を誓っているものがいるんだよ。そして心の中で、アリエスを神のように信じている。先程、君がグレイベルクの悲劇を語った時、その影が見えたような気がした。だがまだ“影”だ。今なら取り除ける。それは虚像に過ぎないと、今なら気づけるはずだ。参加してほしいと言ったのは、私にその手伝いをさせてほしいからだ。聖騎士に入れば、きつい訓練が待っているが、そこで得られるものは大きい。実戦的な訓練は君の心を強くする。アリエスのような幻に頼らずとも生きていけるだけの心を得られるはずだ」


アーサーは佐伯の心を見抜いた。

佐伯の肩に、邪悪な笑みで何かを佐伯にささやいている、アリエスの姿を見たのだ。


グレイベルクという血族には、愚かな者が多い。

大抵、私欲に走り、破滅する者ばかりだった。

だがアーサーはそうではない。

人を人とも思わない兄、ヨハネスのような者では決してない。

佐伯を助けたいと思う心も本物だった。


「私は自由だと言ったが、それは酷な話だ。自由ほど責任の伴うものはない。君たちはおそらく日々、悩まされていただろう」


「はい、皆、卒業後のことを心配しています」


「だろうね。だから私は、一応君たち全員の枠は元々用意していたんだ。路頭に迷うようなことがないようにね? だが一度は自分で切り開いてほしいと思った。だからあの時は、そう告げたんだ」


アーサーの“自由”という言葉には、勇者たちへの償いを意味するものが含まれていた。


「この話は私と君だけの秘密だ。他の勇者には話さないでほしい。他の勇者は残りの4年間、ここで勉学に励み悩むといい。結果が伴わなかった場合は、グレイベルクが受け皿となろう。全員の身の安全は保障する。そして佐伯くん、君は今から私と共に、グレイベルクへ行くんだ。どうかな?」


「それは……」


「出発まで、まだ時間がある。直ぐそこに馬車が用意してあるんだ。私はそこで待っているよ」


「……」


アーサーは変わった男だ。

平民を待つ王がどこにいるだろうか?

元々、王になる予定などなかったアーサーは、そもそも今回のような会合にすら向かない性格をしていた。

というより、そもそも王になどなりたくなかったのだ。

その結果、王らしくない王が生れてしまった。

だがそれが幸いして、佐伯たちには今がある。


佐伯にとって、これは好機だ。

今回の襲撃で、佐伯は自分が弱いことを自覚した。

魔王に放った魔法はハエを払うように、あしらわれ、意味をなさなかった。


「あの……聞いてもいいですか?」


「何だい?」


「ニトは何故、死刑にならないんですか?」


佐伯の感情は、アーサーにすら手に取るように分かった。

そこには、周囲に対する怒りと疑念があった。


するとアーサーは即答する。


「それは単純な話だ。彼を殺す術がないからだよ」


「え?――」


それは佐伯にとって予想だにしない答えだった。


「殺す術がないんだよ。――今回の襲撃だが、その一部始終はシュナイゼルがすべて見ていた。その過程でニトは全身に魔王の炎を浴びたというが、まったく無傷だったと聞く。佐伯くんはこの世界に来てまだ間もないから分からないかもしれないが、魔王とは、この世界において絶対的な存在なんだよ。魔王が殺せなかったモノを人間が殺せる訳もない。もっと単純に言うなら、処刑方法は火刑と絞首刑しかないわけだが、焦げ目すらつかない肉体を焼く炎が、一体どこにあると思う? そんな体に私たち人間の刃が通ると思うかい?」


「それは……」


「例えば、異端審問会には『反魔法アンチ・マジック』と呼ばれる宝具が存在する。過去、“彼のような者”を一度だけ葬った実績のある、言わば最終手段だよ。以前、八岐の王は、この宝具を『無限級』と定めた。だがそれは、言ってみれば願望だよ。“この武器で殺せない者はいない”……そう思いたかったんだろうね? だが、あるいは、もしかしたら、それなら殺せるかもしれないという、そういう意見も出た。昨日、君が会議室を去った後にね? だがチャンスは一度だけだ。もし判断を誤れば、次の瞬間、痛い目をみるのは私たちだ。ならばリスクを侵さず、監視する道を選択する方が利口だとは思わないかい?」


「監視?……」


「そうだ。監視だ。責任はシュナイゼルがとる。この話はここまでにしよう。後はシュナイゼルに任せるんだ。私たちにはやるべきことがある。君もそうだろ? 佐伯くん」


殺す……佐伯は当然のようにそう思っていた。


「でも、あいつは『龍の心臓』ですよ?」


「それは現状、君の憶測でしかない。似たような魔法を使える者がいないとは言い切れないだろ? 世界は広い。どんな魔法を使える者がいるのか、そのすべては分からない。それに何より、証明するには少なくとも、まず『龍の心臓』の実態を暴く必要がある。それに事実だけを言うのであれば、あの日グレイベルクを襲撃した者が『龍の心臓』だとは、そもそも誰も証明できないんだよ。誰もその瞬間を見ていない訳だからね? “そんなことを仕出かすのは龍の心臓しかいない”……つまりは、そういうことなんだよ」


普通に考えれば分かることだが、それでも裁くには証拠が必要だ。


「俺は見ましたよ? あの日、森を抜けた先で、偶然、黒装束の連中と鉢合わせたんです。そいつらは自分たちのことを『龍の心臓』だと言っていました。そいつらから感じたものは半端じゃなかった……」


「襲撃の瞬間を目撃したのかい?」


「そういう訳じゃ、ありませんけど……」


「ならば同じことだ。異端審問の内容は聞いていただろ?」


「はい……」


「あるいは、アルテミアス王やヨハネスが殺される前なら、どんな内容であれ事前に有罪が確定した異端審問が行われていたらしいが、君はその方がいいと思うのかい?」


「そうは、言いませんけど……」


「ならば現状は最善だ」


「……」


佐伯には、知る必要のあることがまだまだ沢山ある。

物事は感情だけでは上手くいかない。

それが例え、正しい反応であったとしても。


「やるべきことをしなさい。私は馬車で君を待つ」


その後、佐伯は自分が正論だと思い込んでいたことを少しも認められず、吐き出せず、何も解決せぬまま、その場を去る。

その後ろ姿をアーサーは、“どうにかしてやりたい”という思いと、“甘やかしたような綺麗ごとで終わらせる訳にはいかない”という葛藤を抱えながら見つめていた。


「王様!」


するとそこへ、アーサーの部下が現れる。

案内されるまま、その場を去るアーサー。


するとアーサーは一度、足を止めた。


「……」


空を見上げ、目を細める。


「不吉な……」


次第に、晴天だった空に陰りが見え始める。

突然、空に暗雲が立ち込め、雷鳴が轟く。


「……」


すると、アーサーは空から目を逸らし、部下に馬車へ案内されると、その後、そこで佐伯を待つことにした。


 風向きが変わり、そこに冷たい風が流れた。

次第に雨音が聞こえ始ると、それまで晴れていた空も心も、どこか雲がかかったように、雨粒と共に落ち始める。


それがアーサーの言う、“不吉”を意味するものなのかどうか?


それは分からない。


だが、異端審問の閉廷と共に訪れた、風向きの変化は、それぞれの心に疑念と不安を抱かせた。


この判断は、正しかったのかどうかという、疑念を――

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