第184話 魔王カサンドラ
刃と刃が交わり、戦場に火花が散った。
「お前……」
赤毛の女。
黄色い眼が睨んだ。
「魔王か? よく避けたなぁ?」
魔王は距離を取るために、俺の斧を押し返し、すると後ろへ飛んだ。
そして着地すると、何とためかは分からないが、ハルバードを頭上や体の周りでくるくると回し、キリの良いところで構えなおす。
長いワインレッドの髪が綺麗な女。それがカサンドラだった。
「魔力を感じない……何者だ?――お前」
「今気づいたのか? 意外と間抜けだなぁ」
すると俺の挑発に目が据わるカサンドラ。
「【
その瞬間、魔王の頭上に、上級魔法級の火炎の玉が7つ現れ、一斉に俺へ向けて放たれた。
上手いもんだ。玉同士が衝突しないように調整してある。
「ヴェル! やっと強い奴がきたぞ!」
『そうか?』
ヴェルはお気に召さないらしい。
俺は少し後ろに下がりながら魔法を詠唱する。
「【
俺は地中から無数の白い腕を召喚し、迫る7つの火炎を受け止めた。
「遅い!」
その直後、侮蔑と共に、背後へ現れる魔王。
「ん?」
こっちのセリフだ。
大袈裟な魔法で注意を惹きつけ、その隙に背後から狙うなど、そんな定番な手に誰が引っ掛かるのか。
すると両手にハルバードを構え、魔王は振り抜こうとする。
俺は背後へ体を向けながら、遠心力で後ろ蹴りを魔王の腹にブチ込んでやった。
「ガハッ!」
「これが魔王か……」
だが流石魔王。と言っておこう。
魔王は仰向け状態のまま後方に吹き飛ぶも、途中で体を反転し、着地後、踏ん張りながら勢いを殺し、ハルバードを構えた。
上空で体勢を立て直すなど、そうできることじゃない。
俺が蹴り飛ばすと皆、割と簡単に飛んでいき、地面に這いつくばる。
流石は魔王だ。
その時、爆発音が広野に響き渡った。
一条が爆裂魔法を連射している。
あいつも好きモノだなぁ。
今思ったのだが、左手に大杖、右手に大斧。
この組み合わせはどうなのだろうか?
マッチしているのだろうか?
あまりにゆとりがないように思う。が、個人的には気に入っている。
ガチャついてはいるが、俺はどちらかと言うとスマートなタイプではないし、多少ガチャつく見た目の方が安心する。
この赤黒い姿がその証拠だ。
「魔王ってのはそんなもんか?」
俺が魔王にそう尋ねている間にも、『
魔族の数はもう残り少ない。
俺のステータス上の『選択数』は既に500を超えていた。選ぶだけでも骨が折れる。
「残り100人くらいか? どうするんだ魔王? 一人になるぞ?」
俺たちはしばらく見つめ合った。
魔王が口を開く。
「説明がつかない。その力はなんだ? 人間でありながら、それはあり得ない」
魔王は地を蹴り、迫る。
「【
瞬間、魔王の持つハルバードの槍先から汁が漏れ出し、その直後から硬化した。
何かにコーティングされた槍先が目の前に現れる。
「【
波動と槍先が接触する。
魔王の表情が驚愕に変わったと同時に、ハルバードの先端が侵蝕され消えた。
「くっ!」
魔王はハルバードを捨て、勢いをつけていたのにも関わらず、体が触れかけた直前で後ろに飛んだ。
俊敏な奴だ。反射神経も魔王級か?
