第188話 これにて閉廷!

 「話に登場したカイゼルですが、我は直接、戦場にて相対しました。そして直接、本人の口から聞いたのです。“この軍は、お前を殺すために用意したものだ”と……カイゼルはそこにいる異端者ニトに、そう言っておりました」


ブラームスは参考人として現れると、俺を一切見ることなく、そう言い放った。

そして直ぐに下がり、姿が見えなくなった。


あの時、魔王から命を救ってやったというのに……恩知らずな奴だ。


するとユートピィーヤの審問官は、


「つまりそういうことだ! すべての元凶はこの異端者ではないか!」


少し議論が荒れてきた。


「待て!」


すると豪国ラトスフィリアの審問官が話を遮った。


「先程から憶測が飛び交っているこの議論にこそ、私は疑問を感じますねぇ。聞いたと言われましても、それを証明するモノはありません。話が平行線になる前に、断言しますが、彼が魔族軍を滅ぼしたことは何より、事実です。その時点でまず共謀罪などというものが成立するとは思えません。さらに、もし仮に彼が今回の襲撃を予想できていたのだとしたら、当然、逃げていたのではないでしょうか? ですが彼は逃げるどころか、わざわざ魔族を殲滅してくれたのですよ? この事実のどこに罪が含まれているのでしょうか? 憶測ではなく事実で述べていただきたい」


するとそれに対し、またしてもユートピィーヤの審問官が、


「こちらは初めから事実を申しておるのだ! 参考人が言っておるのだぞ! それを事実と言わずして何と言う?!」


するとその言葉に賛同するパスカンチンの審問官。


「参考人の証言は最も中間的な意見です。それを疑うというのもおかしな話ではありませんか?」


するとデトルライト共和国の審問官が口を挟む。


「仮にそうであったとしても、今回の襲撃を終戦に導いたことは、反逆の意志がなかったことを証明すると同時に、何より感謝に値します。私はこの異端審問自体が間違いであるように思いますが?」


色々と意見が飛び交い、俺を置き去りに、白熱した議論が行われた。

主にパスカンチンとユートピィーヤが有罪を指示し、その他が無罪だろうか?

分からないが、そんな感じに見える。


「とりあえず……そうですねぇ……私はこれが死刑に値するほどのことだとは思えません」


聖国グレイベルクの審問官はそう言った。

以前スーフィリアに聞いた話だが、どうやらグレイベルクは、襲撃を受けて以降、新たな王が即位し、国名を変えたらしい。

聖国とは……また胡散臭い名だ。

聖者の国だとでも言うのだろうか?


するとその時、それまで一度も口を開くことのなかった、繋国けいこくイキソス。

その国の審問官が手を上げた。

その手に視線が集まると、自然に審問官同士の会話が止まる。


すると“イキソス”は話し始めた。


「今回の件は、分けて考えられるほど、そう単純なものではない」


静かに語り出すイキソスの審問官。


「議題を越えた議論を要求します。許可をいただけませんか?」


するとマニョスカに許可を求める審問官。

マニョスカは少し考えるように目の前の冊子をめくると、「許可する」と一言そう言った。


「ありがとうございます」


顔は見えないが、一人だけ落ち着いた雰囲気の審問官。

イキソスとはエヌマサンの上に浮かんだ国だ。

つまりエヌマサンを支配している国だ。ロクなもんじゃない。


「まず、あなたには生徒殺害という決定的な罪があります。これは公然と行われ、多数が目撃したことから、くつがえすことのできない事実です。そこで一先ず、魔族の件は置いておき、別の話をしたいのですが、実は騒動が一段落した後、この会場における瓦礫の撤去作業を行いました。対校戦へ訪れた一般客の中には、伯爵や公爵などの著名人も訪れることから、万が一、今回の騒動に巻き込まれ亡くなられていた場合、それは大きな事件となります。そのことから、会場を含む付近における死体の回収と判別を行っていたのですが……」


するとそこで審問官は不自然と言葉を切った。

そして抑揚をつけ、再び話し始める。


「その過程で、おかしな死体を発見しましてねぇ? それはダインズと呼ばれる、ある公爵家の領主、並びに御子息の遺体でした。瓦礫を復元した結果、周囲の壁や床、天井に、視界を埋め尽くすほどの血痕が見つかっています。血痕を媒体とした遺体の復元は不可能でしたが、現場の状況から、おそらくダインズ家の護衛のモノと思われます。そしてこの遺体ですが、魔族がやったとするには、少し死後の経過時間が合わない部分がありましてねぇ……さらに、遺体が見つかった場所というのがですね? 選手控室があります選手専用通路の直ぐ傍なんですよ」


「なるほど……」


ちゃんと掃除しておくべきだった。

あの時は、気が動転していてそこまでの余裕がなかった。

それよりも、この世界にも死後の経過時間を計る技術があるとは思わなかった。

そんなことを言われるとは、まったく予想してなかった。

おまけに復元だと?