おそらく魔王としては、俺をそのまま貫けるはずだったのだろう。だが、侵蝕はすべてを喰らい尽くす。魔法を纏っていようが関係ない。
「召喚魔法【
また魔王が何かを唱えた。上空に現れる巨大な魔法陣。
耳を突き刺すような鳴き声と共に、そこから巨大な黄色いドラゴンが顔を覗かせた。
ドラゴンは現れるなり、まず俺に向かってブレスを吐いてきた。
「ヴェル!」
『おうよ! 【
そのまま受けても良かったが、とりあえず重力の巨球でブレスを回避する。放射された火炎はすべて“暗黒珠”に吸い込まれ、火は1ミリも俺に届かない。
魔王がドラゴンの背に飛び乗った。
「魔族の格は、使役したモンスターの強さで決まる! 人間よ! 私の魔法を受けるがいい!」
魔王を背に、上空へと舞い上がるドラゴン。
「【
ドラゴンの顔の正面に、連続する3つの魔法陣が展開された。
『デカいのが来るぜ、マスター』
「あの魔法陣にはどういう意味があるんだ?」
『思うに、力の倍増と安定だろ? 魔力は上昇するにつれ周囲へ分散する傾向がある。つまりあの魔法陣には、力の倍増と集中を促す役割があるんだろう』
「一点集中か?」
『そういうことだ』
上空から見下ろすドラゴンの足元に、今度は巨大な魔法陣が現れる。それはドラゴンと背に乗った魔王をスキャンするように上昇した。
「あれは?」
『さあな、知らねえ』
ドラゴンの口が開き、そこに眩い光が見え始める。
ブレスが来る。おそらくさっきのよりも強力な奴が。
俺の持つ魔法は特殊だ。ドラゴンのブレスや先ほど魔王が放った火炎のように、シンプルなものはない。手で防ぐか、それとも魔法で弾くか……。
『マスター、受ける気か? 術式を破壊すればいいだろ?』
「あれを受け止められたら俺は最強だ」
『はあ? 何言ってんだ? そんなことしなくてもマスターは最強だぜぇ? 分かってんだろ? あれじゃあマスターは殺れねえよ』
「そういう意味で言ったんじゃない。分かるだろ?」
『……そんな必要あんのか?』
「俺は京極を殺した。その事実はあいつらを救おうと変わらない。俺は異端審問にかけられ、そこで裁かれるだろう。だから裁判を穏便に済ますために、ここである程度、力を見せつけておく必要がある」
『だがなぁ……』
「それに、その方が都合が良いのも分かるだろ? 結果は無罪だ。そして俺は何事もなく、この学院を去る。その後、あいつらが過ごす時間はなんだと思う?」
『バラ色の学生ライフか?』
「そうだ。あいつらに待ってるのは幸福だ。脅威と恐怖から開放され、あいつらはそれぞれの未来に進んでいく。卒業後、それぞれの人生が待ってる。そしてあいつらは勇者だ。皆、自分たちが思っている以上の人生は送れるはずだ。中には子を授かる奴もいるだろう。あの程度の力であっても、おそらくやりたいように出来るはずだ。皆、幸せになる。それでいいと思わないか?」
『思うも何も、マスターがそれでいいと思うなら良いんじゃねえか?』
「じゃあ何が気に入らないんだ?」
『分かるだろ? 俺は殺してぇんだよ。マスターがそうであるようにな?』
「目先の欲に走った結果、俺はアリエスを殺した。あれは後悔してる。お前もだろ?」
『ああ……そうだな……』
「二度目はないんだ。分かるだろ?」
『じゃあ好きにしろよ? どっちにしろ、マスターの意志がすべてだ。そして俺はただそれに従うだけだ。何故ならマスターの意志は俺の意志だ』
完全に収束した光が、ドラゴンの口から放たれた。
「ヴェル!」
『ここに来てヘタってんじゃねえよ! 大丈夫だ! 自分を信じろ!』
圧縮式高圧ブレ”が、俺に降り注ぎ、直撃した。
▽
一条は見た。
黄色いドラゴンのブレスを一身に浴びる、ニトの姿を。
「ニトさん!」
一条は魔族との戦闘を離脱し、何が出来る訳でもないが、ニトの元へ無心になり走った。
しかし、その一部始終を見ていたのは一条だけではない。
佐伯や河内といった勇者たち。
そしてオズワルドやブラームス、シュナイゼルの姿もあった。
そして何より、政宗が火にのまれ、視界から姿を消した時、最も不安に襲われたのは、
トア、ネム、スーフィリアの3人だった。
「ニト!」
「ご主人様!」
「ニト様!」
政宗がここで死ねば、3人はこの瞬間から孤独だ。
いや、直ぐにそうではなくなるだろう。
トアはシャステインに連れていかれ、他の者は一人残らず殺されてしまうのだから。
「ハビッツ! 吐き切りなさい!」
カサンドラは火を弱めなかった。
それどころか、さらに魔力を注ぎ込み、この一撃にすべてをかけているように見えた。
そして……
――その時、ドラゴンのブレスが止んだ。
だがドラゴンの口元にはまだ、残り火が十分に見えている。
ゆっくりと火は消え、そしてドラゴンは口を閉じる。
するとカサンドラは召喚魔法を解きドラゴンを戻した。
着地したカサンドラの顔は満足げなモノであり、自信に満ち溢れていた。
ニトのいた場所には、今も尚、灼熱の炎が燃え上がっている。
そしてニトの姿は、影も形も見えない。
「陛下ぁあああ!」
その時、最後の魔族が死んだ。
止めを刺したのは一条ではない。
政宗の騎士だ。
それが意味するものは何か?
だが答えは直ぐに現れた。
勢いよく燃え上がっていた灼熱の炎が、当然、周囲にはじけ飛んだのだ。
「――雑魚だな」
それと同時に聞こえる言葉。
――ニト。
「一瞬でもビビった俺が馬鹿だった」
そこには焦げ目すらついていない、無傷のニトの姿があった。
▽
「何故だ……何故……生きている?……」
額から流れる汗がここからでも見える。
魔王は動揺しているようだった。
それもそうだ。
もう既に、連れてきた国軍もすべて消え、そして頼みのドラゴンブレスも意味を為さなかったのだからな。
戦場へ魔力感知をしても、そこあるのは一条と、俺の騎士の魔力だけだ。
「何故、殺せると思った? 何故その程度の火力で、俺を殺れると思った?」
「ハビッツは! 絶滅した黄色龍の生き残りだ! その体内で生成される『龍の吐息』は種族一……他に類を見ない強力な火炎だ。それを……お前は……」
「ハッハッハッハッハッハッハッハッ! そうだ! 俺はそれを生身で防いだ! 魔法は使っていない! これが俺とお前の力の差だ! 魔王カサンドラだと?! 少しは楽しかったよ。ドラゴンも見れたしな」
異世界名物魔王討伐……ふ……
「やっぱり、不本意ではある……」
どうせなら、魔王のような奴を仲間にしたかった。
人間の王なんかよりずっと良い……だがトアが……
「……」
横目にトアの顔が見えた。
魔王というものは異世界において、“それを夢と言わずして何と言う?”と言いたくなるほどの存在だ。
その存在は誰も無視できず、単純な力だけでなく、カリスマ性すら感じる。
ファンタジーに満ち溢れた魔の兵を束ね、国を支配し統べる王。
――それが魔王。
俺にとっては夢そのものだ。
魔王に出会うこと自体が、夢だった。
だが……
「お前を殺す……トアがそう、望んでるんだ」
仕方のないことだ……
「トアだと?……ということは……トアトリカを攫ったのはお前か?」
「攫ってない。偶然、見つけただけだ」
「そうか……お前がカイゼルの言っていた……紅い魔導師……」
魔王は警戒しつつも、険しい表情で俺を観察していた。
「トアは何故、お前を殺したがる?」
「……」
俺がそう問うと、何故かカサンドラは視線を下に落とした。
「お前らシャステインと接触してから、トアの様子がおかしくなった。それまでそんなことはなかったのに」
「……」
すると魔王はまた視線を俺に戻した。
だがどういう感情なのか?
俺の目を睨む訳でもなく、ただ無意味に見つめ何も答えない。
「何故黙っている? 何故答えない? 簡単な質問だろ? 何故お前らはトアに怒りを向けられている?」
「それは……」
「何かしたのか?」
するとそこへ、一条が合流した。
「ニトさん――」
怪我もしていないか。魔力を無限に使える点は大きいな。
「魔族は片づけましたか?」
「はい、残りはいません」
「分かりました。少し待っていてください」
俺は『
すると『
そこにはもう、先程まであったはずの“生気”はない。
すると肉体は黒い灰に変わり、戦場へ崩れ落ちると、徐々に風が灰を攫っていき、跡には何も残らなかった。
赤毛を風になびかせ、丁度良く露出した豊満な肉体が魅力的な魔王。
やはり殺すのは惜しいな。
するとそこへ、戦場より少し距離とり安全地帯にいた者たちが、こちらへと近づいてきた。
そこにはオズワルドや佐伯だけではなく、もちろんトアたちの姿もあった。
「ニト……殺して」
目の前に現れるなり、トアが俺にまたそう言った。
その言葉を魔王カサンドラは、トアに背を向けたまま、振り向かずに聞いていた。
するとカサンドラは、ゆっくりと俺に背を向け、トアの方へと振り返る。
「トアトリカ……誤解だ」
すると魔王は一言そう言った。
俺は『執行者の斧』を戻し、その会話をしばらく聞く。
「私じゃないんだ……どうか、私の後を継いでくれないか?」
カサンドラの表情は、事情を知らない俺から見ても複雑なものだった。
「女が君主と決まっているシャステインでは、男が魔王となることはない。カイゼルとプラウザではつとまらなかった」
「だから……あなたは……」
「違う! 私じゃない! あれはイグノータスの仕業だ! 私は!…「うるさい!」
その時、トアが魔王の言葉を遮り、激昂した。
イグノータスとは、確か魔国にある3つの国の一つ、ラグパロスの魔王の名だ。
前にスーフィリアが教えてくれた。
「トアトリカ……私は……」
「あなたのせいよ……全部あなたのせい……あなたさえいなければ……私は……こんなことには……」
「違うんだ! 私は!……」
「あなのせい……あなたのせい……全部あなたが悪い…………お前なんか死ねばいい……」
トアの様子がおかしい。
「ヴェル、今日は助かった」
『もういいのか?』
「ああ、また何かあったら頼むな?」
『もちろんだぜ!』
俺は、ヴェルをダンジョンへ戻した。
そしてもう一度、トアとカサンドラを見る。
――はっきりとした殺意を向けるトア。
「トア、こいつとの間に何があったんだ?」
だがトアは何も答えず、カサンドラを見つめていた。
カサンドラはトアに答えつつも、俺を警戒していた。
反撃の隙を窺っているのが分かる。
ドラゴンも消え、ハルバードも失った魔王。
そして先程の魔術がよほど魔力を消費するものだったのか、残りの魔力も少ないようだった。
「【
その時、トアがいきなりカサンドラへ電撃を放った。
だが全身に稲妻を浴びながら、顔色一つ変えずトアを見つめるカサンドラ。
トアの電撃がまったく効いていない。
「トアトリカ!……私はお前の!……「言うなぁああ!」
トアが怒号を飛ばした。
多勢のいなくなった広野に響く声。
カサンドラの言いかけた言葉は、容易くかき消された。
すると突然、戦意を失ったように、その場に
もう俺と戦う気はないのだろうか?