もっと魔法の可能性を考えておくべきだった。


――魔法に不可能はない。


そんなことは分かっていたが、何でも可能だからこそ、不可能などという発想が出てこなかった。


「お分かりになりますか? つまりこの一件はあなたが犯したのではないかと、そういう疑いもある訳です。次にパスカンチン王とユートピィーヤ王に対する不敬罪ですが、単刀直入に申し上げますと、あなたが2人の王に、魔法を行使したという疑いがあります。その場に居合わせたとある生徒がそう証言しました。尚、魔法陣が展開された様子や魔力の痕跡が見つからなかったことから情状酌量の余地はありますが、不敬罪には変わりありません。それは2国の王から直接、訴えがありました。討論の内容については周囲にいた多くの者が目撃しております」


イキソスの審問官は淡々と、畳み掛けるように話す。


「さらに、これはまったく詳細の分からない件ではありますが、とある3人の生徒が現在、行方不明となっております。アキラ・コイズミ。テッペイ・タドコロ。タケシ・タチバナ。以上3名が現在も行方不明となっております。複数の生徒に事情を伺ったところ、この3名は、対校戦における第三試合、つまり、あなたが出場されていた試合が終わった直後から、行方不明となっています。さらに彼らが失踪した時間と、先程のダインズ公爵と御子息が殺害された時間とが、多少の誤差を除き殆ど一致しているのです。生徒3名は行き先を告げず、どこへ向かったのかも分からない上、結局のところ確定的な情報はありませんが、仮に生徒3名が、その後ダインズ公爵と同じ場所に立ち寄っていたとすれば、現在も行方不明である理由というのが見えてくるんですよ。つまり彼らはダインズ公爵と共に、そこで殺されたという仮説が生れる訳です」


「つまり……俺がやったと?」


「……疑いがかかっている。ということです。一度、分かり易くするために、確定しているものを列挙しましょう。あなたが2国の王に罵声を浴びせたということと、追加試合において、公然と殺人を行ったということです。この2つは覆りません。そしてそこから導き出されるあなたの人物像は……狂人、猟奇的殺人者、そして魔導を放棄し魔道に背いた者、つまりは、異端者です」


静まり返る審問官。

完全に、俺は犯罪者扱いだ。


「話にあった2人の王は、私の仲間を無理やり誘拐しようとしました。だから私は拒否しました。それだけのことです」


「つまり、認めるということですね?」


「京極さんは私と命をかけ、戦うことを要求してきました。だから私は加減などせず、全力で戦いました。それが礼儀であり、私の魔道です」


「質問に答えてください。あなたは王に無礼を働いたことを認めるということですね?」


「正当防衛です……」


「質問に答えなさい!」


その時、イキソスの審問官が激昂した。

机を強く叩き、王に対する不敬を認めろと、そう言ってきたのだ。


「……私は不敬だとは思っていません。よって、認めません。私は仲間を守っただけだ……」


あいつらはネムを攫い、そして奴隷のように好き勝手扱った後、ゴミのように捨てるつもりだった。

行きたくないと俺にしがみ付くネムに目もくれず、自分の欲望しか見ていなかった。

汚い歯を見せつけニヤニヤと笑いながら、ネムを物のように物色していた。

それだけに飽きたらず、傍にいたトアやスーフィリアに汚れた目を向けた。

だから俺は抵抗した。当然のことだ。

それが罪だと?

俺は魔族からお前らを救ったじゃないか?

ダインズにして、殺されかけたのは俺の方だ。だから殺した。

京極の死も、あれは本人が望んだことだろ?

俺はそれを利用し、殺しただけだ。

それを何故、他人に咎められなければいけない?

小泉たちを殺したのは、確かに俺だ。

だがこいつらのそれは、単なる憶測に過ぎない。

俺に関する一連の事実から、勝手なイメージを植え付け、憶測でおとしいれようとしているに過ぎない。


――都合。


俺は今、こいつらの都合で虐げられている。


何故、俺が罪人のように扱われなければいけない。

何故、俺が異端などと卑下されなければいけない。

何故、俺が侮辱されなければいけない。

何故、俺が狂人などと見下されなければいけない。

何故、俺が嘲笑われなければいけない。

何故、俺が虐げられなければいけない。


何故……


「王への不敬はどんな理由があろうと許されることではありません! さらに! 2人の王がそのような要求をした事実はどこにもありません! 目撃者もいません! つまり! あなたは突然、王へ罵声を浴びせたのだ!」