「決着はなしか?」
そう問いかけてはみたものの、カサンドラは俺の方を見向きもしない。
ただ傍らにいるトアの顔を、真っ直ぐ見つめていた。
「トアトリカ……シャステインの魔王になるんだ。それが……私がお前にしてやれる、唯一の償いだ……」
償い? つまりこいつはトアに何か悪いことをした。だからトアは怒っている。
幼稚な表現だが、つまりそういうことだろう。
だが何をしたのか?
正直、“いつものトア”が怒っているのかどうかは微妙なところだ。
ずっと違和感を覚えていた。
だがそれを言葉にすることに抵抗があった。
だから今まで言いたくなかったのだが、トアには別の人格があるように思う。
こいつを殺せと願うのは、一体どちらの人格なのか?
今、俺が考えているのはそういう話だ。
あの日、カイゼルを“殺すな”と言った人格か?
それとも、その後、カイゼルを“殺せ”と言った方の人格か?
だがどちらにしろ、トアは決める必要がある。
これがトアにとっての復讐なら、詳細は分からないが、俺にも理解できる部分がある。
復讐をするかしないのか、それは自分で決める必要がある。
それは他人に説得され、決断するようなものではない。
『自分が決めたことだからこそ、後悔はしない』と、はっきりここで誓う必要があり、そうすることで誓うことができる。後に、それは確かな意志になる。
殺すにしろ、殺さないにしろ。
俺は懐からトアの落とした『蛇剣キルギルス』を取り出した。
「トア、自分で決めろ」
「え?……」
俺はトアの手に蛇剣を押し付けた。
「トアが何故こいつを憎んでいるのか、それは分からない。だが感情は分かる。悲しみも怒りも殺意も……復讐心もだ。ならそれはトア自身で決めろ。トアの自由だ。こいつを殺して責める奴は、ここにはいない」
「私が……決める?……」
トアは俺の言葉を復唱するように呟いた。
まるで自分に尋ねているように。
そして蛇剣の刃を、不気味に見開いた目で見つめていた。
「それは……考えてなかったわ。私に魔王は殺せない……そう思っていたから」
だからトアは、俺に殺してほしかったのか。
「トア? もしトアが望むなら、俺が代わりに殺してやってもいい。ただその後、トアはきっと後悔すると思うんだ。復讐は一回きりだから、一度殺せば、もう二度と殺せない。だから意味のある復讐をやる必要がある」
「意味のある……復讐?」
「そうだ。つまり後悔しない復讐だ。自分で考え、それから決断する必要がある」
アリエスを殺したことも、小泉たちを殺したことも、俺は後悔している。
あれは復讐とは言わない。
俺がトアにそう話しかけている間も、カサンドラはトアを見つめ、トアから返答を待っている様子だった。
だがその時だ。
カサンドラの背後に、突然、全身に青い稲妻を帯びた状態のブラームスの姿が現れた。
「悪いがお主らの事情に付き合っている余裕はない。魔王は危険だ。ここで確実に殺しておく」
さらに別の方向からは、青い刃先の光る槍を構えた、オズワルドの姿も見えた。
「魔族の謀略もここまでじゃ!」
2人は意志疎通が出来ているかのように呼吸を合わせ、同じタイミングでそこに現れた。
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