隠蔽か……もう何を言っても無駄だろうな……


不意に正面を見上げた。

すると正面の傍聴席に、7人の王の姿が見えた。

そこには、豚と豆の姿も見える。

俺を見てニヤニヤと面白がっている。

つまり……この異端審問は、初めから仕組まれていたという訳だ。

俺の有罪は初めから決まっていた。

いや……当然か。そういう予感はしていた。

正当なモノでないことは分かっていた。

確信すらしていた。

すべて、始めから分かっていたことだ。

この世界は、そういう世界だと。


異端審問が、出資者である7つの国により行われるものだと知った時から、これも腐敗したものだと知っていた。


イキソスの審問官は罵声を止めない。


「そのような者が、魔族から人々を救ったなど、到底! 通用するいい訳ではありません! 魔族をこの地に招いたのは紛れもなく、あなただ!……「――異議あり!」


するとその時、デトルライト共和国の審問官が強い口調でそう言った。

イキソスは見えない顔をデトルライトへと向けた。


「殺人は殺人です。ですが、あれは京極さんが望まれたことであることは、まず間違いありません。あのスピーチはここにいる誰もが聞いていたことです。さらに王への不敬ですが、私の集めた情報によれば、パスカンチン王とユートピィーヤ王が、第一試合で活躍されたネムさんを引き渡すように強要していた姿と、その発言を見て聞いていたという証言がありました」


「おや? では参考人として召喚されたらいかがですか?」


するとイキソスの審問官が噛みつく。


「情報提供者の身の安全を配慮し、情報元は伏せます」


「おやおや? それでは話になりませんねぇ? それに、それではまるで、顔を晒すとその提供者が何らかの被害を受けると仰っているように聞こえますが?」


「そう言っているのですよ?」


「おっと! それは聞き捨てなりませんねぇ。まるで隠蔽工作が行われているかのような物言いだ。仮にも国を背負っておられるのですから、正確な発言をしていただきたい!」


「それはこちらのセリフです。今のところ、あなたが仰られたのは、ただの感情論です。憶測による憶測。本人が何を思い、殺したにせよ、京極さんの死は本人の意志であり、この方には情状酌量の余地があります。そして王への不敬ですが、魔族から人々をお救いになられたことが事実である以上、そのような方が、突然に王を愚弄するなどあるはずがありません。――と、考える方が自然ではありませんか? わざわざ無関係な者たちを、命をかけてお救いになられるほど、正義感に溢れた方なのですよ? そのようなお方が、まさか何の理由もなしに、そんなことを仕出かすと本当にお思いですか? その考え方には無理があり、私念を感じます。公平な意見とは言えません。アダムスの意志に背いているのはあなたではありませんか?」


突然、俺を庇う審問官。

机上に置かれたプレートには、『デトルライト共和国』とあるが、初めて聞いた国だ。

何故、俺を庇っているのか?

だが、これにのるしかない。

そう思った時、ラトスフィリアの審問官もその意見に賛成する。


「やはり彼を有罪にするには無理がありませんかねぇ? 彼は魔族を排除しました。それだけで悪人でないことは立証できるでしょう。周知の事実と言っても過言ではありません」


するとそれに続き、聖国グレイベルクも賛成する。


「無罪で決まりでしょう。彼を有罪にすることは難しい。猶予を与えるという手もありますが……そうですねぇ……異端審問は有罪か減刑の二択しか結果は用意されていない訳ですが、これは無罪でいいでしょう。この異端審問自体が間違っていると、私は思います」


一体どういうことだろうか?

7名中、4名が俺を無罪だと主張している。

有罪だと言っているのは、3人だけだ。


「しかし! 彼は実際に人を殺しているではありませんか!」


「そうです! 諸悪の根源はこの者であると言っても過言ではない!」


パスカンチンとユートピィーヤは依然として、有罪を推す。


だがその時点で、賛同していたはずのイキソスは「はぁ……」というため息のみで、後には何も答えない。

それでも反論する2人。


「静粛に!――」


するとその時、マニョスカが木槌ガベルを叩いた。


「審問官は沈黙するように。これより判決を下さす!」


どうやら俺に審判が下るらしい。


「――被告! 異端者ニトの汚名を取り除き、ニトと改め、異端審問所長の名において!無罪を言い渡す!」


その瞬間、傍聴席のすべての者が、一斉に立ち上がった。

それに続き、審問官も立ち上がり、内2人はため息と共に、仕方なく立ち上がった。

最後にゆっくりと立ち上がる7人の王。


「――これにて、異端審問を閉廷とする!」


異端審問所長マニョスカの号令と共に、異端審問が閉廷した。


なんだこれは? まるで最初から無罪であることが決まっていたかのようだ。

最後だけやけに早いように感じた。

少し審議する時間があっても良かったようなものだが、マニョスカは直ぐに木槌を叩いた。


「ちょっと待てよ!」


その時、閉廷した異端審問に、佐伯が乱入してきた。

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